第23話 太鼓炸裂!商店街の夏祭り

 次の日、俺は二度寝することなく、テニスの練習に行った。久しぶりに会う旅行帰りの美波は少し日焼けをしていて、髪の毛を切ったのか、ヘアースタイルが前と少し違っていた。相変わらず白いテニスウエアが似合っている。


「久しぶり、元気だった?昨日はどうしちゃたの?連絡つかないからみんな心配してたのよ」

 早起きしてジョギングしたんだけど、その後ちょっとその、あの、用事があって…と、早起きとジョギングはアピールしたけれど、二度寝したことは言わなかった。


「あ、家族旅行、楽しかった? みんなどこにいってきたの?」

「私はガンジー島よ」美波が答えた。「リガに行ってきたの」とマキ「マルタ島」と優ちゃんが、「私はレダン島よ」と洋子が言った。どれも聞いたことのない地名でどこにあるのかも全く検討もつかない。ガンジーって人じゃなかったか? 「へえー。すごいね」と、とりあえず言っておいた。女子のみんなは、それぞれの旅行先からのお土産、キャンデイとかクッキーやらを俺にくれた。もしかしてモテ期到来? と思ったが、そんなことはなくほかの野郎三人も同じように昨日お土産をもらったようだ。



「今度の日曜日、楽しみね。ヒロくんも来るでしょ」


「え、なんのこと?」


「あれ、聞いてないの? 商店街のお祭りよ。神田くんが太鼓叩くからみんなで観に行こうって、昨日、カフェで話してたのよ」

「そんな話、聞いてねーけど」

 俺はストレッチ運動をしている野郎三人の方を見た。


「あっ、言ってなかったっけ。すまん、すまん。せやけど、言わなくてもヒロは無条件で俺たちと祭りに行くに決まってるやん」


「俺たちの恒例行事っすよ」


「ま、そ、そうだけどよ」

平常心を装ってそう言ったが、もう無理っ。顔がヘラヘラしてきた。

――マジかっ 美波と一緒に祭りだって?! 

脳内が一面お花畑になった。



「そうなんすよ。みんなで観に来てくれることになったすよ。なんか俺、緊張するっす」

 嬉しそうにカンちゃんがヘラヘラして言う。カンちゃんが太鼓をやっているおかげで美波と一緒にお祭りに行けると思うと俺も超嬉しい。


「子供の頃からずっと太鼓やってるのに、やっぱ緊張するんだね」


「うん、まあ、今年は違う意味でマジ緊張っすよ」


「なんで?」


「中学までは子供太鼓隊だけれども、高校からは青年隊になるっす」


「わかります、わかります。緊張しますよね。僕、すっごくわかります、カンちゃんの気持ち。緊張で押し潰されそうになるんです……」

 ブルーのカラコンのオギーの目がうるうるとなってきた。



「褌っすよっ!」


「ふえ?」


「ふ・ん・ど・し。青年隊になると、ふんどしなんすよね」


「ふんどし? カンちゃん、ふんどし姿で太鼓叩くの?」


「そうっす」


「きゃー!!」

 女子たちが赤面した。


「ふんどしはさすがにきついなー。ハズいよな」


「え、何言ってるんすか?ヒロちゃん。恥ずかしい訳ないじゃないっすか。もう、いまから緊張してるっすよ。ピシッと身を引き締められるっていうか、ふんどしは男が一番美しく見える装着具だと思うっす。ふんどしに選ばれし者のみが人前に出れて、そんで、太鼓の神様にも会えるんすよ。人がふんどしを選ぶんじゃなくて、ふんどしが人を選ぶっすよ。ふんどしは戦闘着なんす。戦闘モードに入るっすよ」


「はあ…、そう…なんだ…。ご、ごめん」

「なんや、深いなあ…精神世界?」

「わーーー、カンちゃん、すごいです、すごいです!男の美学ですね。僕は、何て…、あの、僕、太鼓の演奏今からすごく楽しみです」

 オギーのブルーの目がさっきとは違う意味でうるうるしている。


「えー、そっうすかー。照れるっすよー」


 正直、カンちゃんがこんなにもふんどしを熱く語り、男の美学を語るとは思っても見なかった。


 ******


「ねえねえ、お兄ちゃん、今日、商店街のお祭りに行くの?」

「…ああ」

「誰と?」

「テニスのみんな」

「ふーん。女子もいる?」

「…ああ」

「うそ、何人?男子は?」

「…四人と四人、あ、男子は三人…もう、なに?うっせーなあ」

 満里奈のやつなんなんだよ。根掘り葉掘り聞きやがって。今から着替えて出掛けるって言うのに。

「ねえねえ、それってグループデートだよね。よくアニメであるじゃん、グループでお祭りデート。女子はねえ、絶対、みんな浴衣で来るのよ」

「グループお祭りデート?ちがうって、そんなんじゃないって。ったく、アニメの世界からはなれろよ」

 ――むむ、待てよ、これってグループお祭りデートなのか? だとしたら俺歴史に刻まれる初デート? むふふ。悪くねーな。


「博司、商店街のお祭り行くんなら、父さんの若いときの浴衣があるけど、着ていく?」

 母さんが話に入ってきた。

「あー、着ない」

「どうしてよ、母さんと父さんのお祭り初デートは二人とも浴衣だったのよ。うふふ」

「いいってば。デートじゃねえし」

「あら、グループデートじゃないの?まあいいわ。そのうち浴衣の良さが解るときが来るから」


 浴衣とかダセーし。パンクスは浴衣なんか着ないし。俺は、God save the queen とプリントされた安全ピンをいっぱい付けたTシャツに、黒のダメージジーンズ、ドクターマーチンのブーツをはいて出かけた。


 待ち合わせの場所、神社の境内にはミッチーとオギーがすでに来ていた。パンキッシュな二人が神社にいるのは絵的に和洋折衷でかっこいいなと思った。しばらくして美波たちがやって来た。みんな浴衣姿で現れた。満里奈の言った通りだ。


「おまたせ」

 やっぱ、女子の浴衣は可愛いし華やかだ。大柄のごっつい洋子も浴衣を着るとしおらしく見えるし美人だな。けれど、美波がいちばんかわいい。俺はそんな美波の浴衣姿に見とれていると、彼女たちの後からハイテンションな声がした。


「ハロー、ガイズ!!」


 ――ゲッ、恭太郎?!


 花園恭太郎と外国人二人が現れた。三人とも浴衣を着ている。


「こちらイギリスからの留学生のニックとエミリーよ。日本のお祭りを体験したいって言ってたから、誘っちゃったの。いいよね」

 美波が二人を紹介した。


 留学生のニックとエミリーはいいとして、なんで恭太郎がいるんだよ。


「やあ、きみたち、テニスの方はちょっとは上達したかい?ニックとエミリーの二人は僕の家にホームステイしているんだよ。今日はホストファミリーとしてご一緒させてもらうよ」

 ちゃっとウインクをする恭太郎。


「ちっ、またウインクかよ、キザ野郎が」

「なんか、あいつ、チャラいんか、ジェントルマンなんかよくわからへんな」

ミッチーが小声で言った。 



「せっかく神社にいるんだからお参りしていきましょうよ」

 優ちゃんの提案にみんなが賛成し、優ちゃんのお参りの仕方レクチャーが始まった。


手水舎で手、口をお清めをして、お賽銭を箱に入れ、鈴を鳴らす。そして二拝二拍手一拝。今までは何となくやっていたけれどちゃんと順番があるんだな。


 バンドとテニスがうまくなりますように、それと…、俺はちらっと美波の横顔を見た。長いまつげ、ほっぺのそばかす、先っちょが少し上を向いた形の良い小さな鼻、キュッと口角の上がった口、ピンク色のくちびる。目を閉じて手を合わせて真剣になにかをお願いしている。何をお願いしているのだろう。テニスのこと?それとも…。その時、俺の背中になにか当たった。

「なんだ?」

 五円玉がコロコロと俺の足元へ転がった。

 後ろを見ると、恭太郎とニックが英語で話している。


「No, no, no!! You can't do that. It's too far.」

「Sorry, Sorry」


「あ、北村くん、ごめんね、当たっちゃった? 今、五円投げたのニックだから。僕じゃないからね」


「Are you OK? I'm so sorry. ゴウメンナサーイ、スウミマセーン」

 とニックが片言の日本語で謝った。


 俺は、ノープロブレムとニックに言ったが、恭太郎には中指を立ててやった。俺の思い過ごしかもしれないが、恭太郎のやつ、なんかあやしい。わざとじゃないのかよ。


 カンちゃんの和太鼓演奏が始まるまで夜店を楽しんだ。人混みに揉まれていつのまにか、ミッチーやオギー、女子たちと離ればなれになってしまって、気がつくと恭太郎とニックとエミリーと美波と俺の五人になっていた。


 日本のお祭りの夜店に大興奮したニックとエミリーは、オーマイガーッ、ザッツマンガ&アニメワールド、バットイッツリアル、ジスイズザリアルワールド、オーマイガー!!といちいちうるさい。リアクション派手すぎ。エミリーはセーラームーンのお面を爆買していたし、なんだこの二人、海外アニメオタクかよ。ニックとエミリーからのお祭りについての質問につぐ質問に美波と恭太郎は英語でいちいち説明して答えていた。


 なんなんだ。グループお祭りデートどころか、これじゃあお祭りガイドじゃねえか。俺だけ浴衣じゃないし、俺以外みんな英語だし。ここは日本だろうが、日本語しゃべろっつーの。美波は気を使ってか、俺に日本語で通訳をしてくれるが、みんながドッと笑った時など、その後に通訳を通して意味を知るものだから、ぜんぜん面白くない。いや、元々の笑いの質が低く面白くないのだろう。つか、日本人の俺がここ日本でなんで通訳されてんだ?この状況おかしくね? 


 浴衣姿の美波と、グループでお祭りに来ているというのに、俺の思い描いているグループお祭りデートとすべてが大幅に違うじゃないか。合っているのは満里奈が言っていた"女子は全員浴衣で来る"ということだけだ。



 そろそろ、カンちゃんの太鼓の演奏が始まる。

 広場の仮説ステージ上には三台の太鼓がセッテイングされていて、ステージの前列には地元のじいさん、ばあさんがすでにびっしりと場所取りをしていた。


 しばらくして、カンちゃんたちがでてきた。みんな引き締まった体にふんどし姿だ。何て凛々しいんだ。そして美しい。カンちゃんが言っていたことがわかるような気がする。なんだか神様の使いのようだ。


「ノブちゃーん」「がんばってー」「ノブー、よっ、日本一」

 商店街のじいさんばあさんが狂喜乱舞してカンちゃんたちに拍手、声援を送っている。ノブとはカンちゃんの下の名前、信彦のノブだ。ミッチーたちと合流した俺たちもじいさん、ばあさんに負けずに声援を送った。


 太鼓の演奏が始まった。すごい迫力。鼓動がお腹の底に響く。炸裂する鼓動、飛び散る汗、力強くて美しい身のこなし、まるで舞踊家のよう。圧巻だ。ステージ上で激しく太鼓を叩いている彼は俺の知っているカンちゃんなのだろうか。まるで別人のようだ。


 ニックとエミリーも最初はふんどし姿にびっくりしていたようだが、アメージング、ソーパワフル、オーマイガー、リアルタイコノタツジーンと絶賛した。


 太鼓の演奏が終わっても声援、拍手は鳴り止まず、ファンから花束やプレゼントがステージ上に投げ込まれた。


 カンちゃんは祭りになると、ちょっとした地元のヒーローになるのは知っていたが、今年は去年より人気が増したようで、俺も、あらためてカンちゃんは地元のヒーローだと思った。横にいたオギーを見ると感動して涙を流していた。


 広場のベンチで演奏の余韻に浸って、これからみんなでたこ焼きでも食べようかってときに、恭太郎と美波とニックとエミリーの姿がない。

「あれ、美波たちは?」

「美波たちは先に帰ったわよ」

「え、帰ったの?」

 洋子が言うには、エミリーが下駄になれてなく、足が擦り剥けてしまい歩けなくなって、ニックと恭太郎と一緒にエミリーを連れて先に帰ったらしい。

「足、痛そうやったもんな、かわいそうに」

 ミッチーは気が付いていたようだ。

「みんなによろしくって言ってたわよ。先帰ってごめんねって」


「そっか、帰ったのか…」


「でも彼らも楽しんでたわよね。お祭り」

「うん。…お祭りが終わると夏が終わるって感じやな」

「もうすぐ夏休みも終わるわね」

「夏休み最後にカンちゃんの素晴らしい太鼓がきけて良かったです。僕、感動して泣いちゃいました」


「……」

 美波は恭太郎と先に帰るし、俺はこのまま夏が終わると思ったら悲しくなった。俺も泣きそうだ。


「夏休みが終わったら試合まですぐよ。気合いいれなきゃね。夏休み最後の三日間の強化合宿で追い込むわよ。みんな覚悟してね」

 洋子が浴衣姿でフォアハンドの素振りをした。


「へっ、強化合宿?なんの話?」


「北村くん、聞いてないの?この前、カフェで決まったのよ。二泊三日で美波の家のテニスコートで強化合宿」


「ああ、ごめんごめん、ヒロ。それ、完全に忘れとったわ。テニス合宿のこと」


「マジッ?美波んちで?それホント?! いや、お前、なんでそんな大事なこと今ごろ言うんだよ」

 俺は、嬉しさと、腹ただしさがごちゃ混ぜになって、笑いながら怒るという奇妙なリアクションになってしまった。

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