第22話 早起きは三文の徳??
明日から始まる夏休みのテニスの練習が、美波の家のテニスコートじゃなくて学校のテニスコートで俺はちょっとがっかりしたけど、まあいい。美波たちと楽しい時間を過ごせるんだ。これから俺の夏休みの後半は薔薇色になるだろう。そうなんだ、大好きなものは一番最後に食べるように、お楽しみはおしまいにある方が楽しいんだ。
カンちゃんちの倉庫からの帰りに、オギーに
「そうだ、美波さんから渡されたテニスルールの本、読みましたか?彼女たちが帰ってくる前にルールを勉強しておくように言われたけど、結構ややこしいですよね、テニスのルールって。ヒロさんはもう覚えましたか?」
と聞かれた。これからの俺の薔薇色の夏休みがこんなにもはやく出鼻を挫かれた。俺はバッチリだぜと答えたが、そんなはずでは全くなく、なんとしても明日までにテニスのルールを覚えなければ、と焦った。俺はその夜、徹夜でテニスルール本を読んで読んで読みまくってまる暗記した。大体のルール、スコアの付け方は頭に入った。どうして、この特技をテスト勉強に使えないのか、本当に謎だ。
朝、俺は誰よりも早く起きた。というか、徹夜の続きと言ったほうが正しい。二時間ぐらいはウトウトとして寝ただろうか。なんだろう、このみなぎるやる気と久しぶりに美波に会えるということで、気分がハイだ。何か食べようとキッチンに行ったけれど、やはりまだ誰も起きていない。冷蔵庫を開けてがさごそしていたら背後から、
「だ、誰?!」と怯えた声がした。「博司っ!?博司なの? こんな朝っぱらからなにやってんのよ。もう、母さん、泥棒かと思ったじゃない。びっくりさせないでよ。どうしたのよ、いつもなら昼すぎまで寝てるくせに」
と母さんに怒られた。早起きして怒られるってなんだよ。
「今日からテニスの練習だから」
「ああそうなの、何時から」
「10時」
「10時ですって?今何時だと思ってんの、5時半よ、5時半」
「あー、ちょっと早いかなあ。ジョギングでもすっかな。これから」
「はあ?あなたがジョギングですって? ホントにどうしたの、大丈夫なのかしら?」
なんなんだ。大丈夫?とか。早起きにジョギングは健康、規則正しい生活の証じゃないか。大丈夫?と聞きたいのはこっちの方だ。
俺のテニスのやる気はメラメラと再び燃え始めた。練習前に体をならすため軽い朝食のあとに近所をマジモードでジョギングをした。朝もやのかかる早朝の町は静かで俺の知っている町とは違っていた。そういえば、死んだじいちゃんが、早起きは三文の徳。早起きすれば良いことがあるよ。ってよく言ってたな。そうか、なんかちょっとわかる。こういうことだったんだな。誰もいない静まり返った町。俺だけの町みたいだ。ちょっと得した気分。東の空から今出たばかりの太陽に「おはようっ太陽!!」犬の散歩をしている老人にも「おはようございまーす」と挨拶をした。普段なら見知らぬ老人に挨拶など、ましてや太陽におはようとか、そんなことは言わないのに、すがすがしい朝の景色はどうやら俺をナイスガイにしてくれるようだ。久しぶりに着たこのテニスウエアもナイスガイ度、好感度アップだろう。そうだ、もっとサーブの練習もしなければ、あとバックハンドも。素振りをしながらジョギングをする。「フォアハンド、バックハンド、スマッシュ、フォアハンド、バックハンド、スマッシュ…」
イメージトレーニング、イメージトレーニング。俺はナダル、ケイ、ジョコ、それにボルグ。誰でもいい、誰かテニスの上手い人、この際、あのくそ野郎の恭太郎でもいい。そんなことを考えながら俺は走った。神社の階段を駆け上がる。息が苦しい。だけど止まるもんか、この階段の上まで上がるまで途中で止まらないと自分ルールを決めた。途中で諦めないぞ、あともうちょっと。あともうちょっと。心臓が破裂しそうだ。この階段こんなに長かったっけ。境内が見えてきた。あと5段。4、3、2、1、やったー。俺は境内で「ウオオオーーーーオオオーーー」と雄叫びをあげて そして倒れ込んだ。やった。やったーー。階段途中で止まることなく制覇できた! 仰向けに寝転んで心臓の鼓動のドキドキと、上がっている息がおさまるのを最高に気分よく待った。鳥のさえずりが心地いい。ゆっくりと立ち上がって境内から目の前に広がる景色を見た。その景色はいつものそこから見る景色と違って見えた。
「へえ、ヒロくん、朝、ジョギングしてるんだ」
「うん、まあね。朝は気持ちいいよね。大体5時半くらいからスタートかな」
「早起きなのね。そうね、朝は気持ちいいよね。それより、ヒロくんサーブ上手くなったよね。あと、ボレーもシャープだわ。私たちがいない間も練習してたのね。すごいわ。ヒロくん、なんて上達が早いのかしら。この調子でいくと、私たち優勝できるかもね。がんばろうね」
天使の微笑みで美波が俺にそう言った。俺は優勝トロフィーを美波と二人で高々く頭上にあげているのを想像してにやにやした。にやにやしながらふと、目が覚めた。
――えっ、ここどこ?
見回すと俺は自分のベッドの上だった。
――な、何時だ?
ええーーーーっ、1時?!
どうやら俺はジョギングから帰ってきてテニスウエアのままベッドに倒れこみ二度寝してしまったようだ。
「ヤバイ!」
どやどやと階段を駆け下りてキッチンにいくと、妹の満里奈がラーメンを食べる手を止めて固まっていた。
「――お、お兄ちゃん居たの? あー、もう、びっくりしたーっ、心臓止まりそう。泥棒だと思ったじゃない。テニスの練習に行ったんじゃなかったの?」
「な、なんで起こしてくれなかったんだよーっ」
「そんなこと言ったって居ると思わなかったんだもん。お母さんがお兄ちゃんはもう出掛けたって言ってたから。お父さんも喜んでたよ。16歳にしてやっと一人で早起きしたって。なんだ、寝てたんだ。いつも通りじゃん。お父さん、可哀想。ぬか喜びで」
――なっ、こいつ~~。可哀想なのは俺だ!
満里奈になんかかまってられない。ヤバイ。とりあえずそのままラケットとベースを担いで自転車に飛び乗り学校に向かった。
大急ぎで、たぶんワールドレコード級の速さで学校に着いたが、テニスコートには誰もいなかったし、スタジオにも誰もいないしドアには鍵が掛かってあった。窓から覗くとオギーのギターケースとみんなのスポーツバッグがあったからしばらくそこで待った。待つ間、スマホをチェックするとものすごい数の着信があった。
なぬ。"みんなでランチ、カフェ・アールヌーボーなう"だとおーーーおお?!
と、そのメールをチェックしたと同時に向こうから野郎三人が帰ってきた。
「あれ、ヒロちゃん、今頃来たっすか、遅いっすよ」
「ヒロさん、どこで何をしてたんですか。返事もないし僕、心配してましたよ」
「ヒロ、今頃おっそ。俺たちカフェ・アールヌーボーでランチの帰り。美味かったで。そこ、マキちゃんちの経営してるカフェで、俺たちVIP扱い。お前これ、はずすって痛恨のミステイクやん」
カフェ・アールヌーボーでランチだと?満里奈も母さんも行きたがってる、あのお洒落な高級カフェ・アールヌーボー。マキちゃんとこのカフェだったのか。
「え、そこにみんなでいったの?」
「せや」
「美波たちと?」
「だから、そうやってゆーてるやん」
「で、女子のみんなは?」
「もう帰ったっすよ」
「………」
「ヒロさん、また明日も練習あるからいいじゃないですか。そんなに落ち込まなくても…」
「あ、明日、明日も…アールヌーボー行くのかなあ…?」
「明日はないっすね」
「行ったとしても、自腹やな。言っとくけど、俺たちの小遣いじゃ無理無理無理、絶対に無理。せやけど、楽しかったな。デザートのパフェとか、半端なかったよな」
「みんなでシェアっていうんすかね。いろいろ食べれてどれもうまかったすね」
「女子のみんなは食べあいっこって言ってましたね」
ななっ、パフェをみんなでシェアーー?食べあいっこ? スプーンで"あーん"とかいうやつ??クッソー、むっちゃ楽しそう、女子たちと、美波たちとカフェでランチでパフェでシェアで食べあいっこの"あーん"だってえ?! 糞、くそ、クソーーー、みんな青春しやがって。なんてこった、行きたかったー。美波たちとカフェ・アールヌーボー。
今朝は誰よりも早起きしたのに、早起きは、早起きは三文の徳じゃないのかよ。なんかいいことあるんじゃないのかよ。じいちゃんーーーっ!
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