第19話 対決!! 花園恭太郎②

 恭太郎はネット際でラケットを立ててスピンさせた。倒れたラケットの上の面のストリングスをさわって

「スムースだ。じゃ、僕はサーブで」

 美波は太陽の日差をチェックして

「こちらのコートでいいわ」

 と言った。

「ツーゲームスのだからウオーミングアップはしなくてもいいね。そのまま始めるよ」

「いいわ。ヒロくんもいいわよね」

「あ、うん、たぶん、わかんねーけど…」

「私がアンパイアをするわ」洋子がアンパイアチアーに上って座った。


 俺はさっきの、"ラフオアスムース"の意味が気になって仕方がなかったので小声で美波に訊いた。

「ラケット面のストリングスの結び目がある方がラフ、無い方がスムース。これで先攻後攻を決めるの。当てた人がサーブ、リターン、コート、選択権を相手に譲る、そのどれかを選ぶ権利があるの。ラケットメーカーのグリップの底面ところのアルファベットを使って、アップ オア ダウンって言う人もいるし、WオアMって言う人もいるわ。私は当てれなかったから、恭ちゃんが先にサーヴを選んだのよ。さあ、集中よ!ヒロくんはアドバン側で。私がまずサーブを受けるわ」


「アーユーレディ? 始めるよ」


 ――えっ、マジ?もう始まるの? それに今のラフオアスムースの説明も全然意味わかんね。


 恭太郎は二、三回ボールをバウンスさせて、緩い感じでサーブを打った。美波が打ち返すもそのボールはネットにかかってしまった。


15-0フィフティーンラヴ!」

 洋子の野太い声が響き渡る。


「はあ?フィフティーン?フィフティーンラヴ?なんでいきなり15点も入るんだよ。それにラヴって何?」

「ラヴはゼロのこと。で、15点じゃなくて、15フィフティーン30サーティ40フォーティ、ゲーム。って言う風にポイントをカウントするの。先に4ポイント取ったら1ゲームゲットできるのよ。もし40-40のデユースになったら、二回続けてポイントとらないとだめなの」


「なんで30の次は45じゃないんだ? おかしくね?」


「そういう決まりなの。ヒロくん、本当になにも知らないのね。テニスのこと。…ちょっともう今説明するの無理。集中が途切れちゃう。後でちゃんとスコアの付け方教えるから、とりあえず今はボールを打つことに集中して。次はヒロくんがサーブを受ける番よ」

「…わかったよ」

「恭ちゃんは、女子にはあまりスピードがないけど回転がすごくかかったスピンサーブを打つけど、男子には強烈なキックサーブを打ってくるわ。バウンドしたらすごく高く跳ね上がるから、気をつけて」


 ――気を付けてって言われてもどう気をつけるんだよ!


「タクティクスタイムは終わったかな?いくよ」


 恭太郎はまた二、三回ボールをバウンスさせて、構える。高くトスをあげ、ラケットが振り落とされたと思った時にはすでにサーブは入っていた。

 ――はやっ!

 俺は1ミリたりとも動くことができず固まってしまった。


30-0サーティラヴ!」


「ドンマイ、ヒロくん。あんなサーブ誰もリターンできないわ。見事なサービスエース」


 次の恭太郎の美波へのサーブも、サービスエースだった。


40-0フォーティラヴ!」


 そして2回目の俺への恭太郎のサーブ。さっきと同じく強烈なサーブが決まり、俺はまたもや微塵たりとも動けなかったし、恐怖をも感じた。


「ゲーム、花園!!」


「悪いね、ラブゲームでキープしてしまったよ。1分かかったかな?」

恭太郎はラケットをクルクルっと回しながら余裕の笑みをうかべた。


 ラヴゲーム?なんかその響き胸キュンなんだけど。

「ラブゲームってなに?」

 俺は小声で美波に聞いた。

「1ポイントも相手に与えなかったゲームのことよ」

 ちっ、なにが胸キュンだ。胸キュンどころか1ポイントも取れなかったことに胸が痛い。


「恭ちゃんのサーブ、相変わらず素晴らしいわね。悔しいけど」


「誉めていただきありがとう」

 恭太郎は向こう側のコートで髪をかきあげながら余裕ぶっこいている。


「ヒロくん、次は、私たちのサービスゲーム。1ポイント取って勝つチャンスよ。私がサーブを打つわね。サーブを入れたらストローク戦に持ちこむから、ヒロくんはネットであまいボールが来たらインターセプトしてね。ボレーはチョッパーグリップ。おぼえてる?」

「まあ、なんとなく…」

 ――って意味全然わかんね。なに?呪文?


 ファーストサーブ。

 俺の後ろで「はっ」という声と共に美波のサーヴが相手コートにビシッと入る、恭太郎が打ち返す、美波が打つ。対角線上で激しく打ち合う二人。俺はネット際でただボールを目で追っていた。今まで対角線上に打っていたのに恭太郎はいきなり方向を変えて打ってきて、ボールは俺の左側を抜いていった。


0-15ラヴフィフティーン!」


「恭ちゃん、ナイスパッシングショット!! ヒロくん相手の動きとボールをよく見て」

「見てるよっ!!俺は観客かと思うくらいに!」


「次のサーブ。ヒロくん、右側に移動して。今度は左側、アドバンテージ側からのサーブになるから」


右側に移動している俺を見て、ネット越しに恭太郎がふふっと笑った。


――ウザい。


 美波のファーストサーブ。

勢いのあるサーブを打ったがボールは線の外にバウンドした。

「フォルト、セカンドサーブ」洋子の野太い声。

 美波のセカンドサーブ。

 ビシッと正確に入った。恭太郎が打ち返す。美波が打つ。またまた二人の打ち合いが続く。


 ――ボールを見てって言われたけど、俺はここで何をしているんだ。恭太郎と美波の打ち合いのボールを見ているだけじゃないか。これじゃあホントに観客じゃん。この勝負に俺、必要?


 美波と対角線上に打ち合っていた恭太郎がとつぜん方向を変えて打って、ボールは俺の右側を抜けていった。


0-30ラヴサーティ!」

「恭ちゃん、エクセレントショット!!回り込んでのインサイド・イン」

「サンクス」

「ヒロくん、余計なこと考えちゃだめよ。恭ちゃんは自由自在に打ってくるわ。対角線上に打ち合ってても、さっきみたいに急に脇をついてくるから、次のポイント、左側意識して。相手が左に動いたら左側を守る感じで」


「わ、わかった」

 ――よし。相手が左に動くと、左を意識。やってみよう。

 美波のファーストサーブ。

 ビシッとセンターギリギリに入る。難なくリターンする恭太郎。打ち返した美波のショットが左側の深いところをついた。恭太郎がボールを追って右側、俺から見て左側に振られた。

 ――次、左を抜いてくるか?来る!!

 俺は自分の左側に集中した。恭太郎がニヤッと笑ったのが見えた。恭太郎のショットはすごい速さで左側ではなく俺の右側、ミドルを抜いていった。


0-40ラヴフォーティ!」


「ヒロくん、今の、ミドル抜かれたけど、相手の動きを読む動きとしてはとてもいいわ。その調子。ドンマイ」


 ――なるほど、相手の動きを読むのか。


「次のポイント、絶対取るわよ」


 辺りが静まり返る。後ろでポンポンポンとボールのバウンスの音。ネットを挟んで向こうでは恭太郎がラケットのグリップをくるくる回しながら構えている。


「はっ」という声と共に美波のサーブがアウトサイドコーナーにビシッと入った。恭太郎のリターン、美波が返す、俺はネット際で真剣にボールと相手の動きを見ていた。恭太郎は余裕で打っている。ラリーが続く。


「そろそろキメるよ」


 恭太郎がニヤリとして強烈なフォアハンドを打ったかと思うと、ボールが俺の顔めがけて飛んできた。


 ――当たるっ!!

 反射的にラケットで顔をかばった。ボールがラケットに当たった瞬間、ラケットは弾かれて俺の手から地面に落ちた。ボールはネットを越えることなく俺の右側に飛んでいった。


「ゲームセット マッチウオンバイ花園」


 手が衝撃でじんじんする。クッソー、恭太郎のヤツ、絶対俺の顔面狙って打っただろ。俺は恭太郎を睨み付けた。このクソ野郎がっ。


「ヒロくん、今のすごく惜しい!グリップさえちゃんとしっかり握ってたら、見事なボレーが決まってたわ」

 美波が俺に手をさしのべた。

「へっ?」

「握手よ。お疲れ」

「終わり?」

「うん。負けちゃったけど」

 俺は美波と握手をした。その後、美波は俺のラケットを拾って手渡してくれた。


「正直、ラケットに当てるとは思ってなかったよ。反射神経は悪くないようだね。でも残念だったね。僕の勝ちだ」

 ネット際で恭太郎が進んで美波と俺に握手をしてきた。

 握手をしながら怒りが沸々と込み上げてくる。


 ――ラケットに当てると思わなかっただと? じゃあ、顔面に直撃を狙ったってことじゃねえか。

 俺は恭太郎の顔を睨み握手の手を思いっきり強く握った。恭太郎ははっとして、俺の手をその二倍くらいの力で握り返して「楽しかったよ」と余裕の笑みを浮かべた。


 恭太郎から一ポイントもとれなかった。しかも俺はボールに触ったのはただの一回。クッソーっ。俺のせいで負けた。

「ごめん」

「謝らなくてもいいのよ。初心者なのによくついてきたわよ。それにテニスの試合の流れ少しわかってもらえたよね」

 美波はニッコリとした。


「美波たちも大変だね。こんなんじゃ、棄権した方がましだと思うけど。まあ、精々がんばってくれたまえ。言っとくけど、テニスって勝たなきゃ意味ないから。まあ、その前に大会までに最低でもルールは覚えたほうがいいんじゃない? ツンツン頭君。ふふっ、ボルグのウエアが泣いてるよ。じゃ、僕はこれで失礼。アデュー」

 恭太郎は髪をかきあげながらウインクをして去って行った。


「やっぱりかっこいいわね。花園先輩」「そうね。頭もいいしスポーツも出来るしイケメンだし。憧れの存在よね。彼がテニス部辞めたから女子の部員もほとんど辞めちゃったしね」

「マキちゃんと優ちゃんの言う通りっすよ。かっこいいすね。恭太郎さん、見たっすか?ウインクしたっすよ、ウインク」

「ちっ、そうかあ? ウインクとかアデューとか、むっちゃさむ~~~やわ。そやけどヒロ、最後惜しかったなあ、ラケットさえちゃんと持ってたらボレー絶対決まってたで」

「恭太郎さんは男子からも女子からも人気があって、ファンクラブがあるくらいですからね。格下の人はなかなか一緒に打ち合えないらしいですよ。打ち合えただけでも光栄と思った方がいいですよ。ヒロさん」

「けっ、何様だよ。何??オギーもあいつのファンなのかよ? クソッ、あいつ、なんなんだよーー!ああーむかつく、胸糞わりいっ!あんなキザな野郎は大嫌いだ。テニスは上手いかも知れねえが、絶対嫌なヤツ! アデューとか普通言わねーよな。かっこつけちゃって。美波ちゃん、あいつ、友達なの?」


「元ダブルスパートナー。それに」


「それに?」


「元彼氏」


「げっ!!」


 ――も、元カレだって? 付き合ってたのかこの二人。


 男の俺が見ても外見だけはカッコいいあいつが元カレ?元カレ、もとかれ、モトカレ……。元彼氏。ということは、ということは、チューとか、チューとかした??あいつと美波が?? えっ、も、も、もしやそれ以上??

 ノオオオオオーーーーーーーおおお!!!!

 やめろ。なんて下世話なことを考えているんだ俺は。やめろー、俺。ストップシンキングーーーーッ。


「私、負けられない…」

 ――えっ?

 美波は帰っていく恭太郎の後ろ姿を見つめながら下唇を噛んだ。そして振り返って俺をじっと見て言った。

「私、負けられないの。試合に勝ってあいつを見返してやりたいの。だから、だから、ヒロくん、お願いっ!テニス頑張って」



『ヒロくん、お願いっ!テニス頑張って』という言葉が俺の頭のなかで、エコーをフルに効かせて何度もこだましている。


 子リスちゃんのような黒目がちの目をうるうるさせて、そして『お願い!』って美波がこの俺にお願いしている。こんなの断るやつ世界中どこ探したっていないだろうよ。最初は、俺はただテニスの試合にさえ出たらいいやとその程度で考えていた。教えられたことも適当に聞いていた。だがしかし、今、正に今、五条寺美波が俺を必要としている。


 ――俺は決めた。


 お遊び半分でなく、テニス、真剣にやってやろうじゃないの。五条寺美波のダブルスパートナーやってやる。そして勝つ!!そしてそして、あいつ、花園恭太郎のクソ野郎を見返してやる。


「やってやるぜ!!」




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