第36話 壊れかけるなにか

 日曜日、ミッチーはテニスの練習に来なかった。そして月曜日、ミッチーは学校に来なかった。


「ライン、ガン無視っすよミッチー」カンちゃんがスマホをいじっている。


「ミッチーさん来てませんね。昨日のテニスの練習にもこなかったですし...やっぱり僕の事、怒ってるんでしょうか」

 

「元気出せよ、オギー。もしミッチーがお前のこと怒ってたとしても、それで学校休むとか絶対ないし。それにそんなやつじゃないよミッチーは。ぐちぐちうじうじするタイプじゃないんだ。――そうだ、今日学校終わったらミッチーの家いってみようぜ」


 鼻血を出した学祭選考会のあのカオスな日から俺はミッチーに会っていない。


 放課後、美波たちに理由を言ってテニスの練習を休んで俺たち三人はミッチーの家に向かった。美波たちも心配していてみんなでミッチーの家に行こうと言ったけれど、ミッチーの気持ちを考えて俺たちだけで行くことにした。


 マキは今にも泣きそうな顔をしていて、俺は何か言葉をかけようとしたけど、金曜日の夕暮れにマキとミッチーの二人のやり取りを美波と一緒に遠巻きに一部始終見た俺は、何かいらぬことを口走ってしまいそうで、何を言って良いかわからず口を継ぐんだ。美波の方を見ると目があった。美波も俺と同じ気持ちだったに違いない。


 商店街を抜けて公民館が管理している畑を曲がった所にある、ザ・昭和のアパートの一階がミッチーの家だ。

「へえ、なんだか映画のセットみたいですね」

 オギーがキョロキョロして言った。


 俺たちはドアを叩いた。


 ガチャっとドアが開いて、薄暗い中からミッチーが出てきて、突然の俺たちの訪問に一瞬びっくりして戸惑っていたようだったが、その後、頭を掻きながら気だるく言った。


「なんで来るねん」


「なんでって、今日学校来てなかったし、連絡もとれないからどうしたのかなっと思ってさ」


「ミッチー、どうしたっすか?キドクにもならないし返事ないって、らしくないっすよ。なんかあったすか?」


「僕のせいです。僕が全部悪いのです。ごめんなさい。ミッチーさん、学校に来てくだ...」


「病院や。病院行ってた」


 オギーの話しをくいぎみにさめた口調で遮った。


「え、どこか悪いのですか?ミッチーさん」


「俺じゃない、じいちゃん入院してもうて、付き添いに行ってた。今、姉ちゃんと交代して帰ってきたとこ」


「悪いの?じいさん」


「熱中症や。そこの公民館の畑で倒れたんや。命に別状はないけど、念のため入院してる」


「じゃあ、明日も付き添い?」


「まだ、わからん。姉ちゃんの仕事次第。おとんは仕事絶対休まれへんし...。悪いけどそういうわけやから、明日も学校行けるかわからへんし」


「なんかこの前、みんなの前でバンドやめるって言ったそうだけど、冗談だよね」


「…今はバンドとかテニスどころちゃうねん。俺は忙がしいねん」


「今は忙しいからできないってことで、テニスだってやめないよね。試合にでるだろう?」

 俺は単刀直入に思っていることをガンガン聞いた。


「......ホンマ、悪いけど帰ってくれるか。昨日からじいちゃんの付き添いで寝てないし、今テニスとかバンドとかマジ考えられへんわ」


「あ、ごめん。そ、そうだよな。じいさん入院してるし、ごめん。あの、はやく良くなるといいな、じいさん」

 俺は自分のことだけグイグイ聞いて、ミッチーの気持ちを全然考えてなかったことを恥じた。


「…うん、あっ、お前鼻は?凄い鼻血やったけど」


「あ、もうなんともない。それよりかミッチー、なんか俺たちにできることがあったらなんでも言ってくれ」



「…お前らにできること? ……もう…もうここには来んといてくれ。めんどくさいねん。ほな」


 ミッチーはバンっとドアを閉めた。




「なんか後味悪いっすね...」


「なんか、いつものミッチーさんと違います」


「…ああ、そうだな。なんか違うよな…」


「じいさんのことがショックだったんすよ。大変そうだし…」


 ミッチーの家からの帰り道、夕方のいつもより活気のある商店街の雰囲気は俺たちの気分と対照的で、それは余計に俺の気分を暗くさせた。


 あんな暗い面持ちの目に光のないミッチーを見るのは、付き合いが長い俺も初めてだった。あの日、選考会が終わってからミッチーがどんな感じでバンドもテニスも辞めると言ったのか俺はその場にいなかったからわからないけれど、いつものジョークだろうと軽く考えていた。けれど、じいさんの入院のこともあってあんな暗いミッチーを見て、これはただ事ではないのかもと思えてきた。


 火曜日もミッチーは学校に来なかった。

「おじいさん、具合悪いのでしょうか?」

「命に別状はないってい言ってたっすよ。昨日」

「姉ちゃんも親父さんも仕事が休めないんだろうな。大人はみんな勉強勉強って言うくせに、なんかあったら、とばっちり食らうんはキッズだから。学校が一番休みやすいって訳か。日本終わってるよな」



―――放課後のテニスの練習


「道端くん、今日も学校休みなんだってね。おじいさん心配ね」

テニスネットの高さを計りながら美波が言った。

「うん、今は忙しくてバンドもテニスもできないって昨日言ってた」

「じゃ、この前、テニス辞めるって言ってたけど辞めないってことよね。おじいさんが良くなったら戻ってくるわよね。よかった」


「うん…戻ってくるよ...」


「道端くんは感がいいから、このくらいのブランクすぐ取り戻せるわ。私達は私達で練習がんばりましょう」

と洋子が言った。


"戻ってくるよ"と口では言ったけど俺には自信がなかった。ミッチーは本当にバンドもテニスも辞めるんじゃないかって昨日ミッチーに会ってから、そう思えてきてしょうがない。


 「試合まであと一ヶ月もないわ。サーブアンドボレーを重点的に練習しましょう。ヒロくん、最近ボレーのキレがよくなってるよ。

その調子。優ちゃんとまーくんのペアはロビングの練習。ロビングでしのいで相手のミスを誘うプレイを重点的に。マキと神田くんのペアはバックハンドの強化。あと神田くんのサービスは入ったら破壊的だからか確実に入れる練習をして。洋子、ボール出しお願いね」


「OK」


 美波がてきぱきと指示を出した。さすがキャプテンだけある。それぞれのプレイヤーの弱点をよく見てそれに会わせたメニューを考えてくれている。

 

 大会に向けて練習に拍車がかかってきた。バンドが学祭に出られなくなった今、テニスでその不完全燃焼を完全燃焼させてやる、と気持ちがメラメラする反面、今、ミッチーがここにいないのが俺の気持ちを暗くした。


ミッチー、辞めないよな、テニス。

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