第17話 パンクスは『テニスウエア』を手に入れた
「ちびっこのみなさーん、サンドウイッチもあるし、ポテトチップスもカップケーキもあるよ。みんな、まず手を洗ってね。ドリンクはアイスボックスの中にあるからお好きなのをどうぞ」
「ありがとうございまーす」小学一年生ぐらいのちびっこたちは口々に礼儀正しく言って、そんなちびっこたちに美波はとても慕われているようで、まるで、エンジェルたちに囲まれる女神のようだ。
「あ、ヒロくん、ヒロくんも何か飲む?」
「そうだな、俺はオレンジジュースを」
「子どもたち可愛いわね」
「うん、可愛いね。子供好き?」
「ええ、好きよ。だから私たちも早く子供が欲しいわね」
「ああ、そうだね。君に似て可愛いだろうなあ、僕たちの子供。たくさん欲しいね」
「いやだ、ヒロくんったらあ~」
〜〜♥♥♀♂♡♡~~?☆★※@&○~~
「ちょっと、来るの遅いじゃないっ! 何してたのよ。もうワンセッション終わったわよ。練習」
またしても俺の妄想は、洋子の野太い声にかき消され吹き飛んだ。
「ミスター五条寺と大事な話をしてたんだ。俺たちはVIPなんだよ!!」
テニスコートの横に置かれた長テーブルには赤と白のチェックのテーブルクロスが掛けられ、美味しそうな食べ物が並んでいて、その回りにちゃんと椅子もあった。ちびっこたちに混じってパーティーフードにがっつくカンちゃんとミッチー。
「うっまそー。キッシュってどれっすか?これっすか?」
「むっちゃうまいわ。キッシュ。初めて食べる味や。サンドイッチもめちゃウマっ」
そんな二人を横目でみながら
「下品だなあ君たちは」
と俺はスマートに振る舞って見せた。
「キッシュっていうやつ、むっちゃ美味いって、ヒロ、お前もキッシュってなんかわからんかったやろ」
「いや、俺は、し、知ってたよ。卵料理だろ」
「でた。またや。どうせウィキで調べたんちゃうんか」
――げっ、バレてる。
「そんな薄い知識より早く食べた方がいいっすよ。ヒロちゃん。なくなるっすよ」
ミッチーとカンちゃんにそう言われたけれど、俺はこいつらと区別化を図るため、あらかじめ調べておいた立食パーティーのマナーを実践すべく、左手に皿、コップ、フォークの三つのアイテムを持とうとしたが、なかなか上手くできない。もう少しでお皿にのせたキッシュが滑り落ちそうになって、それを防ごうと手首をくいっと返したら、コップの中のオレンジジュースが俺の手首に半分以上こぼれた。
「ヒロちゃんなんすかそれ?新らしいタイプのジャグリング? 失敗?」
「うっせーな」
「ヒロ、なんで立って食ってんや。椅子あるやん、座って食べなあかんよ。行儀悪いなあもう。せやけど、なんか見たこともない食べ物いっぱいあるな。どれもめっちゃクソ美味い」
「ちっ、行儀悪いのはどっちだよ。ミッチーに言われたくないよ。クソって言うな。クソって…」
小声でぼやきながら俺は立食パーティーのマナーの実践を諦めて椅子に座って普通にキッシュをたべた。確かにクッソ美味い。これがキッシュという物か。
「このパーティーフードは全部マキちゃんとこのレストランからのデリバリーなのですよ。どれも美味しいですね」
オギーがそう言ってキッシュを手でつかんでパクッと食べた。
「へえ、マキちゃんち、レストランなんや」
ミッチーがガツガツ食べながら言った。
「うん、家がレストランってわけじゃないけど。親がレストラン経営してるの。このキッシュはね、今度オープンするカフェの新しく入ったフランス人のシェフが作った試作品なんですって。イベリコ豚のベーコンとエシャロットをカラメライズしてゴルゴンゾーラが隠し味に入っているらしいの。シェフに伝えておくわ。みんなが美味しいって言ってたこと」
「へえー、そうなんだ」と一応うなづいたが、マキの言った食材で解ったのは"ベーコン"だけだった。
「あのね、このガトーショコラ私が焼いたの。ベルギーのチョコを使ってるの。上手く出来てるどうか自信ないけど。よかったらどうぞ」
「マキの作るケーキはいつも絶品。パティシエになるのが夢なのよね」
「いやだ、優ちゃんったら」
「マキちゃん、すごいやん。手作りケーキ、むっちゃ美味い。ベルギーのチョコの味がする。売ってるやつよりも百倍美味いわ。俺、マジ、感動やわ」
ケーキを口いっぱい頬張るミッチー。
「ホント?私、嬉しい...。よくお菓子は作るんだけど、テニスのみんなと、家族以外の人に食べてもらうのは初めててで......」
マキは顔を赤らめていたけど、ミッチーは腐ったもの以外は大体美味いと言うことをマキは知らない。もちろんベルギーのチョコの味なんか解る訳がない。
斜め前に座った洋子が
「今日はバックハンドを重点的に練習しましょうか。その前に、ヒロくんはトップスピンを効かせる練習すればホームランはなくなるから。手首を返してスピンをかけるよりも、たぶん、ウエスタングリップにしたほうがいいんじゃないかな。あと、オープンスタンスで打つといいよ。パワーもあるし」
と、テニスのアドバイスをくれたが、全く意味がわからない。マキや洋子の言っていることが解らないのは俺だけなのか。
「やあ、ドラゴンはおとなしくなったかい?」
再びミスター五条寺が現れた。
「今日はパーティーによんでもらっていただいてありがとうございます。それから車で迎えに来てもらってくださり、あんなすごい車に初めて乗りました。ありがとうございました」
俺は、俺なりにちゃんと言葉を選んできちんとお礼を言った。
「どういたしまして。楽しんでくれてこちらも嬉しいよ。ところで君たちはバンドを組んでいるんだってね。どんな音楽をやっているんだい?」
「あ、えっと、パンクロックです」
「ほおー。パンクロック」
俺はバンド名を言おうとしたけれど、誤解されてまた面倒くさいことになったらいやだし、言おうかどうしようかと迷っているとミスター五条寺が話し始めた。
「パンクといえば、イギリスのセックスピストルズかな。髪の毛逆立てて、ちょうど君みたいに。まあ、君たちはこんな昔のバンドなんか知らないだろうけど」
「――!!そ、そうなんですっ!俺たち、セックスピストルズをやるんです。俺は、このバンドが大好きなんです。かっこいいですよね。だから、真似してるんです、この髪型。わかってくれる人がいて嬉しいです!!」
俺は涙がちょちょぎれそうになるほど嬉しかった。
「ほお、これは驚きだね。ピストルズを知っているとは」
「俺、あ、僕は最近パンクロックを知ったばかりでりであんまり知らないんです。ピストルズも親父、いやうちの父のCDラックから見つけたんです」
「いやー、当時流行してたな、仕事先のロンドンで。懐かしいよ。今はユーチューブがあるからすぐ昔のバンドを観れたり聴けたりと便利になった。昔はそうじゃなかったらね、情報にありがたみがあって重みもあったけどな。今じゃ、情報の質が薄いね。ネットでちょっと調べてそれで全部わかったつもりになってる。知るということは素晴らしいことだけど、そこからの探求心が問われるところだね。とにかくいろんな音楽を聴いてみることだよ。荻窪君なんかクラシック音楽に詳しいから、パンクとクラシック音楽の融合とか、いいんじゃないの。ねえ、荻窪君」
「はい。僕もそう思います」オギーがキッパリと言った。
俺は少し耳が痛い部分もあったが、好きな音楽の話をミスター五条寺とできて嬉しかった。
「俺たち、学祭でライヴするんです。いま、それに向けて練習しているんです」
「おお、そうなのかい。では、私も仕事のスケジュールが合えば見に行くよ。学園祭での君たちの演奏、今から楽しみだよ。バンドとテニス、忙しくなるね。ああ、勉学の方も忘れずに。そうだ、テニスウエアを選ぶかい?ちょっと古いタイプだが在庫が残ってるものもあるから」
「ちょっと、パパ、今から練習なんだけど」
と美波が言ったが
「いいじゃないか、練習の前にアウトフィットを決めなきゃね。いつまでたっても学校の体操服じゃやってられないよね」
そう言って俺たちをテニスコートの横にある、クラブハウスと呼ばれる建物へと案内した。
さすが、ミスター五条寺はわかっていらっしゃる。まずは見た目だよな。何事も。
クラブハウスの中に入ると、壁にはテニスプレイヤーの写真がたくさん飾られていて、テーブルと椅子があり、ちょっとした喫茶店のようだ。奥の一角がテニス用品のお店になっている。ハンガーラックに服がたくさんかかってあって、それはサンプルらしく、この中から好きなのを選んでいいと言われた。
「これ、かっこいい!俺、これに決めた」
赤を基調にした紺、白のジャケットと縦ストライプの入った白のポロシャツ。
「俺もこれがいい。紺色の方」
「俺もこれがいいっすよ」
「じゃ、みなさん同じウエアで色違いにしましょうよ」
オギーが嬉しそうに提案した。
「ああ、そのデザインだったら一式全部サイズも豊富にそろってるからみんなの分あるよ。じゃ、みんなビヨン・ボルグね」
ビヨンボルグが何なのか解らなかったが人だった。なんでもテニス史に名を残す超有名テニスプレイヤー、ビヨン・ボルグ。俺たちが選んだアウトフィットはビヨン・ボルグが1980年に着ていたデザインのレプリカらしい。
「あと、ラケットはデモラケットでよかったらあげるよ。グリップのサイズ見てね。服のサイズ、合わせてごらんよ。更衣室そこだから」
俺たちはもらったテニスウエア一式に着替えた。半ズボンが少しタイトで少々短く感じたが、シャツもジャケットもかっこいい。
四人が四人ともお揃いのウエアって言うのもどうかと思うが、ただで頂いたものに文句は言えないだろうし、とにかく俺はこの赤を基調にしたトリコロールカラーのアウトフィットが気に入った。結局、俺とオギーは赤で、カンちゃんとミッチーが紺色のジャケットを選んだ。
「なんかテニス上手くなりそうっすね」
「ヘッドバンドしたら無敵って感じやな」
「なんか、ちょっと照れますね」
その格好で外に出ると、
「イヤだ、パパったら自分の好みをみんなに押しつけてない?」と美波が言った。
「ちがうよ。彼たちが自分で選んだんだ。なんか良い感じゃない? 君たちのやっている音楽と時代が同じで、テニスウエアもレトロで。1980年ウインブルドン決勝戦ボルグVSマッケンロー、世紀の対決のボルグのアウトフィット。君たちなかなか似合っているよ。ヘッドバンドも忘れず装着するように」
「こんな全部一式もらっちゃっていいんすかね?」
「いいよ。いいんだよ。そのかわり、テニス頑張ってくれよ、みんな」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、テニスウエアも決まったことだし、練習しましょう」
美波がテニスコートへと駆けていった。
「こんにちは。五条寺さん。今日は賑やかですね」
「やあ、恭太郎くん」
振り向くとそこには背の高い端正な顔立ちの、全身白のスポーツウエアで決めた大学生ぽい男の人が立っていた。
――だっ誰? このイケメン。
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