第34話 ミッチー、バンドもテニスも辞めるって本当?

「ええーーっ!!美波が?マジ?」


「うん。玄関に来てるよ。テニス合宿の人よね。超お金持ちの。なんか、すっごい綺麗な人なんだけど。でも、ちょっと満里奈の思ってた雰囲気とは違うかな。満里奈のイメージはもっとこう清楚な感じで…、ねえ、ねえ、どーゆーカンケー??ねえねえ、彼女??」


「うっせーなーっ、カンケーねえだろー。ドア勝手に開けるなよ。閉めろ!バカ」


「お兄ちゃんのほうこそバーカ。鼻血出したくせに」

 満里奈はぷいっとして、ドアを思い切り閉めてどやどやと階段を降りていった。


 クソっ、満里奈のやつ。そんなことより、ヤバい、不意打ちだ。なんで美波が突然うちにくるんだ? マジ、ヤバい。学祭にも出れなくなって、その上、超かっこ悪い鼻血ブーの醜態をさらしてしまって、あんなに応援してくれた美波に合わす顔なんてないじゃないか。それに美波はこんな俺のことをどう思っているのだろう。うわ、最悪、どうしよう。わらわらしながらもとりあえず、俺は大急ぎで髪型を整え、鏡の前でファッションチェックをしてから部屋を出て、どかどかと階段を降りた。


「…ほんとすみませんねえ、わざわざ持ってきてもらって」


「いえ、いいんです。帰り道ですし」


 玄関で俺のベースを持ったパンクファッションのままの美波が母さんとなにか話をしていた。美波は階段から降りてきた俺に気がついた。


「あ、ヒロくん、突然来ちゃってごめんなさい。鼻血、大丈夫?」


「ああ、もう大丈夫。あ、それ、俺の…」


「そう、ベース忘れてたから、道端君たちに家を教えてもらったの。スマホもベースケースのサイドポケットに入ってるみたいだから無いと不便かなと思って」


「あ、わりい、ありがとう」


 完全にベースのこと忘れてた。スマホが鳴らないなと思っていたらそこに入っていたのか。


「博司ったら、ベースと携帯忘れるなんて、ホントにもう。あっ、そうだわ。上がってもらいなさいよ。暑いのにわざわざ持ってきてもらってすみませんね。麦茶でも飲んでいって」


「…あの」


「母さん、いいって。僕たち散歩行ってくるから」

 美波が返事をする前に俺はそういった。


「あら、そうなの。あがってもらったらいいのに」


「だからいいって。行こう、美波」


 俺はベースケースの外ポケットからスマホを取り出し、ささっとドクターマーチンのブーツを履いた。ブーツを履いている最中も母さんは、麦茶、麦茶とうるさい。


「じゃ。ちょっと散歩がてら送ってくる」


「すみません、お邪魔しました」


「いいえ、麦茶も出さずにおかまいなしでごめんね。またいつでもいらしてね。あ、博司、晩御飯までには帰って来てね」


 脳天気な母さんの声が後ろからした。母さんは知らない。どんだけ美波の家がでかいか。あがってもらうだと?こんなうさぎ小屋に? それに麦茶麦茶って麦茶を連呼しやがって、庶民まるだしじゃん。まあ、庶民なんだけど。ああ、知らないって罪だ。


 俺たちは美波の家の方に向かう途中にある公園を歩いた。パンクファッションの美波と二人で一緒に公園を歩くなんて、傍からみると、ミュージックマガジンから抜け出してきたような超イケてるパンクカップルに見られているに違いない。この鼻の絆創膏もアナーキーをかもしだしていてグッドじゃないか。自然に顔がニヤニヤする。ざまあ、俺はリア充だ。すれ違う人々に心で言ってやった。形だけのフェイクリア充だけど。もっといっぱいの人とすれ違いたかった。それにしても美波のパンクファッションかっこいいな。どう褒めたらいいかな。と思っていたら美波が先に話し始めた。


「ヒロくんのお母さん素敵な方ね。優しそう。妹さんいるんだ。かわいいね」


「ウザいだけだよ、あんなの。あ、わざわざベース持ってきてくれてありがとうな。俺、あんなことになって、あの後、堀川にしぼられちゃって…」


「…学祭のステージ権利、残念だったわね…」


「うん…、テニス部のみんなに応援してもらったのに、ごめん。でも、バンドが解散したわけでもないしね」


「謝らないで。私たちはいいのよ。でも…それがね…私がヒロくんの家に行ったのは、ベースのこともあるけど、ちょっと大変なことになってるの。道端君、バンドもテニスも辞めるって言っているの。ヒロくんに連絡したけど、スマホはベースケース中で鳴ってるし。そのこと早く伝えたくて」


「はあ?真に受けてんの?そんなの冗談に決まってるだろ。ミッチーの言うことなんて」


「それが、本気みたいなの」


「冗談だって。いつものことだから」


「最初はね、冗談だとみんな思ったの。でも本気らしくて。あの後、みんなで神田くんの家の太鼓の練習場に行ったんだけど」


「ああ、倉庫のこと?」


「うん、そこで辞める辞めないのちょっとした話し合いになってね、まーくんが派手にギターを壊したことで、あ、まーくんって荻窪くんのことね。道端君はそれがどうしても許せないって。そしたらまーくん『僕のせいで選考会に落ちたし、ミッチーさんもバンド辞めちゃうっ、全部僕のせいだっ』て泣き出しちゃって、そしてマキも泣き出しちゃって。もう、カオス状態」


「オギーのやつ、すぐ泣くからな。オギーはともかく、なんでマキが泣くんだよ」


「道端君、荻窪くんや、インターナショナルクラスの人とはやってられないって言ったの」


「なんでそのくらいのことで泣くかなあ」


「んもう、ヒロくん、わかってないんだから」


「なにが? …って、あれ、見て。あれ、ミッチーとマキじゃない?噂をすれば影」


 公園の大きな木のそばのベンチにパンクファッションの二人の姿が見えた。


「隠れてっ!」

 俺は美波に腕を掴まれて茂みの影に引き込まれ二人して身を隠した。美波の髪の毛が俺のほっぺたに触れた。シャンプーの香りだろうか、整髪料の香りだろうか、甘いフルーツの香りが鼻をくすぐる。


 俺たちは、かがんで茂みの影から二人の様子を見ていた。遠くて二人の会話はきこえなかったけれど、なにやら言い争っているようにも見える。


「えっ、え?なんかヤバくね?言い争ってね?あの二人」


「あ、道端君が立ち上がったわ」


 ミッチーがベンチを立って去ろうとしたとき、マキはミッチーの腕を「待って」と言わんばかりに引き止める。それを振り払ってミッチーは去ろうとマキに背を向けた。その瞬間、マキはミッチーの背後からミッチーに抱きついたのだ。


「え、ええーーーー??!!」


「シーーーーっ、聞こえるわ、静かに」


「あ、ごめん。あいつらあんなカンケーだったの? 知ってた?」

 

 俺は声のトーンを下げた。美波を見ると、ほんのり顔を赤らめていた。


「うん、まあ、それとなくね。でもマキったら案外大胆ね」


「くっそー、ミッチーの野郎いつの間にィ…」


「えっ、何?」


「なんでもない。なんでもない」


 するとその後、ミッチーがマキの方に振り向き、二人して、ハグをしているではないかっ!!マキのポニーテールが左右にゆらゆら揺れるのが見えた。


「え、あっ? あ"ーーーーーー!!」


「シーーーー!!声、大きい。静かにって言ってるじゃない。今度は何?」


「ポ、ポニーテールっ!?」


「ポニーテールが何?」


「あ、…いや、べ、別に…」


 ――そうだったのか。ミッチーのあの超ダサイ、歯の浮くような詩はマキのことを思って作った詩だったのか。マジか。赤面してきた。俺までも恥ずかしくなってきた。


 ミッチーとマキは夕日をバックに抱き合っている。俺のとなりには結構な至近距離で美波がいる。肩と肩が触れ合う。なんだか気まずい。どうすればいいのだ。心臓がバックンバックンしてきた。美波に聞こえてはないだろうか。テニス合宿でフォークダンスを踊ったときよりも百倍ドキドキする。マキシマム気まずい。


 クッソー、いい加減にその場を去ってくれ。ミッチー。このままだと俺の心臓は飛び出してしまいそうだし、現実問題として、せっかく止まった鼻血がまた吹き出てしまいそうだ。


 


 





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