第15話 パンクス、パーティーに招待される
ある日のテニスの練習が終わってのことだった。
「今度の金曜日の放課後、うちのテニスコートでみんなで練習しない? その日はバンド練習はできなくなるけれど」
「えっ?」
美波に誘われたってことも驚きだが、それよりも美波の家にテニスコートがあるということにびっくらこいた。
「うちの父がみんなに会いたいって」
「ふあ?」
美波のお父さんに会うだって?俺は緊張して背筋がピンと伸びた。何でまたお父様? 俺またなんか悪いことしたっけ。考えられるのは、この前の窓ガラス割ったことか...えっ、もしかしてこの前のセクハラ疑惑? ヤッベ......と思っていたが、どうやらそれではないらしい。
「父がテニスの試合に向けての決起集会っていうか、ちょとした元気付けパーティーにみんなを招待したいらしいの」
――パーティーに招待だってえ!!
「パーティー?なんか食べ物出るっすか?ポテチとか?」
カンちゃんが昼の残りの焼きそばパンを、俺の隣でくちゃくちゃ食べながらもごもご言った。食べながらしゃべるなよ。きったねーなあ、もお。美波が引いてるじゃねえか。
「う、うん、多分ね。軽い立食パーティーだからサンドウィッチとかキッシュとか、そういうの。で、その後、軽く練習しましょう。どうかしら」
「キッシュがなんかわからんけど、うまそうやん。行くに決まってるがな。パーティーや!な、カンちゃん」
「もち、行くっすよ。パーティーっすよ!」
「僕もいいですよ」
ミッチー、カンちゃんそしてオギーも即答した。俺もみんなと同じく、速攻イエスだったのだけど、なんとなく他のやつらと一緒にしてもらいたくなくて
「えーと、俺、その日はー、...たぶん大丈夫だと思う」
としぶってみせた。
「じゃ、決まり。金曜日ね。授業終わったら西門で待ってて。体操服持ってきてね」
マジか。やった。美波の家におよばれしたぜ。美波の家に行ける。ランランラララ〜ンッ、俺の頭の中は満開のお花畑。その日からニマニマが止まらない。しかも立食パーティー、立食だぜ、リッショク。"立ち食い"じゃないんだぜ。俺は立食パーティーがなんであるかとか、立食パーティーのマナーとか、キッシュが何であるかとか、しっかりグーグル先生に聞いて調べたり、なんとか知恵袋で調べたり、中2の妹、満里奈に「お前、立食パーティーって知ってるか?行ったことあるか?おまえなんかどうせ、アニメの世界でしか見たり聞いたりしたことないだろう。兄ちゃんはリアル立食パーティーに行ってくるぜ」と自慢したりした。
ついに来た金曜日の放課後。
ミッチーとカンちゃんと俺は西門で美波を待つ。
「あれ、オギーは?」
「先に帰ったっす。あとで美波さんの家で会おうって」
そう言えば、オギーのやつ、美波と家が近くって言ってたな。
俺たちの前に見たこともないでかい黒塗りの車が止まった。運転席から黒尽くめのサングラスの男が出てきて
「美波様のお友達の北村様、道端様、神田様でいらっしゃいますね。お待たせいたしました。どうぞ」
と後部座席のドアを開けた。
「ふあ?!俺たち乗るの?」
俺たちは顔を見合わせた。
「はい、どうぞ」俺達はおずおずと車に乗り込んだ。
「わたくし、ドライバーの岩田と申します。では、お屋敷まで参ります。短い間ではございますが、車中ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
「あ、あの、美波さんは?」
「美波様はお屋敷でお待ちでございます。では、出発いたします」
ふかふかのシートに車内のシャンデリアのキラキラが俺たち、いや、俺とカンちゃんのテンションを上げた。
「スッゲーっすね」
「まさか、黒塗りの車が迎えに来るとは!」
「VIPっすよ、VIP。なんすかねえ、このいっぱい付いてるボタン」
「押してみ、どれか」
カンちゃんがランダムにボタンを選んで押したら、グイーンとシートが動いた。
「うわっ、スッゲー!マジっすかこれ」
「インポータントパーソンって感じだな」
「社長?」
「マフィアのボスとか?ハハハ」
カンちゃんと俺がはしゃいでいるなか、ずっとこわばった不安げな顔の、いつになく無口なミッチーが口を開いた。
「な、なんかこれ、ほんまに美波の家に行くんか。これヤバいやつちゃうん。港の寂れた倉庫とかに連れて行かれて、なんか、ヤバイ取引とかあるんちゃうん」
「なんで? ミッチー、なんかやばいもの持ってるんすか?」
「もってるわけないやん。じゃなかったら、せや、誘拐や、誘拐。身代金要求されるんや」
「誰が誰に?」
「誰かが、俺の家に、家族に電話かけるねん。ほんで身代金要求されんねん」
「……いや、悪いけど、それ、ダレ得?」
「ヒロちゃんの言う通り、それメリット皆無っすよ。まあ、こんなかで誘拐されるとしたら俺っすよね。一応、俺、八百屋の後取りだし、うちの親父、商店街の会長やってるし、メリットあるっすよ」
「ふん、あんな今にもつぶれそうな商店街にメリットとかあるかあっ、ボケえ」
「いや、俺の家も、フツーのサリーマンやけど親父もまあまあがんばってるから、メリット有るかも。あっ、でも家のローンがなんとか言ってたなあ……。つか、これ何の話?なんかアホらし、もうやめようぜ。なんか虚しくなってきた」
しばらく沈黙が続いた。
と思ったらまたミッチーがしゃべり始めた。
「オギーはどこやねん。オギーがいたらターゲットは絶対あいつや。せや、わかった!やつらは俺たちのなかにオギーがおると思ってんねんや」
「いや、車に乗るとき名前聞いたっすよ」
「うわあ、どないする?おれたちの中にオギーがおらんてわかったら、俺ら順番に海に突き落とされてドボンや」
「だからー、オギーはいないって最初っからわかってるっすよー」
……勝手に妄想膨らませてくれ。俺はもうついて行けない。
車中、そんなしょうもないことを話しているうちに、車は大きな門を抜け、大きなお屋敷の噴水の前に止まった。
「着きました。どうぞ」
黒尽くめの運転手がドアを開けた。
「うわーっ、でけえ家」
「ここどこやねん。日本?」
「港の寂れた倉庫じゃないことは確かっすね」
「ここは美波の家だよ」
噴水のへりに座っていたオギーが飛び降りて
「岩田さん、あとは僕が」
と黒尽くめの運転手に言った。
「あっ、これは荻窪のおぼっちゃん、お久しぶりでございます。では私はこれで失礼。皆様ごゆるりと」
「あっどーも。あざーす」
と俺達は声を揃えて礼をした。
「ここ、美波の家?」
「スッゲー豪邸」
「半端ねーっす」
白い壁の西洋建築、円形になっている屋敷の前のプライベートロードの真ん中には三段の噴水があり、一番上にはマーメイドが水瓶を持っていてそこから水が吹き出している。
「車だと案外近いよね。僕は自転車だけど」
オギーがそんなことを言っていたけれど、あんまり耳に入ってこず、そして、三人とも言葉も出ず、ただキョロキョロとしながらオギーについていく。
オギーがドアのベルを鳴らした。しばらくして、ぎぎぎっ~と重厚なドアが開いて
「どちら様で?」と魔女のようなおばさんが出てきたと思うとその後ろから
「いらっしゃーい。早かったね。さすが岩田さん。あっ、八重さん、この方たちみんな私の友だちなの。さあ、みんな入って。洋子もマキも優もみんないるわ」
と、ヒラヒラした白いテニスウエア姿の美波が明るく迎えてくれた。
靴、脱がなくていいんだ。ホテルかよ。そんな家あるんだ日本に。別世界だ。
大きな吹き抜けのエントランスホールの奥から
「やあ、よく来てくれたね。君たち」
と、グレイヘアーだけど若々しく、細身の健康的に日に焼けた肌、白い歯がまぶしい男の人がにこやかに出てきた。
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