第12話 つかの間の妄想とガッツリの現実

「右手でラケットをこう握って、左手でトスする。そして打つ...ちがうちがう、ちがうわ、こうよ」

 美波が回り込んで後ろから俺の両手をもって、一緒に腕を動かす。

「ラケットをこう握って、トスをあげて、そして打つ。わかる? このタイミング?」


 後ろから耳元で優しくささやく美波。そして、俺の背中に柔らかいものが密着!! 

 っだ――っ?! こ、こ、これは~~~~~~~~~~~~~~!!??#☆$☆#"%&★♂♀!!



「ちょっと美波っ、いくら大会に出場したいからって、もうちょっと素質ありそうな男子がよかったんだけど。この人たちにテニスできるのかしら?」

 ソバカス女子が上から目線で俺たちに言った。


 俺の妄想タイムはその野太い声で一気に吹き飛んでしまった。


 けれども、ソバカス女子のその言葉が、俺のやる気を俄然熱くさせた。美波と練習できるんだ、こんな言葉に負けてはならぬ。


「や、やってみなきゃわからないじゃん。だから、練習するって言ってるじゃん」


「さあ、どうかしらねえ。じゃあ、明日っからビシバシ、ガンガンいくからね」

 ソバカス女子は筋肉質の腕を組んで仁王立ちになった。


 ――――ふへっ!?

 俺は美波に教えてもらうつもりで...、つか、ちがう。き、きみじゃない。無意識に頭が小刻みに左右に揺れた。


「じゃあ、改めて自己紹介しましょうか。私、テニス部キャプテン五条寺美波ごじょうでらみなみです。そして、こちら副キャプテンの工藤洋子くどうようこさん」

「洋子です。明日から覚悟してね」

「そしてこちらが、稲本いなもとマキさんに椎名優しいなゆうさん」

 背格好もよく似たポニーテールのマキと三つ編みでメガネの優の二人はラケットを胸の前で抱えて「よろしく」と声を揃えて言った。


 俺は急に気が引けて、とりあえず、雑い自己紹介をした。

「俺は北村博司。ヒロって呼ばれてる。こいつが道端ミッチー、神田のカンちゃんに、そんで、いつも後ろでちょろちょろしてるこいつがオギーこと荻窪まさ...えっと、まさ、なんだっけ?」


「えっ、荻窪?ウソ、まーくん?まーくんなの?」

 美波の声のトーンが上がった。

他の女子たちも「お、荻窪くん?!」 「あの、荻窪くん??」と驚きを隠せないでいる。


「ま、ま、まーくんっ!?」

 俺とミッチーとカンちゃんは声を合わせてオギーを見た。


 まーくんだってえ?美波たちのことを知っているとは言っていたけれど、まーくんって呼ばれる仲ってどんな仲だよ。


「ばれてしまいましたか。だから嫌だったんですよ」


「まーくん、久しぶりじゃない!なんだか少し見ない間にイメージ変わったわね。髪型も違うし、あっ眼鏡、コンタクトにしたんだ。やだ、私ったら全然気がつかなかったわ。背も伸びてるし。言ってくれたら良かったのに。普通科なの?インターナショナル棟では見かけないから。きゃー、久しぶりっ」


 美波はオギーに駆け寄ってハグをした。


「―――っ!? ちょ、ちょっと、オギー、どーゆーカンケーだよ」

「親同士が仲がいいだけです」

「あら、幼馴染みなのよ。私たち。小学生のとき一緒に遊んだじゃない。よく着せ替え人形とかして遊んだわね。まーくんがお人形さん役で、女装したりお化粧もしたりしてね。あの頃、楽しかったなあ」


「き、着せ替え人形ー?」と俺、

「女装オ?」とミッチー、

「お化粧オオ?」とカンちゃん。


「ぼ、ぼくは、その、みーちゃんがしたいっていうから…」


「「「み、み、みーちゃん!?」」」

 最後は三人でハモった。



「まーくんさ、クラシックギターまだやってるの?最後に観たのは、中2の終わりのコンサートだったけれど、あの時は...でも、ジャンルはどうあれ、まだ音楽やってるみたいで良かったわ」

 美波はオギーの両肩をぽんぽんとたたいた。

「...うん、まあ...」

 オギーは下を向いた。

「大丈夫」「がんばれっ」

 とマキと優も言っている。いつのまにか女子たちは捨て仔犬に群がるようにオギーを囲んでいた。


 まーくんとみーちゃんのカンケーも気になるが、何があったのか聞くに聞けない、なにか人に言えない大変な過去があったような、このしんみりした空気。美波も悪気があって言っているようには見えないけど、この終始押され気味のイニシアチブ全部持っていかれてる感、オギーが拡声器で「うんこーーーっ」て叫んだのもわかるような気がしてきた。


 そうだ、そんなオギーの為にも、俺たちのバンド活動の方針をはっきり言っておかなければ。俺たちの目標はなんと言っても学祭でパンクバンドデビューなのだ。


「ちょっといいかな、ヘイガイズ。約束は約束だ。俺たちテニス部に入るけれど、これだけは聞いてくれ。俺たち十月の学祭目指して真剣にバンドやっているんだ。だからテニスをしながらバンド活動もする。そこはわかってもらいたい。俺たちの目標は学祭デビュー」

キマった。俺。どーだ!


「わかったわ。君たちのバンド活動も尊重するわ。そちらの音楽の方もがんばってね。私たち応援するわ。それで、どんな風な音楽を学祭でするの?」


 キターーーーーーーッ!!美波が興味を持ってくれたぜ! イエスッ。心の中でガッツポーズ。


 ウィキペディアで調べて丸暗記した知識を披露できるチャンス、またもや到来。俺は自慢げにイギリスのパンクバンド、『セックス・ピストルズ』をやろうと思ってる。と言おうとした。


 が、


 この妖精のような可愛らしい美波の前で『セックス・ピストルズ』のセックスが言えなくなって固まった。どうした俺、恥ずかしがってはいけない。ただのバンド名じゃないか。堂々と言わなければ。俺はパンクスだ。パンクの神様のバンド名をしっかりはっきりと言えないでどうするよ!

 ――そうだっ!!

 短縮して『ピストルズ』と言えばいいじゃないか。そうだ。わざわざフルネームで言わなくてもいい。短縮しよう。そうしよう。


 だがしかし、


 超短時間の間に俺の脳ミソはフル稼動しすぎて、思考伝達回路がショートしたのか、口から出た言葉は、じゃないほうの


をやろうと思ってる。好きだからさ」


 だった。



 美波の涼しげな瞳の可憐でチャーミングな妖精のようなフェイスは、みるみるうちに般若のお面のような形相になり、


「変態ーーーーいいいっっっっ!!」


 という叫び声とともに俺は一発ビンタを食らった。






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