第13話 ビンタの功名


「あー、まだちょっと腫れてますねえ。赤みは引いてますけど。まだ痛いですか?ヒロさん」

「痛かねーよ」


 昼休み、俺は大好きなコロッケパンの袋を開けながらオギーにそう言ったが、実際、昨日、美波にビンタされた左のほっぺたがまだ痛い。コロッケパンを口に入れるも奥歯では噛めないので前歯でちょこちょこ、ガツガツ食っていたら、オギーがタマゴサンドを食べながら、心配そうにつぶやいた。

「やっぱり痛そうですねえ。でも、ビーバーみたいで可愛いです」


「…」


「美波も思いっきりやりよったなあ。まあ、テニスやってるだけあるわ。見事なフォアハンド、バコーーーンッ!」

ミッチーがラケットを振る真似をした。


「……」


「グーじゃなくてよかったすね。これ、グーだったら絶対いっちゃってるっすよ。顎。アンド失神」

カンちゃんがボクシングの構えをしてグーでミッチーの左頬にパンチをスローモーションで入れる真似をする。


「……なんか、おまえら楽しんでない?」

「楽しんでへんって」

「楽しんでないっすよ。マジ心配してるっすよ」

「なんか、顔笑ってるし。オギーもなんだよ、ビーバーって」

「そやけどヒロ、なんでゆうたらあかん方わざわざ選んで言うかなあ。おまえアホちゃう? つか、わざと? 受け狙い? 信じられへんわ。そこまで体張ってまで笑いを追求するか。お笑いの鏡やな。尊敬するわ。完全にすべっとったけど」


「僕も尊敬します。すごいなあ。ヒロさん。本当に尊敬します。僕なんか、恥ずかしすぎて生きていく自信なくします」


 オギーのやつ、マジで言ってんのか、バカにしてんのか、たまにマジでわからん時がある。


「ところで、暴力とセクハラってどっちが悪いと思います?」

「暴力っすよ。やっぱり」

「せやな、けどこの場合、セクハラやろ。で、立場逆やったら、絶対暴力やな。残念ながらそういう世の中や。そやけど、あぶなかったな昨日は、もうちょっとでみんなにパンツ見られるとこやったなあ。ヒロ」


「……もう、俺に構うな。ほっといてくれ」


俺は、チビチビ前歯でコロッケパンを食べながら昨日のことを思い出していた。




 あの強烈ビンタの後、俺は美波の誤解を解くのに必死だった。美波をはじめテニス女子たちの怒りは半端なく、青島の火山のように噴火し、もうちょっとで学校問題に発展しそうなところを俺たちは引き留め、美波たちに曲をきかせたり、ユーチューブを見せたり、ウィキペデイアを見せたり、本当にセックス・ピストルズというバンドが存在することを必死で訴えた。その甲斐あってバンドが実際に存在することをわかってくれたが、今度はソバカス洋子が「あんた、わざと言ったでしょ。わざと間違えてその言葉を言ったんじゃないの? セクハラよ、セクハラだわ!許せないわ!」と言い出し、その誤解を解くのにまた一苦労で、その時の俺の心理状態を逐一女子に説明した。こんなかっこ悪いことってあるか?


 やっとの思いで誤解が解けたところで、俺はビンタを食らった頬がまだじんじんするなと思ってたら、みんなの俺を見る顔が半端なく青ざめていて、俺の顔を見た美波が

「オーマイゴッシュ、ファーストエイドボックス!!」 

と叫び校舎の方に走って行って、ポニーテールのマキはモンスターでも見たかのように「ぎゃゃーーーっ」と叫ぶし、どうやら俺の左頬が風船のように赤く腫れ上がってきていたらしく、おとなしいと思っていた眼鏡の優ちゃんが、突如として救急隊員のようにキビキビとなり

「男子たち、この人をそこのベンチまで運んで!」と叫んだ。

「そんな、大袈裟な、こいつ大丈夫やっ――」ミッチーが言い終わるのを待たずに「早くっ!! んもう、役たたず!洋ちゃん手伝って」俺は洋子と優ちゃんに腕を抱えられて、「大丈夫だって。俺普通に歩けるし」って言っているのにも関わらずベンチに座らされ、優ちゃんに「意識ははっきりしてるかしら?しびれはある?自分の名前言ってみて」とかいろんな質問をされた。そこにファーストエイドボックスと氷をもって美波が帰ってきて、素早く氷を氷袋に入れ優ちゃんに渡した。優ちゃんは氷袋で俺のほっぺ冷やしながら「横になって楽にして」と言って、俺はあまりにもの女子の機敏な行動に、何がどうなっているのかついていけずに言われるままになった。次に優ちゃんは「洋ちゃん、ネクタイはずして」と言った。ソバカス洋子は有無を言わせず俺のネクタイをとって、シャツのボタンも三つくらい外した。そして優ちゃんはてきぱきした口調でこう言った。

「洋ちゃん、ベルトも」


――!!えっ?


ソバカス洋子の日に焼けたごっつい筋肉質の腕が俺の下半身のズボンのベルトにのびる。


――ひっ、や、やめて!お、犯される!!


 俺はすべてをはねのけ飛び起きて

「ホントにホントに大丈夫だから。どうもないって。ほ、ほらねピンピンしてるから」

ぴょんぴょん跳んで見せた。

美波は「私のせいでこんなに腫れちゃって、ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も言って、「保健室いく?それとも、優のところはお医者さんだから今からそこに行ってもいいけど。歩ける?この場合動かしちゃダメなのかな」

とものすごく心配してくれたけれど、ほっぺたが腫れただけで、他は全然大丈夫だから、君たちの手厚い応急処置とても感謝するよ。と丁重に断って逃げるように帰った。


 もう一度言う。こんなカッコ悪いことってあるか。こんなカッコ悪いパンクスっているか? 誰か教えてくれ。




――――放課後


 スタジオに向かうテニスコートにはすでに美波たちがいた。俺はものすごく恥ずかしくて気まずかったけれど

「ヘイ、ガイズ!昨日はどーも、どーも」

と明るく振る舞った。

「あの、昨日はごめんね。大丈夫?ほっぺ」

いつもは強気の美波が結構しおらしい。

「もう何ともないよ。それよりも誤解が解けてよかった。...案外パワフルだね。びっくりしたよ。あははは」


「まだ、腫れてるみたいだけど...」

心配そうに俺の左の頬と右の頬をまじまじと見比べる美波。


――えっ、近くね。そんなに近くで見られると超はずかしいんだけど。


 大きな瞳がクリクリと左右に動く。まつ毛ながっ。ほんとに近い、近すぎ。俺は息もできずにドギマギした。

「んー、まだちょっと腫れてるわね。北村君、ほんとにごめんなさい」

「だ、大丈夫。気にしないで...」

やっとの思いで顔を少し下に向けて言葉が出たし、息も出来た。

「ホントに?」

「ホントに」

「ホントに、ホントに?」

「ホントに、ホント」

俺たちはお互いクスッと笑った。


「あっ、ヒロでいいよ。名前」


「オッケー。じゃあヒロくんって呼ぶね。これから」


 イエスっ! 美波の笑顔。きらきらエフェクト満載!!またもやエンジェル登場で俺のハートを乱れ射ち!!

 痛かったけど、美波の平手打ち、超、痛かったけど、パンツ見られそうになってはずかしかったけど、全部ちゃら。プラマイゼロ。いやこれ、プラスじゃね? 神様って本当にいらっしゃる。サンクス、ゴッド。これこそ、怪我の功名だ。ビンタの功名。ビンタされて良かった~。と心から思った。



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