第9話 オール・オア・ナッシング①

「ちん...? 何? 何なのよ。私たちの前ではっきり言ってみなさいよ」「その拡声器は一体なんなのよ」「説明してもらえるかしら」


 俺たちは窓越しに完全にテニス女子に包囲されてしまった。そして尋問攻めにあう。


「いや、その...これは...っていうか...」


 俺が慌てふためいてしどろもどろになっていると、後ろからミッチーの援護射撃。


「"チンチン電車"って言おうとしたんやんな。ヒロ」


「はあ...?」


 と言ったのは女子のみならぬ、俺もだった。何を言っているんだ。ミッチー。そんなしょうもないことで茶化すことは、この女子たちには逆効果。火に油を注ぐってこと、火薬倉庫にマシンガンをぶっぱなすようなことだろうがっ! さっき、しょーも無いこと言ってウザいって言われただろ? 学習しろよーっ。ミッチーィー


「そうそう、チンチン電車が見えたっすよ。だ、だからね、危ないっと思って注意をしようとしたんすよ。見たっすよね。チンチン電車」


気をきかせたつもりなのか、カンちゃんもボケのりしてきた。


「せやねん。あれ、幻やったんかなー。白昼夢?幻覚? おっかしーなあ。ハハハ」


 なんだこの二人のB級コント感。ますますヤバイ。この状況でこのテニス女子たちに"何でやねんっ"というを言わせることは火星に行くことよりも難しい。俺に言えとでもいうのか?!


「よくもまあ、そんな白々しいことが言えるわね。ウザいし。面白くもなんともないのだけど」


 案の定、筋肉質の腕を組んでソバカス女子がまくし立て、その後に五条寺美波がこう言った。


「君たちはここで一体何してるのよ。うるさいったらないわ。最近よね。このボロい物置を使って騒音出してるの。遊びでここ使っているのなら即刻立ち退いてもらえるかしら。本当に私たちの練習の邪魔。迷惑なのよ。騒音反対」


 悔しいが、五条寺美波は怒っていてもやっぱカワイイ。だけれども俺は、さっきミッチーに止められて不完全燃焼だったこともあって反撃のスイッチがバチンと入った。カワイイからって許されぬ。


「ここは俺たちのスタジオ。俺たちは音楽をやってるんだ。遊びじゃないんだ。そっちこそ、ちゃらちゃらした服着てただのボール遊びですかー? コートを横切るなとか、一列になって端を歩けとか、靴脱げとかマジうざい。ホントにテニス出来るのか疑わしいもんだぜ。そっちこそ遊びじゃん。『ボールいきまーす』とか意味わかんね。俺たちはあんたらと違って真剣に音楽やってんだ。真剣にやってる俺たちの邪魔しないでほしいよな」


「なんですてっ? ちゃらちゃら? お遊びですって? 君、今の言葉撤回しなさい」


「いやなこった。俺は本当のことを言ったまでだ」


「じゃあ、本当かどうか見せてあげるわ。外にでなさいよ。大体、ボロ小屋に隠れて叫んだりして卑怯なのよ」


「表出ろってのかっ」


「もう、ええやん。ちょっと、ヒロ、相手は女子やで。女の子相手にやめときって。洒落にならんて」


 ヒートアップしてきた俺をまたもやミッチーが止めに入った。


「なによ。君は。さっきもそうだったけれど、女子、女子って、女だからって見下してるの? そういう人、最低」


「......!! なんや、めんどくさいなーもー。女子テニスプレイヤーにありがち男女ビョードーってやつでっか? かなわんなあ」


「だから、テニスが出来るか見せてあげるって言ってるのよ。テニスコートに来なさいよ」


「あっ、そーゆーこと? 俺、喧嘩が始まるのかと思ったわ」


「なんでもすぐ暴力で解決と考えるほど低能ではありませんから」


「ちっ、マジくっそめんどくさー」


 女子にはいつもヘラヘラしているミッチーがけっこうマジ怒っている。そうなんだ、彼女たちによるこの圧倒的な重圧感。してやられる感、超むかつく。


 俺たちはぞろぞろとテニスコートに彼女らと移動した。

「俺はこの靴じゃコートに入れないし。入りたくもねーし、靴も脱ぎたくもねー」

とテニス部に文句言われる前に言ってやった。

「これ」

美波はブルーのビニール袋のようなものを俺に渡した。

「何? これ」

「足にはめて」

「え、これ、靴の上から履くの?」

「そうよ。あなたの靴の黒いソールはコートを汚すって言ってるでしょ。履いて」

「なんで、こんなビニール」

「靴を脱ぐよりましでしょう。はやく、先に進まないわ」

しぶしぶブルーのビニールの靴カバーをはめた。俺の姿を見て、ミッチーとカンちゃんがぷぷっと笑ってぼそっと言った。「ミッキーマウスみたい」


「マキ、デユース側サービスコートのアウトコーナーにこのテニスボールの空き缶置いてもらえる?」

 小柄なポニーテールのマキがタタタッと走って指示されたところに空き缶を置いた。「ここでいい?」「OK。サンキュー、マキ」

美波はそう言ってこちらを振り向き、すっとぼけた顔で立っている俺たちを見る。


「いい、よく聞いて。これから私がサーブをするわ。私はあの空き缶を狙う。もし空き缶を倒すことができたら今の言葉、撤回してもらうわ」 


「そういうことか。いいよ、じゃあ、倒せなかったら、俺たちはテニスコートを何時なんどきでも横切らさせてもらうし、この馬鹿げたビニール袋もすぐさま脱ぎ捨てる」


「なんかもうテニス部、廃部寸前みたいやし。この辺でおたくさんら、お開きってどない? 倒せへんかったら廃部ということで。そんなにカリカリすることもなくなるやん」

 いいぞっ、ミッチー。それこそ援護射撃だ。


「なっ――!!」

 美波の顔が険しくなった。


「ちょっと待って、そんなのお互いの要求がフェアじゃないわ」


「じゃあ、二回続けて当ててみろよ。そしたらそっちの要求何でも聞いてやる」


 美波は目をぱちくりさせて

「リアリー? それ、本当? 何でも聞いてくれるの」と

 自信満々で、何かを思い付いたように、しかも冒頭英語で返してきたので、俺は慌てて言い直した。


「い、いや、三回、三回だ。三回続けて倒したら何でも聞いてやらあ。そのかわり一回でもミスったら俺たちはいつでもコートを通らせてもらう。実質このコートは俺たちの支配下となるのだ」

 

 俺はそう宣言した。


「ちょっと、ヒロ、大丈夫か。『支配下』ってちょっと厨二病入ってへん? それにビニール袋履いて言われても、なんもはいってけーへん」


「ヒロちゃん、『要求何でも』ってヤバくないっすか? 一番しちゃいけない取引っすよ。八百屋の世界ではまず無いっすよ」


「まあ、まあ、まあ、まあ、落ち着け」

 俺は"支配下"と言ったことと足のビニール袋にちょっと赤面したが、

「一回まぐれで当たっても三回続けてなんて無理だろう。命中するわけないじゃん」

 と、みんなを安心させた。



「わかったわ。おもしろいじゃないの。三回当てればいいのね」

「ちょっと美波、大丈夫」

「一回でも外れたら...私たちテニス部は...」

 他のテニス女子が心配そうに美波を囲んでいる。

「もう、こうなったら、テニス部の為にいちかばちかだわ。やるしかない」

 そう言っている美波の声が聞こえた。


「あの~、ヒロさん」

 オギーが後ろから小声で何か言ってきた。

「かなり上手いですよ、五条寺美波。中学の時、プロテニスからスカウトが来たくらいですから」


「なーっ!!、オギー、なんでそれをはやく言わねーんだっ」


「会話がカッコよくってどんどん進んでいくから僕、なんか聞き入っちゃって。すみません。中止しますか? ちなみに『支配下』のくだり、僕はカッコいいなと思いました。ふふふ」


 いや、お前のその感想なんてどーでもいいし。こいつ、マジで言ってんのか? 今さら中止ってできるわけないだろう。

「ふあ"あ"あ"~~~」と自分でもよくわからない声が漏れた。このタイミングで不安要因ぶっこんでくるか? つか、元を正せばこいつが拡声器なんか持ち出した張本人なのに、なんでこんなに他人事なんだ? 


「そこ、ぼそぼそ何か言ってるけど、始めてもいいかしら?」


 美波はすでサーブをする位地に立っている。もう、引き返すことはできない。中止なんてもっての他だ。


「あ...ああ、望むところだ」


 いくらテニスが上手いという五条寺美波でも、あんな細いテニスボールの空き缶に三回も続けてサーブが命中するわけない。ボールが当たるわけがない。絶対無いっ。 当たらない! この賭けは俺たちが勝つ!!







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