第7話 白い妖精

「あっ、美波みなみ、いいところに来てくれたわ、この人たちよ。いつもコートを横切ってるの。ほら見て、ソールの黒いマークがコートに付いてて困ってるのよね。コートでは黒いゴム底の靴は禁止なのよ。誰? 黒いソールの靴履いてる人」


 この子、ミナミっていうんだ。白いテニスウエアが超似合ってる。カールしてる髪の毛の色ライトブラウンなんだ......。スタジオの窓から眺めていた妖精が目の前にいる。スカートの中の小宇宙とか、俺はなんて下世話なことを考えていたのだ。そんなことを考えていたなんて俺はこの妖精に嫌われてしまうじゃないか。と過去の邪念を打ち消すのに必死ぶっこいていて、ソバカス女子が何か言っていたがそんなことはいっさい耳に入ってこなかった。


 ハッと我に帰ると、みんなが俺の足元、黒白ツートーンのラバーソールシューズを一斉に見ているのに気が付いた。そして一斉に視線が靴から上に上がって俺の顔をまるでいかがわしい者を見るような目で見た。

「え、俺? なに?」

「ヒロ、お前や。この黒い跡つけたん」

「黒い跡?」

 コートを見ると黒い擦れたような跡がシュッシュッと所々付いていた。

「お前のラバーソール、決定的な証拠やな。犯人はお前や。真実はひとーつ!」

 コナンかよ。ミッチーのやつ、どっちサイドなんだ。それはそうとテニス女子たちの視線が痛い。まじで怒ってる。

 俺は「ご、ごめん。そんなの気にしたことなかったし、テニスコートにソールの黒い跡がつくとは思ってなかったから...」と素直に謝るしかなかった。


 ソバカス女子は勝ち誇ったかのように得意気になり言った。


「だから、テニスコートに入るなって言っているのよ。まったく何も分かってないんだから。それに、この前ミルクがどばーっと溢れてたわ。掃除するの大変だったんだから。あなたたちでしょう? ミルク溢したのも」


 俺たちはちらっとミッチーを見た。先週、ふざけあっててミッチーの高原のカルシュウム牛乳が大量にコート上にこぼれたのだ。そして今日も高原のカルシュウムの牛乳パックはしっかりとミッチーの手にある。みんなが一斉にミッチーを見る。


「お前が犯人だ。ミッチー。観念しろ」俺はさっきのお返しとばかりに言ってやった。

「えー、俺? 俺だけ?つか、みんなもふざけてたやん。けど証拠の牛乳持ってるし、まあ俺やわな。すんまへん。わるかった」

 関西弁が面白いのか、小柄な女子たちがまたクスクス笑っている。


「あれ、君たち案外素直にあやまるのね。OK。君たちのアポロジーズ、アクセプテッド」

 妖精はにっこりとして言った。妖精の微笑みだ。女神だ。そう俺は思った。この時まで。


「ところで君たちは何をしているの? あの汚い物置小屋で。騒音が聞こえてくるけれど」


 汚い物置小屋?! 騒音?! なんだ、案外口悪いか?この妖精ちゃん


「とにかく、今後あのボロ小屋に行くときはテニスコートを横切らないでくださいね。校舎を回って大回りしろは言いません。テニスコートの敷地の縁を一列になって通って行くことは特別に許すわ。いい?特別よ。だから今後テニスコートを汚したり横切ることのないように。君のその黒いソールの靴は今後禁止ね。どうしてもその靴で入るなら入り口で脱いで入ってくださいね。私たちは君たちより先にここを使っていますから。今後このようなトラブルがあれば、規則に基づいた処分をさせてもらうわ。なのでトラブルのないようにお互いに譲り合って気持ちよく使えるようにしましょうね」


 なんだ、なんなんだ、この上から目線、しきり感。頭いいできる女感。ぐうの音もでない。靴を脱げだと?規則に基づいた処分だと?たかがテニスコートじゃないか。それに俺たちのスタジオをボロ物置小屋とか、俺たちのパンクロックを騒音と言われてむっとした。可愛いからって許されないぞ。許されない。許すものか。が、冷静に考えても、かわいい+白い妖精+頭良さげ+正論。悔しいけれど反撃の余地はゼロだ。とりあえずは撤退か。


「わかった。これから気をつけるよ。コート汚して悪かったよ。ごめんな。行こうぜ、みんな」

 俺たちがテニスコート去ろうとしたとき、妖精が言った。

「だから、テニスコートの縁を通ってねって言ったのだけど。私がさっき言ったこと理解してるのかしら。大丈夫? みなさん」


「―なっ―!?」

 カチンときた。反論しそうになった俺を、

「はいはい、すんまへんなあ。いくで、ヒロ。女子相手にマジなるなって」

 とミッチーが制した。

「ヒロちゃん行こう」

 カンちゃんが、無理矢理俺をテニスコートの敷地の縁へ引き寄せた。俺たちは芋虫のように一列になりコートの縁を歩き去ろうとした時、


「靴、靴脱いでって言ってるじゃない。ホントに大丈夫?脳みそ」


俺は一瞬立ち止まって、振り向いて反撃にでようかと思ったけれど、悔しさのあまり振り向くこともできず、さっさと靴を脱いで足早にその場を去った。


「グッボーイ、グッボーイ(Good boy, Good boy)ウエルダン! (Well done) 良くできました!」「キャハハハー」

 後ろからソバカス女子の野太い声と女子たちの笑い声が聞こえてきた。


 屈辱感。完全にナメられた。








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