第6話 彼女たちテニス部 

 終業のベルがなり退屈な授業が終わった。俺は水を得た魚のように生き生きとなった。

「いやー、終わった。終わった。これからバンドの楽しい時間。スタジオ行こうぜ」


「ぼく、ギターをロッカーから取ってきますね。先行っててください。追いかけますから」

 オギーはバタバタと廊下を走って行った。


 初練習の次の日にロンドンからオギーのギターが届き、それから約二週間が過ぎた。俺たちのエッチピストルズもなんとかバンドらしくなってきた。



「おい、知ってるか? オギーの新しいギター、職員室の鍵付きロッカーに入れてるらしいで」


「へえ。俺のベースなんて部室に置いているけどなあ。一応部室にも鍵ついてるしな」


「それでな、俺、調べてん。あのスティーヴ・ジョーンズのギターのレプリカいくら位するか。6000ポンドぐらいするらしいで。もー、びっくりやわ。まあ、あいつんち金持ちやからな」


「ポンドって何すか?」とカンちゃんが言った。


「お前、ホンマに商店街以外のことなんも知らんなあ。イギリスのお金の呼び方やん」


「じゃあ、6000ポンドって何円すか?」


「えーと...」


「ほら、ミッチーだって知らないじゃん」


「知らんけど、むっちゃ高いねんて」


 俺はすぐさまレート調べ、1ポンド約150円で計算した。そして絶句した。

「うげっ」

「なんぼ?」

 スマホの計算機画面をみんなに見せた。

「うげっ、90万円!? 約100万円!? ありえへん。なんか絶対間違ってるわ」


「それはそうと、あいつ、変わったよな。七三分けだった髪型は俺みたくスパイキーだし」

「そうっすね、ギターもいつの間にか立ってガンガン弾いてるっすよ」

「それに、あいつ最近眼鏡してへんな」


 オギーの話をしながら俺たちはいつものように、スタジオに向かう。中庭に入ったところで、「おまたせー」とオギーも合流した。

「おまえ最近、眼鏡は? コンタクトレンズにしたん?」

「あ、はい...」

「最近カッコいいっすねー」

「ホント、カンちゃんの言う通り。オギー、なんか最近イケてるじゃん。ついに目覚めたか!」

「そ、そんなんじゃないですよー。ただ、ぼくもみんなみたいになりたくって...」

「それを目覚め、覚醒というのだよ」

俺はそういってオギーのつんつん頭をグシャグシャっとした。

「ちょ、ちょっとやめてくださいよー」

 俺たちはオギーをからかいながらテニスコートを横切りだらだらと最短コースを一直線に俺たちのスタジオに向かっていた。


「ちょっと、あなたたちっ!」


 敵意むき出しの声が後ろから俺たちを呼び止めた。


 振り向くと、白いヒラヒラしたテニスウエアを着た背の高い、日に焼けた美人だががたいの良い性格のキツそうなソバカス女子が仁王立ちしていた。

「あなたたち、コートに入らないでくださる?」

 丁寧な言い回しだが明らかに喧嘩を売っている。その後ろで、ポニーテールの目のくりっとした小柄な女子と、同じくらいの背丈の三編みの眼鏡の女子がラケットを胸の辺りで腕をクロスにして抱えている。

 遠目から見ていた限りでは、テニスウエアのヒラヒラした感じも手伝って、みんな同じようなフワフワした白い妖精がボール遊びをしているように見えたけれど、実際近場でみる彼女たちは、日に焼けていて、細身だが筋肉質っぽく、特にソバカスの女子は俺たちより威喝かったし、初っぱなからガチの戦闘モードオンで俺はすこしひるんだ。

「入り口のサイン見てないの?」

「サ、サイン?」

「そうよ。フェンスのところの看板よ。なんで見てないのかしら。信じられないわ」

 ソバカスの女子はつかつかとテニスコートの入り口にまで行き看板を外して、俺たちの目の前に差し出し指でさしながら


「『テニスコート通り抜け禁止』って書いてるじゃない」


「ああ、ごめん、ごめん。見えてなかった。でも、今のところテニス部さんたちの練習始まってないからいいのかなと思って」


「そういうことではなくて、そのあなた方の汚いシューズでコートに入られると、サーフィスが汚れます。けがれます」


「おれのシューズ、君たちと同じアディダスやねんけど、あかんかな?」


 ソバカス女子はミッチーを黙殺した。


「いや、だから、あの、まだ練習始まってないじゃん。そりゃ、さすがにテニス部のみなさんが練習しているのに、そこを通るのは悪いと思うよ。でも誰もいない」

 

「ほんまや、誰もおらんのになんで避けて通らなあかんねん。大回りせなあかんやん」

 さっき完無視されたことで、ミッチーのスイッチが入ったのか俺に続いた。

「大回りしてください。ここは道ではありません。テニスコートです。あなたたちはわかってないのよ。私たちテニスを愛する者のコートに対しての思いが」


「愛、愛ときたか、愛。愛といえば杉山愛。最近はナオミ。俺、こう見えてテニス詳しいやろ?」


ミッチーの発言に後ろの小柄な女子二人はクスッと笑ったけれど、仁王立ちのソバカス女子には逆効果だったようだ。


「あなた、さっきからうざいわ。すこし慎んでくださる」


「このユーモアがわからんかなあ。お話になりまへんなあ」


「なんですってっ! 話にならないのはこっちの方よっ」


「まあまあ、そない鼻息荒くせんでも」


「っんまあ―」

 一段と鼻息が荒くなったソバカス女子の後ろから


「洋子、どうしたの。何かトラブル?」


 柔らかな声がした方を見ると、そこには健康的な細身の涼しげな目をしたショートヘアの妖精のような女子が立っていた。彼女のまわりだけがキラキラと輝いているように見える。


 えっ!? 誰この人。俺の好きな顔。超かわいい。こんなかわいい人がテニス部にいたんだ。エンジェルの矢があるとしたらそれはドッキューンと見事に俺のハートを射った。




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