第4話  エッチ・ピストルズ初練習

「あの~......」


「うわっ!! 」


背後からの声に俺たちはびっくりして振り返った。そこにはオギーがギターケースを抱えて立っていた。


「なんやねんな、オギー。おまえおったんか? びっくりするがな」

「あーマジびっくりしたっすよ」

ミッチーとカンちゃんが驚いているけど、それよりも残念そうだった。小宇宙遊泳が終わってしまったからだろう。俺も残念に思った。


「す、すみません。驚かすつもりはなかったのですけど。僕、今日の練習、椅子に座って弾いてもいいですか」


 そうなのだ。今日は初のバンド練習の日なのだ。


 なんだかんだごちゃごちゃと、壊れた楽器の物置場となっていたほこりだらけの第三音楽室、いや俺たちのスタジオ。自分の部屋さえも今だかつてきちんと掃除したことのない俺が、みんなと一緒に掃除をしてやっときれいになったこのスタジオ。今日は俺たちのバンド、エッチ・ピストルズの初練習なのだ。


「ああ、いいよ。今日はしょっぱなだから気軽にいこうぜ。音出しって感じで。さあ、みんなもセッティングしようぜ」


 セッティングという言葉を使った俺、超カッケーっ! そう思いながら、ソフトケースからベースを出す。昔バンドをやっていた叔父さんから譲り受けたベースだ。古ぼけたアンプに叔父さんに教わった通りにジャックをさす。カンちゃんはスネアドラムをバンバンバンと叩いては椅子から立って、椅子の高さの調整をしている。ミッチーはカンちゃんのおやっさんから借りたカラオケ用マイク&スピーカーをセットしている。おお、俺たちミュージシャンって感じじゃん。俺の気分は上がってきた。


 ちらっとオギーを見ると、ウソッ、え、うわー、まさかのアコギ? いや、こいつがクラシックギター弾くやつとは知っていたが、もしかしてもしかするアンプラグド? アコギ? パンクバンドに? もしかしてもしかしてしまったか。俺は目が点になった。


「オギー、それ、もしかしてアコギ?」


「アコギってなんですか?」


すっとぼけた顔でオギーが言う。


めんどくせー。こいつアコギも知らねーの? と思いながらも

「アコーステイックギターの短縮形」

と短く説明した。


「あ、そういうことですか。じゃあ、これアコギだけれども、詳しく言えばクラギですね」


「なんだあ、クラギって?」

カウンターパンチをくらって、俺はすっとぼけた顔で聞いてしまった。


「クラシックギターの短縮形ですよ」


「いっしょじゃん。アコギもクラギもよー」

あー、なんかうぜー。めんどくさくなって俺はそう吐き捨てた。


すると、今まで温厚だったオギーが銀縁の眼鏡をキラリと光らせて

「ヒロさん、お言葉ですが、アコギのなかでもクラギは違うんです。弦の種類も違いますし、ネックの太さだってぜんぜん違うし、ポジションマークが無い。一緒じゃありませんよ。音だって全然違うし弾き方だって違う。強いて言えばミネストローネとコーンスープくらい違う。もっと言えばベートーベンの髪型とモーツアルトの髪型くらい違う。さらに言えば自由の女神と奈良の大仏くらい違うんですよ。わかりますか?」

と人が変わったように強い口調になった。


えっ、なんかトリガー引いた? つか、何? その例え。どちらかというとその例え余計に謎。え、こいつ金持ちだけどバカ? フワフワ系のおとなしいオギーの変貌ぶりに俺は少し引いた。後から思えば、このときにちゃんと気が付いておくべきだったかもしれない。


「えーと、まあまあ、そんなに熱くなるなって。つか、パンクバンドでクラギってどうよ。と思ってさ」

と、俺は大人の対応で切り抜けた。


「ご、ごめんなさい。今日はエレキギターじゃなくて...」


 オギーはもとのオギーにもどって、軽くチューニングをし、椅子に座り直してポロロ~ン、ポロロロ~ンと演奏を始めた。俺は息を飲んだ。美しいギターの音色、軽やかに動く指さき、時おりオギーが首を激しく振る。そのたびに彼のピシッと七三に分けた髪がはらはらと垂れてくる。そんなのはお構いなしで目を閉じて魔法にでもかかっているように一心にギターを弾いている。クラシックギターの生演奏なんて生まれて初めて聴く。しかもこんな間近で。その迫力に圧倒されて俺たちは聴きいった。


 あっ、またこの感じだ。親父のCDラックからピストルズ見つけて初めて聴いた時と同じ感じだ。胸の辺りがくわっと上がる。内臓が動かされる。これってば感動って言うのかな。


―――


あれ、この曲、聴いた覚えがある。どこで聴いたのだろう。

 


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