第3話 ビューティフル・ビュー

 俺たちの通う螢川学園は、ちょうど下町と山の手の間にあって、金持ちの子も庶民の子も学校にはいるが、大体の金持ちのやつはインターナショナルクラスに入っているのでそいつらとは学校であまり会うことはない。一見みんな同じにみえるけど、やっぱ格差はどこにでもあるのだ。それはそうだろう。それはたとえば、こころざしの違いで、志の低いやつと高いやつが平等に扱われることはおかしいだろって話で、つか、まあ、そんなことはどーでもよくって、あんまり深く考えてないってのが正直なところ。こんな学校だと永遠の構図、金持ちvs庶民というエキサイティングなドラマが繰り広げられているみたいだけど、そんなことは起こっていなくて、みんな平和に仲良くやってる。


 この学校の良いところは、クラブ活動が盛んで、特に音楽、美術、コンピューターグラフィック、文化的な活動に力をいれている。その設備は大学並みらしい。それを生徒はただで使えるなんてすごいじゃないか。これ以上の平等がどこにあるというのだ。この前、音楽室に行ったらでかいハープがあったし、見たこともないバカでかいラッパみたいな楽器もあった。スポーツはそうでもないらしいが、文化系のクラブが充実していて盛んだ。


 螢川学園の制服は、襟部分に白のパイピングが施された濃紺のブレザー、セーターはベージュ、ボトムはエンジ系のチェックのズボン、女子はプリーツスカート。それを目当てにここを受験する女子もいるくらい人気の制服だ。有名なアニメに出てくる制服に似ていて、入学当時の俺も萌え萌えだったが、カンちゃんとミッチーは、「一生で一回でいいから学ラン来たかったなー」

「おう、ジョジョみたいでかっこええやんなあ。学ランええよなー。着たかったわ、ホンマに」

 とかいうので、俺も、

「ブレザーだぜ、ブレザー。何このパイピンク? アニメかよっ」と心にもないことを言ってしまった。けれど俺はこの制服が好きだ。


 俺たちは音楽の先生に許可を得て、ロックミュージック部を正式に設立した。学校にはすでに軽音楽部という響きがなんかダサいクラブが存在していて、JーPOPやちょっとツウぶったやつは洋楽をアコギで弾いたりしていた。


 音楽の先生は「軽音楽部があるではないか。そこに入りたまえ」と俺たちを軽音楽部に押し込もうとしたのだけど、おれは、どうしても軽音という名前が軽トラみたいで我慢できなかった。それに、軽音じゃあねーだろ。俺たちのやろうとしている音楽は軽くはないぜ。パンクだぜ。パンク。アナーキーだぜ。とオギーに言い聞かせた。俺としては、ロックミュージック部ではなくて、パンクロック部でお願いしたかったのだけど、その名前ではが悪いということでオギーが却下した。なぜオギーなのかと言うと、すべてはオギーこと荻窪くんの口利きによるものだったからだ。なんと、オギーの親父さんは、この学園に吹奏楽部の楽器など多額の寄付をしているそうで、そういうこともあり、ちょっと助言を頂いて、俺たちのロックミュージック部を作ってもらったってわけ。


 いいところのお坊ちゃんがメンバーにいると、このような素晴らしい特典があるのだ。それは反体制派なパンクロックの精神には反するが、まあ、美味しい話があればシッポを振ってついていくシェケナベイベー派な俺たち。はっきり言って俺たちには明日はあるが思想はない。かっこよくて、コンヴィニエンスだとすべておk。そこんとこよろしく。


 学校の裏庭、テニスコートの奥に俺たちのスタジオはある。第三音楽室だ。『第三音楽室』とドアに札があるけれど実際は要らなくなった楽器などの倉庫だ。ぼろっちい倉庫を部室兼練習場として与えられた。俺たちはここをスタジオと呼ぶことに決めた。部室兼スタジオ。少々古いがドラムセットもあり、小さなアンプもある。弦の切れたウクレレ、土産物風の少数民族が使うような打楽器もある。ここにあるものは全部使っていいらしい。


 そしてなによりのボーナスポイントはここからの眺めだ。テニスコートでプレイをする女子を眺めることができるビューティフル・ビューなのだ。『ボールいきまーす』とか『グッショッー』とか『ナイッサー』とか意味不明な高い声の掛け声と共に白いテニスウエアを着た妖精たちがテニスをしている。女子テニスウエアを考えた人、神。もう神以上。スカートの下はべつに見えてもいい短パンなんだけれど、チラリズムっていうんですか? クッソだるい授業を終えてのここから観る景色は俺に生きている意味を教えてくれる。俺の一日のメインイベントなのだ。スカートの中の小宇宙へのいざない。俺は宇宙を浮遊する宇宙飛行士。――――


 などとは口がさけても他のメンバーの野郎たちには言えない。俺は硬派なパンクロッカーなのだ。けれど、俺は鼻の下が伸びまくりで妖精たちを見ていた。に違いない。


「テニスとか、むっちゃダサいし」


 突然、ミッチーが横から言った。俺はふいをつかれて、ちょっとあたふたとしたけれどすぐさま取り繕って、


「そう、そうだ、俺たちパンクスはテニスなどキョーミないのだ」

 と、きっぱりと言った。


「ホントっすよ。ちゃらちゃらして。何が楽しいんだか」

 後ろからカンちゃんも加わった。


 カンちゃんもミッチーもどうやら俺の言ったことに同意見のようだ。が、俺たち三人は無言でテニスをしている女子たちを鼻の下を伸ばして眺めていた。時おり、三人の頭が同じ方向に傾いたりもした。





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