第16話【立ち込める暗雲】
とりあえず、落ち着いて話をするにはと思い、一応の簡易的な応接セットを作るため、組立式の木製テーブルと丸いすを二つ用意する。
「悪い、気を遣わせて」
「いえ、気にしないで下さい。それより、のど乾きましたね。お茶をご用意します」
「いや、そんな、構わなくいいよ。ネコちゃん」
「フフ、私も飲みたかったので、ついでです」
ロニーの言葉を、私は笑顔でやんわりと阻止した。
「そうかい、なら、有り難く戴こうかな」
ロニーは、どうやら観念したらしく、微笑を浮かべて、降参するのだった。
「ハイ、では、ご用意致しますね」
それに気分良くした私は、手早く茶器を準備し、お店で栽培していた数種類のハーブを摘み取り、ハーブティーを作り始める。ハーブが蒸れるのを数分待てば、ほんのりと甘さが香り立つ。
そして、ガラスポットよりハーブティーをカップに注ぎ終えると、テーブル上にカップを二つ並べた。
「お口に合うか、わかりませんが、どうぞ」
「ありがとう、戴くよ」
ロニーはハーブティーをひと啜りし、
「はぁ、美味いな。風味もイイ、嵌りそうだ」
ほっこり、ニッコリなロニー。
「良かった……それ、サロン・ド・クープのマスターより、教わったオリジナルブレンドのハーブティーなんです」
「へえ、大したもんだ。ほんと、美味いよ。ネコちゃんも、かなりの腕を持ってるんだね」
「いえいえ、私など、まだまだです。目標は、はるか高みですし」
「そんな謙遜しなくとも、まっ、ネコちゃんは、生粋のマスター信者だしな」
ハーブティーの効能も相まってか、堅苦しかった雰囲気も、幾分か和む。
「それで、ロニー、本日は、どのようなご用件で……」
「ネコちゃんも、それとなく感じてるだろうけど、話と言うのは、現在、エルムスで起きてる事案についてさ」
どことなく、思わせ振りな態度のロニー。
「事案で御座いますか……」
その言葉を反芻し、思い悩んで見たものの、ヒントも無しに、答えなど出る訳もなく。けど、わかってることが一つある。たぶん、この事案に、少なからず私も関わり合いがあるということ。でなければ、例の件、以外で、ロニーが私に会いに来る必要性を感じない。
「どうしたんだい?」
ロニーと視線が重なれば、その顔が妙に嬉しげなこと。
「いえ、なんでもありません。話の続き、お願いします」
ここで話の腰を折っても仕方がありません。どのみち、話を聞き終えたなら、理由も判明するでしょうし。
「ことの発端は、数日前、内地のとある遺体安置所から近々、埋葬予定だった死体が消えた。当然、内地での出来事だ。すぐに、その報告は城塞騎士団に上がって来るのが必然、しかし、いつになっても報告がなされる事は無かった。でだ、時を同じく、外地でも数カ所ある遺体安置所より、十数体の死体が消えていたんだ。それは、まるで示し合わせたかのようにな……ここからが、ある意味、本題だ。それがわかったのが、つい最近だ。ネコちゃんが、あの錬金術士の
「えっと、つまりは、最初に消えた遺体って、まさかのジニアスですか?」
「フッ、ご名答、流石は、ネコちゃんだ」
衝撃的な事実ですが、大ヒント貰って正解したようなもので、あまり嬉しくないのだ。
「いいえ、意図して名前を伏せられていれば、誰でも気が付きますから」
私は、なんとも、素っ気ない対応をしてしまった。
「だとしてもさ、こちらとしては、話が早くて助かるよ」
私の心の機微を感じ取ったらしく、ロニーは朗らかな表情で、調子を伺うのであった。
その姿が、私を大人気なく落ち込ませる。自分の行為に恥ずかしくなり、ふと、視線を落とせば、足下で横たわるオルグと目が合った。
ジト目な青い瞳が、私を見つめる。そして、目で語っていた、オイラは、何も聞いてないと。
あちゃー、そういえば、オルグに
瞬時に目線を外し、オルグの無言の追及から逃れたいが為、ロニーへと関心を逸らす。
「そ、それよりも、わからない事があるんですが、なぜ、ジニアスの遺体消失が、報告なされなかったのです? 外地の出来事なら、いざ知らず、内地での出来事です。これは、由々しき事態なのでは……」
そう、外地の出来事なら、騎士団に報告が来ないのもわかりますし、理由もそれとなく思い浮かびます。しかし、内地、貴族街のこととなれば、絶対、騎士団に報告が上がる筈、でも、報告が無かった。いったい、どういう事なのか?
「そうだ、普通ならば、報告が上がる。だが、上がら無かった。何故なら、報告を作為的に放置されるよう仕向けられたのさ、誰かしらの手でな」
ロニーの姿、いかにもな悪役顔、もの凄く悪い笑顔です。
でも、こんなに、生き生きとしたロニーを見るの、初めてかも……。
「あ、でもですね。騎士団に報告が来なかったと仰ってましたが、明らかにジニアスの遺体が消失した日にち、わかっているよう見受けられるのですが?」
「それはだな……すまん、ネコちゃん!」
「はい?」
突然の謝罪に、困惑し首をかしげるだけ?
ロニーはと言うと、先程と違う豹変ぶり、どこか追い詰められらたような表情で、苦々しい笑みを浮かべていた。
私、なにか、不味いこと、言いました?
「いや、いや、ほんと、下手くそな説明してたな。突っ込みどころ満載だったろ。身内の恥を晒すまいとし、外聞ばっか気にしてよ。ネコちゃんに、真摯に向き合って無かったな。悪りぃ、情けないとこ見せた……」
何もかも吐き出すように、心内を晒したロニー。
どうやら、あれこれと悩んでいたみたいですね。
「え、えっと、ロニーの口ぶりから、何となく事情、わかりましたから……」
まぁ、私も、部外者ですし、騎士団の失態を知られるのは、色々とよろしくないってことでしょう。
「そうか、なら、しっかり説明させて貰うよ」
憑き物が落ちた、そんな表情のロニー。
「はい、改めて、よろしくお願いします!」
私も、ますますに気を張って、ロニーの言葉に耳を傾けた――――
ロニーの話を整理すると、先ず、私と
そして、マディソンさんの報告を聞いた騎士団員の方々も、最初こそ、半信半疑だった。人間が魔物化するなど、滅多にない事象であり、この時、すでにジニアスの遺体が、埋葬されているものだと、皆、認識していた為。
しかし、事態は急転することとなる。騎士団員の一人が、ジニアスを埋葬したであろう墓地へと足を運び、墓守に実情を訊ねたことで、初めて事態が明るみに。ジニアスと言う名の遺体が、埋葬された形跡など、何処にも無かったのである。
これを、重く見た騎士団上層部は、すぐ様、団員を動かし、情報収集、そこから、また、新たに得られたことが、外地での一斉、遺体消失事件。
ますます、謎が深まる中、ジニアスの遺体が消失したのは、遺体安置所であることともに、発覚した驚愕の事実。
それは、安置所の保安員からの証言で、ジニアスの遺体消失時期が検視後、二、三時間だと言うのだ。当然、すぐに、保安員は、エルムス城塞騎士団員に、その旨を報告した。
だがしかし、保安員からの報告が騎士団に届くことは無かった。
言うまでもなく、最初、保安員が疑われたのだけれど、頑として違うと言い張った。
保安員が言うには、態々、エルムス城塞騎士団の寄宿舎まで訪れて、団員に報告したと、そう断言する。
因みに、その団員は、保安員に対して箝口令を敷き、口噤まさせていた。
つまりは、これらを推察するにあたり、何者かが隠蔽工作を実行したのだ。
あと、保安員の証言と上層部の知見もあり、内部犯の可能性があると考慮され、騎士団員、全員の事情聴取、及び、保安員との面会を義務付けした結果、全員シロだと断定された。
よって、残すは、外部犯による騎士団員成りすまし。
まぁ、ぶっちゃけますと団服さえ手に入れることが出来たなら、誰にでも隠蔽工作の犯行は可能。
それから、隠蔽工作の犯人見つけだすのは、ほぼ不可能だと思います。まず、一般市民レベルで、騎士団員の顔を認識できる人達が、それ程いない。と言うより、全員の顔などいちいち覚えていないが妥当かな……。
この際、犯人がどうこうと言うより、何故、ジニアスの発覚を遅延したのか、それを焦点とした方が良いような気がします。
「でも、こうやって考えてみると、謎の多いことですね」
「ああ、謎も多いが、わかっている事もある。ジニアスの遺体消失と外地での一斉、遺体消失事件、その犯行は、ほぼ同日に行われていたと調べが付いてる。聞けば、犯行の手口もそっくりだったとか……これらの事案から、複数人の犯人による組織的犯行だと断定出来る」
もう、聞くだけで、ややこしそうな事案である。しかも、組織立ってるとか、最悪でしょ。
「もしかして、計画的犯行ってやつですか」
「十中八九そうだろうな。そして、最大の謎、ジニアスの
「犯人の目的はいったい、いや、この場合、犯人達が正解かな」
「未だ、目的は不明。だが一つ、はっきりしていること、それは、
ロニーは、眉間に皺を寄せて難しい顔で言い放つ。
「碌でもないことですか……まさかのジニアスの魔物化ですし、考えたくはないですが、他のご遺体も……無きにしも非ず、ですね」
これが、本当なら、口にするのも嫌になるくらい、悪魔的な所業。まして死者とはいえ、人間を人為的に魔物化するなどと……。
「騎士団上層部も、そう判断を下した。だからこそ、
最悪の事態を想定して動くか、これって、つまりテロ襲撃に備えてるみたいなことでいいのかな?
此方の世界にテロリズムという概念、言葉があるのか、存じませんけど……。
しかし、犯行声明など無いようですし、あと、市民の皆様に情報公開もなされてません。
勝手な憶測でモノ言えば、おそらくは、騎士団上層部も判断材料が少な過ぎて、混乱をきたしているのでしょう。だからこその、この警戒網であり、早期に決着を付けようと動いている。
ことさら、人間とは、不安に弱い生き物です。こうも、不安感を煽られたなら、焦って警戒するのは、当たり前。
そう、当たり前なのだ。もし、仮に、これが、犯人の想定したことなら……狙いはナニ? いや、考え過ぎか。
「おい、ネコちゃん?! どうしたよ! 急に黙り込んで」
意識外からの乱れた声音が耳を付く。
「あ、ハッ、すみません! 意識どっかにやってましたか。ごめんなさい。ちょっと、考え込んでしまいました」
私は、息を飲み、慌てふためくのである。
「フッ、そりゃ、まぁ、ありがたい。ネコちゃんが、それだけ、真剣に考えてくれてるってことだよな。騎士団の連中にも聞かせてやりたいね」
咄嗟に出た私の言葉に、ロニーは大いに喜び、顔を綻ばせた。その優しさが痛いです……。
ときに私の頭の中で、ぽっと浮かんできたこと……
「それより、今からアホな質問しますけどいいですか?」
「は? アホな質問? 別に構わないが……」
キョトンと要領を得ない姿のロニー。
「一応、一般人である、私に、このような大事なこと、お話になられても大丈夫なのですか?」
「クックク、ハッハハ、今更かよ! 面白れぇな、ネコちゃんってさ」
大爆笑である。目下のオルグも、笑いを噛み殺している始末。
「だ、だから、アホなこと、聞くと言いましたよ。そんな、笑わなくても……」
赤面どころの騒ぎではない。恥ずかしさに身をやつしながらも、私はジト目でロニーを睨みつけてやった。
「悪い、悪い、しかし、真面目だな、ネコちゃんはよ。まっ、心配しなくとも大丈夫さ、ちゃんと騎士団の皆には、了承を得てる」
「それなら、イイです」
どうにも恥ずかしさが勝ってしまい、気のない返事をしてしまう。
「どちらかと、言えば、今から話すことが、本題みたいなもんだしな」
「え、それは、どう言う?」
「いや、そう、身構えなさんな。別に大したことじゃないさ。ただ単に、暫くの間、マルグレットをネコちゃんの護衛に当たらせようかと思ってな。それを相談したくて、ここに来たんだ」
「私に、護衛ですか。どうして、また?」
「簡単に言えば、現状、ネコちゃんだけが、
それは、それは、真剣な眼差しで、私を見つめるロニー。
色々と配慮してくれてたようで、有り難い限りです。
……さて、どうするべきか、これを受け容れるか、否か。
答えを探しながら、私もロニーへと眼差しを返した。
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