第15話【因果は巡る】
晴れ晴れとした青空の中、魔女の小箱へ向かうべく、私は【
この清々しい陽気と打って変わり、私の心はどんよりな曇り空です。
思い返せば、私も馬鹿やりました。頭に来てたと言え、ローゼンメイヤー女史を挑発し、喧嘩売ったのだから……挙句に借金までこさえてさ、ほんと、これが、後悔先に立たずってヤツですよ。
それにしたって昨日から、いや、アーリィの助言を貰ってから、ここ数日で散々な目に遭ってます。
なるべく、気にしないようにしてましたけど、やっぱり、頭の隅でチラチラとあの言葉がチラついてしまってた。
多分、そう言うのもあってか、私、自身で悪い気を集めてたに違いない。
一応、吹っ切ったつもりですが、少し、慎重に事を運ぶようにしないといけませんね。
と、一人思い巡らしてたら【
「なぁ、どうしたのさ、キョウダイ、考えごとかい?」
昨日のことなんて、どこ吹く風と言う顔ですね。いつもの調子で羨ましい限りです。
けども、この黒猫、意外とネチネチ系タイプの性格だったとは……長いこと行動を共にしてましたが、わからないものですね。
「なんだよ、急にニヤニヤしてさ。キモいんだけど……」
「はっ、ちょっと、オルグ! 言い過ぎじゃないですか! しかも、キモいってさ……もうちょっと、言い方ってもんがあるでしょ!」
「ふん、主人だろうと、誰だろうと、媚びない。それが、オイラのポリシーさ!」
胸を張って、誇らし気な態度を示すオルグ。
ポリシーって……それは構わないけど、されど、使い魔ですし、もう少し主人に対して愛想良くするべきだと思うのだよと言いたいところですが、
「そうですね。不毛な言い争いは、やめましょうか」
半ば投げやりな態度で私は言う。
「あ、それ、やな感じだな」
「別に他意はないから、上げ足、取らないでください。それよりも、オルグ」
「うん? なにさ?」
私の言葉に対し、眉間に皺を寄せ、訝しんだ眼差しを送ってきたオルグ。
「その眼、信用してないね……もうっ、今更、何もしやしませんよ。ヤるなら、遠の昔にやってるから!」
自分で言ってて嫌になる。
「あっ、確かにね。キョウダイの性格からして、そうだ、そうだ……」
うっ、納得してるし。
「ほんと、オイラとした事が取り乱してしまったよ。ヘッ、恥ずかしいな。許しておくれよな! で、キョウダイ、どうしたの?」
羨ましい性格してますね。こう言うとこ、感心するわ。
「少し、訊きたい事がありまして、オルグ、私が監視されてたのいつから知ってました?」
「うーんと……わりと早い段階で分かってたよ。ほんとはさ、もっと早くに言うつもりだったんだけどね。そこは、ちょっと割愛するとしてさ……」
なんとも言いにくそうに、口籠もり出すオルグ。
この子、魔物だよね? ほんと世話焼かせなヤツです。
「はいはい、今更、その話、蒸し返しませんよ。で、続きお願いします」
「えっと、そうそう、それでね。今なら監視されてた理由知ってるけど、その時はさ、誰が何の為に
「ふーん。オルグは、
「そ、そうだけど、仮に教えたとしてさ、キョウダイの行動がぎこちなくなるかもしれないじゃんか、相手が誰かわからない状況で、なるべく隙は作りたくなくてね。本気の生の感情が必要だったんだ。それに、敵を騙すには、まず味方からって言うしね。わかるだろ、キョウダイ」
なんか正論だし、言い返せない。くやしい。
「わかりますけどー」
私は大人気なく口を尖らせてしまうのだ。
そんな私を見て、やんわりと表情を崩すオルグ。
「ごめん、ごめん、キョウダイには、悪いと思ってるよ」
「ほんとに、思ってます……」
ジト目でオルグを睨みつける。
「ほんとさ、女神ヴァーサに誓ってもいい。だから、拗ねないでよ。キョウダイ」
「わかりました。そこまで言うなら、信じましょ」
素直に受け入れたいけど、恥ずかしさが勝ってしまい、どうにも澄ました態度を取ってしまう、自分がいた。
「後さ、ある程度の情報操作、保護はしてるから、特に、あの茶屋でのやり取りとかはね。部外者が知ると何かと面倒そうだしさ。だから、心配しなくてもいいよ……ま、オイラだって、使い魔だ。その辺のとこは、弁えてる」
ぶっきら棒に言葉終えたオルグ、その顔が薄っすらと赤らんでいるのを見て取れた。
プッ、一丁前に照れてやんの。
でも、不覚にもカッコいいじゃんと思ったのは、絶対言わないけどね。
随分とこの城塞都市に通ってますけども、毎度の事ながら、その壮大さには圧倒されます。
そんな感慨に浸りながら、上空より城門を見ると、街へと入出する為の長蛇の列がなされている。
これも、毎朝の馴染みな光景です。まぁ、いわゆる、通勤ラッシュとでも呼べばいいのかな。
それだけ、エルムス城塞都市が栄えてると言うこと。防衛拠点の役目のみならず、西側諸国との交易の拠点としても機能していますしね。
それはさておき、何時もなら、このラッシュに巻き込まれないよう、早めに街へ訪れるのだけど、今朝は二度寝、三度寝してしまいました。昨日の今日で疲れが溜まってましたし、ほんと、考えるだけで億劫になります。
とは言え、今朝の通勤ラッシュの人の多さには目を見張るモノがあります。
「今日は、やたらと、人が居ますね」
「すごい、ウジャウジャ居るな」
「オルグ、言い方。虫じゃないんだから」
「え、別にいいじゃん。見たまんまだし」
悪びれる様子もなく、素で返された。
「はぁ、もう、いいです。しかし、多過ぎますね、コレ」
そう、人が多過ぎるのです。何時もの倍以上は居ます。
それと衛兵の人数も、やたらと多いですし、何やら物々しい雰囲気が、其処かしらより漂っているのだ。
「なんか、あったっぽいね」
「察するに、城塞都市で、何かがあったのでしょう……」
兎に角、私も街へ入らなければならないので、早々に列の最後尾へと並んだ。
特に、荷馬車などに多量の荷物を載せているだろう商人や旅馬車の人たちが、軒並み車内をチェックされていて、立ち往生していた。
「結構、時間掛かりそうですね。オルグ、コレ食べます?」
最後尾から先頭を眺めながら、たすき掛けた鞄より干し肉を取り出し、半分に千切る。
「お、食べる、食べる」
それを喜び勇んだオルグに放り投げれば、難なく口でキャッチして、ムシャムシャと咀嚼し始めた。
入城の順番待ちしてる間、どうにも、この物々しさが気になり、探りを入れようと聞き耳、立ててみましたが……あまり有益な情報は得られませんでした。
何かあったんだくらいにしか、皆わからないようです。
どうやら、一般市民レベルまで情報が降りてこないように、情報統制が敷かれているみたいです。
益々、原因が知りたくなるところですが、あまり首を突っ込むと、どうせ碌な結果にならない。今までを省みれば、ここは、大人しくしているのが吉だと判断します。
やがて長蛇の列が段々と掃けてゆき、やっとこさ私の番まで回ってきた。
「皆さま、おはようございます」
城門前で警護に当たる守衛のオヤジさん達に向かって挨拶する。
「やぁ、おはよう、ネコちゃん」
「おはよう、今日も、かわいいね」
「いえ、そんな、でも、嬉しいです。ありがとうございます。」
などと、大いに謙遜しながら、とっびきりの営業スマイルで謝意を述べる。
ちょうどいいし、この状況の説明を問おうと考えましたが、色々と考慮して止めることにした。
「今から、店に出勤かい?」
「はい、そうです。あ、皆さまも、何か、要り用が御座いましたら、是非うちの店に来て下さいね」
取り留めのない会話をしつつ、通行税を払う。
「嗚呼、そうさせて貰うよ」
「おうっ、勿論だよ」
「それでは失礼致します」
何だか、拍子抜けするくらい、私の場合、荷物チェックすら無く、すんなり城塞都市へ通された。
どの様な線引きなのか分かりませんけど、私自身は、チェック対象外だと認識してもいいのかな?
しばらく雑踏の中を歩いてると、不意に足下で歩いていたオルグが、タッ、タンッと私の肩口に飛び乗ってきたのだ。
「どうしました?」
「ねぇ、キョウダイ、どうやら衛兵だけじゃなく、エルムスの騎士達も、動いてるみたいだよ……」
と、私の耳元で、そう呟かし、目配せしてくるオルグ。
「あ、ホントですね」
目配せして来た方へ視線を移せば、そこにはエルムス城塞騎士の団服と軽鎧を着用した男性が一人。
何となく、お顔を拝見したことはありますが、名前までは覚えていません。
「ほら、あっちにもいるし」
「ふむ、何やら、キナ臭い感じがします。騎士の方々が外地まで、出張ってくるなんて、珍しいし……」
「えっ、そうなんか?」
私の言葉に目を丸くするオルグ。
「あ、オルグは魔物ですし、まぁ、俗世のことなんて知りませんよね。そうですね、簡単に説明するなら、基本的に外地での多少の荒事で、騎士が来ることなど、まずあり得ません。だいたいが、自警団や衛兵が駆けつけて対処し、ハイ終了ってな具合です」
「何だソレ、変なしきたりだな」
「しきたりって、ほんと、モノは言いようですね」
オルグと言うか、魔物には、人間界のことなど、理解し難いようです。
「しきたり云々は、置いといて、城塞騎士団の方々が、動いてるとなると、結構な大ごとなのでしょうね」
「大ごとね、オイラには、よく分からんけど」
「とは言っても、私達に直接、害がある訳でもないだろうし、余所事のことですから、関わり合いにならないのが、一番ですね」
「そうやって、我関せず決め込もうとする癖に、結局、回り回って手を差し伸べる甘ちゃんなんだよ、キョウダイってさ……」
「なんか、嫌な言い方しますね」
「なに、オイラの本心を言ったまでだよ。キョウダイも自分の胸に手を当てて、よーく考えてみるといいさ」
ものすごく高みからの物言いですね。なんだろ、素直に従いたくない自分がいる。
「ハイ、ハイ、肝に銘じておきますよ」
だから、不貞腐れ投げやりに言い放つのだった
あーだこーだと言い合いしている内に、ようやく、お店が見えて来たのですが、その店先に置いたベンチには、団服に軽鎧を纏った男性が一人腰掛けていた。
男性の佇まいは、明らかにやる気無さなげな態度、無精髭をポリポリと掻きながら、大欠伸しているのだから……。
肝が太いと言ますか、ただ単に無頓着なだけなのか、相変わらずな方ですね。
お店へと近づくにつれて、男性もこちらに気付いたらしく、軽く手を上げて挨拶してくる。
「おはよう、ネコちゃん、待たせて貰ってたよ」
どうやら、私を待っていたようですね。例の件で進展でもありましたか? はたまた、別件で訪れたのかな? 今現在、こんな状況ですし、あながち間違いじゃないかも。
「はい、おはようございます、ロニー。して、こんな早くからどうしましたか?」
「ちょいと、ネコちゃんに野暮用があってね」
「私に、ご用ですか? あ、もしや、例の件、進展ありですか?」
「いや、残念ながら、そっちじゃないんだな。ネコちゃん、少し、時間貰えるかな……」
ロニーは、申し訳無さげに眉尻を下げる。
例の件じゃなければ、別件という事か……。
「ええ、構いませんよ。立ち話もなんですし、中へお入り下さい」
「ああ、助かるよ」
ロニーの様子からも、外野に話を聞かれたくは無さそうだったので、店内へと促した。
さっきから、どうも回り回ってというオルグの言葉が、頭を過るのだ。
どうにも、嫌な予感がする。こういう時の勘って結構、当たるんですよね。
全く、嬉しくありませんが……。
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