第14話【使い魔はご立腹?】
私とローゼンメイヤーは、それぞれ個別でアマンダに事情聴取されたなら、裁定を受けるべくアマンダの執務室へと集められた。
アマンダは、普段、教務担当の副学長をしており、シェーンダリアが不在時のみ学長代理を務める。で、私達、魔女がことを起こすと、その度にこうして監査業務を行う。
一応、魔女の館の組織では、シェーンダリアに次いで、No.2の立場。理事長兼学長のシェーンダリア、第一副学長兼監事のアマンダ、第二副学長のローゼンメイヤー、それと残りの高弟達が教師となり、魔女の館を取り仕切っていた。
さて、今回、どのような、裁定になるかわかりませんけど、それ相応の覚悟はしておかないと、何せ、まだ修業課程も終えていない魔女の私が、副学長たるローゼンメイヤーに楯突いたのだから。
「二人から諸々の事情は、伺いました……」
古めかしいが洗練された応接ソファに腰掛けたアマンダが、私と隣に立つローゼンメイヤーをジーッと見つめ口を開く。
ちらっと横目でローゼンメイヤーを見たら、何時もの調子の涼し気な顔、出で立ちは多少過激ですが、凛とした佇まいで目を瞑り、アマンダの声に耳を傾けていた。
そうやって、黙しているだけで理知的に見えるの、ズルいです。
何故か分からないけど、そんなローゼンメイヤーに対抗意識が芽生えると、私も何と無く取り澄ました表情を作ってしまう。
「で、結論を申せば、喧嘩両成敗、此度の件は、不問と処します。お互いに、思うところもあるでしょうけど、それは、そっと心内に収めなさい」
「で、ですが、アマンダ姉様!」
ローゼンメイヤーは、その裁定に不満を露わにすれど、
「マクシーネ! 良いですね……」
アマンダは、有無を言わせず言葉を遮った。
「は、はい、しょ、承知致しました……」
辛酸を舐めるような、その態度、ほんと嫌なのね……。
「ダリエラも宜しいですね」
「はい、勿論です。裁定に不満など御座いません」
私は一つ大きく頷いた。ほっ、良かった、事が大きくならなくて。
さし当たりローゼンメイヤーが、ここまで頑ななのは、だいたい理解してます。先ず、今回の喧騒に至る、その発端となる要因は、ずっと昔からあります。二人の間で燻る種火といいましょうか……何故かと問はれれば、ローゼンメイヤーにとって、シェーンダリアは崇拝すべき神に等しき存在。そして、その言葉は絶対。まして、口ごたえなど言語道断。
だからこそ、そのように神聖視している人物に対して、私が軽口を叩き、時には冗談を言ったりと、遠慮のない様が、ことのほか気にくわない。
だからと言って、それを今更、変えようとも私も思わない。
そもそも、シェーンダリアと私が魔女としての師弟関係を結ぶおり、互いに取り交わした約束ごとでもあります。
師弟である前に、自分達は友人だと言うこと……。
魔女の館いる殆どの魔女からしてみれば、シェーンダリアは偶像崇拝すべき対象と言っても過言ではない。
どうしたって、隔たりが出来るのも当たり前。シェーンダリアも、それはわかっているが、その対応に辟易してるのも、また事実。
そう言う境遇でもあり、友人と呼べる人間も少なく、特に自身の周りとなると、友人と呼べる存在が皆無。
そんな中、出逢ったのが、この私。自分自身を畏怖することも、崇敬することもなく、ただ、ありのままを受け入れた人間、もとい獣人。
たった、其れだけのことだけど、シェーンダリアからしたら、胸を衝くほどの所業だったらしく、大いに喜んでました。本音を言えば、私の場合、こちらの世界の世情が疎かったのもありますが……。
あと、私が、色んな意味で希有な存在と言うこともあるのかな【加護付き】と呼ばれる魔女にして、唯一の獣人。
もの珍しさで言えば、シェーンダリア以上に目を惹いてますから。そう言うのもあってか、シェーンダリアが私に親近感を覚えるのも、至極まっとうなのかもしれません?
結果、二人の間で良しとはしていても、当然、それに納得しないのが、ローゼンメイヤーです。
彼女からすれば、私は、何処の馬の骨とも分からぬ新参者。そこに不信感が募るのも常です。
私としては、ローゼンメイヤーと仲良くしたいのですが、如何せん敵愾心が凝結し過ぎて近寄り難い。
それで、だいたいがさ、これって私に対する嫉妬の裏返しだと思うんです。ここからは、あくまでも推論ですけど、ローゼンメイヤー自身も、シェーンダリアに対し、私のように振る舞いたい……だけども、立場やイメージってモノがあり、表だって、そんなこと出来ない。それ故に、私という存在が羨ましいのだ。きっと、そのストレス、モヤモヤを当て付けで、私にぶつけてるんだろうと、そう、考えれば、可愛いもので、我慢も出来ます。
しかし、それでも、今回は、ムリだったけどね……どの道、この話は、ずっと平行線のままでしょうし、余り干渉し合うと、さっき見たいな惨事を引き起こしちゃいます。なので、魔女たちの間では、暗黙のうちに触れないようになってるんです。ほんと、厄介な人ですよ。
「…………と、言うことで、二人には、損害費用の捻出をお願いします。あと、今回、復旧作業に掛かる見積もりですが、分かり次第、書面にて報告致しますね……」
ん? アレ、話進んでる? えっと、話の流れから察するに、私達に損害賠償しろと言われてませんか?! ハッ! ちょっと待って、聞いてないよっ!
「あ、あの、あの、アマンダ?」
只々、焦ってしまい言葉が出てこない。どうしよ、どうする?
「どうしました、ダリエラ?」
「え、その、もしかしたら、金額うんぬんによっては、えっと……費用の方が払えないかも……です。はい……」
私が、どうにかしたくて、とった手段、恥を忍んで意地らしさ全開に、尚且つ、伏せ目がちに言ってみる。
そう、アマンダの心情に訴えかけてみました。
すると、柔和な表情を見せるアマンダは、私の言葉に何度も頷いてくれる。もしや、理解が得られたの? だとしたら、どうか、私に温情を……。
「ふふ、心配には及びませんよ、ダリエラ。もし不足分が出たなら、此方で立て替えておきますから、その後、少しづつでも返済してくれれば大丈夫です」
物柔らかな口調ですけど、言ってることは、借金してでも支払えってことか。
「ははは、そうですよね。ありがとうございます」
その応答に、私は落胆し、かろうじて声を細くしながらも、礼を述べた。
……やっぱ、ダメか、はぁ、全く世知辛い世の中です。
けど、一括で請求されるよりは、マシですね。一応の温情は貰えたのかな?
「ふん、情けない……」
そんな落ち込む私を見てローゼンメイヤーは、不機嫌に鼻を鳴す。
言い返したくても、その材料さえないので、どうする事も出来ず、私は、ただ黙って恨めしげにローゼンメイヤーを見つめるのだった。
私は館の廊下をトボトボと歩きながら、大きな溜息を吐いた。
これが、アーリィの言う受難って事なのかな? だとしたら、もう、これ以上悪いことは起きないよね。これが底だと仮定すれば、あとは運気が上昇するのみ。そう前向きに考えたら、自ずと力も湧いてくると言うものです!
「よしっ! 落ち込んでてもしょうがありませんから!」
私は、胸の前で、グッと拳を握り込む。
「アレ、意外と元気そうじゃないか。キョウダイ……」
不意の声掛けに、ハッとそちらを見た。
窓枠の縁に悠々と横たわる黒猫の姿がある。
その姿が、どうにも癪に触るのと、これまでの出来事が走馬灯の様に頭を駆け巡れば、沸々と怒りが込み上げ、身体を震わせた。
「オ、オルグゥゥ」
私が、オルグを睨みつけ威嚇しながら、ジリジリと躙り寄ると、
「な、なんだよ」
ビックと一瞬だけ毛を逆立てたかと思えば、目を泳がして明後日の方を向くオルグ。
「あ、やっぱり、その態度、知ってたんでしょ!」
「え、なんのことかな、ヒュ、ヒュー、し、知らないし」
口を尖らし、吹けもしない口笛を吹いて、冷や汗ダラダラなオルグ。
その下手くそ過ぎる惚け様に、笑いが込み上げてくるも、そこは平静を装って堪えたら、私は更にオルグへと詰め寄る。
「ウソ、私が監視されてたの、分かってたでしょ」
「……う、え、……」
「…………」
私は、オルグをじっーと見詰めると無言の圧をかけ、返答を待つ。
「ああ、もっ、知ってたよ。知ってた」
オルグは、観念したらしく、投げやりに言ってくる。
「ほら、知ってたんじゃないですか。じゃ、何故、黙ってたのかな?」
「んっ、まぁ、害が有る訳じゃないし、放っておいても、然程、問題無いからいいかなぁと……」
奥歯に物が挟まった、その物言い。
「それ、オルグの判断であって、私の判断じゃないですよね……」
私の口振りに、ぴっくと耳を傾けたオルグ、何処と無く纏う空気が変化した。
「嗚呼、オイラは、悲しいよ。ほんと悲しいよ。キョウダイから、そんな言葉を聞かされるなんて、オイラはさ、キョウダイを思って、善かれと思ってしたことなのに、もっと、使い魔を、オイラを信用してもいいんじゃないか」
なに、急に芝居掛かって、気持ち悪いです。どう言うつもり、私を煙に巻こうとでも言うの?
ものはいいようにですが、どちらにせよ、態と黙ってたのは、変わらないからね。
「オルグのこと、信用はしてますけど、監視の件、黙ってたのは、私も心外です」
「はぁぁ、キョウダイには、オイラの心根が伝わってないのか……全くもって、オイラの方が心外だよ」
大きな溜息を一つ吐けば、大いにかぶりを振ったオルグ。
アレ、いつの間にか、立場が逆転してないか。
「え、え、心根ですか……」
「そ、心根だよ、主人の事を考えてさ。もっと自分を大切に、自重して欲しいと、使い魔の懇願が分からなかったのかい?」
ちょいと随分遠回しな表現しますね。こんな子でしたっけ? いや?! なんかおかしい。
「だいたいがさ、キョウダイが自分勝手過ぎるから、こんな事になるんだよ。そこんところ、わかってるのかい」
「ちょっと、オルグ」
「なんだよ」
私は、その不満たらたらなオルグの顔、そして瞳を見つめた。
この黒ネコ、本質は、絶対違う事で、怒ってる。
何故なら、私に、自重を促すならば、オルグの場合、直接、口やかましく言ってくるはずだ。
態々、こんな回りくどいことしない。
「オルグ、怒ってますよね」
「別に、怒ってないけど」
「何が、そんなに気に入らないのです?」
「だから、怒ってないよ」
素直に言ってくれる訳ないか……色々と思い返してみて、オルグの怒る理由があるとすれば、先の件だけど、私的に、もう、終わったともの認識してた。
まぁ、有耶無耶にして終わらした感も否めませんが、あの時は、ロニーの目もあるし、相談しようにも無理でしたからね。
で、オルグの言いたい事、多分、私が自分だけで、先のことを決めたこと、それに腹を立ててるのだろう。
だから、所謂、意趣返し的なことして、オルグ自身が受けた精神的苦痛を分からせようとしたんじゃないかなと、これまでの話に出てきた発言の裏を読み解いて、判断したのですが、どうでしょう……。
と言うより、オルグって、使い魔だよね。主人にこの仕打ち、おかしかないか、主人の判断に従うのが普通でしょ。
しかしながら、オルグの気持ちもわからなでもない、私も、これまでオルグに色々と相談して、物事を決めてきたことも事実だしね。
はぁぁ、全く、面倒な使い魔ですね。主人にここまで気を遣わせるなんてさ。
「オルグ……」
私は襟を正し、オルグに向き直る。
「な、なにさ?」
私の姿に、目を丸くするオルグ。
「すみません、オルグの気持ちも考えず、勝手して」
「べ、別にさ、謝らなくてもいいよ……」
唐突の私の謝罪に、オルグは動揺して声をうわずらし、目を背く。
あ、この反応、当たったかな。それと、それなりに罪悪感はあったのね。
「では、許してくれますか!」
ここぞとばかりに、私は満面の笑みを見せつける。
「え、え、ハァァ、わかったよ。許すよ」
私の意図に気づけば、やれやれと言った具合で溜息を吐くオルグ。
「ありがとうございます!」
「あのさ、オイラも、そのさ、いろいろと……わ、わる……わるかったよ……」
そして、オルグ自身も、たどたどしい謝罪を述べたのだった。
とりあえず、丸く収まりましたかね。
ほんと、憎らしくもカワイイ使い魔だよ、オマエは!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます