第25話【剛腕のアリーシャ】
エイブラムの案内の下、私達一行は【
「皆さん、少し、此方で待っていて下さい」
「あっ、はい、わかりました」
「おお」
足早に
暫くすると、ガチャリと扉が開かれて室内より、栗色の髪を短く刈り込む、長身で屈強な体つきに、丸太のような二の腕、身を包む衣服が筋肉ではち切れそうなくらい逞しい男性が……いや、女性が現れた。
エイブラムを軽く追越す頭身と逞しすぎる体躯に、私は勘違いしてしまいそうになる。
だけども、その体躯には、とても似つかわしくない綺麗すぎる顔が、辛うじて女性だと認識させてくれた。
それにしたって、なんてアンバランスな人だ。
そして、それを代弁するかのようにダリオが言う。
「おいおい、たまげたな。ありゃ、女か?」
「ちょっ、ダリオ!」
「いやいや、アレはどう見ても、間違うだろ」
「コラ! 失礼過ぎますよ!」
「嘘つけ、お前も、内心では、そう思ってたろ? 白状しろ」
ニヤニヤと笑い顔を見せつつ、ギロリと疑いの目を向ける。
「はっ? な、なに言ってるんです! そんなことありませんから」
図星を突かれてしまえば、私は冷や汗かかされて、ドギマギと狼狽してしまう。
「ククッ、やっぱりな……」
「な、ちょっと、何一人で納得してるんです!」
そんなダリオに、私は必死に抗議する。
エイブラムと、その女性がひとしきり話し終えると、二人が私達の所へとやって来た。
「お待たせして、すみません。ん、どうしました? 何か楽しいことでもありましたか?」
「いえ、何もありませんから!」
「えっと、何かすみません」
私の物言いに、申し訳なさそうに返事を返すエイブラム。
「別に、謝らなくても……そ、それよりもエイブラム、そちらの方は?」
「あ、そうでした。彼女はアリーシャ、私の古い友人でして、この【
「よしてくれ、私は、そんな大層な人間じゃないさ。一介の狩
エイブラムにそう言われた女性は、照れ臭さそうに苦笑いを浮かべて謙遜する。
「ほぅ、アンタが【剛腕のアリーシャ】か。噂は色々聞いてるぜ」
ニヤリと笑みを見せてはいるけど、ダリオ、目が全く笑ってないよ。
さっきまで、あんな馬鹿にしてたのに、名前を聞いた途端、態度を一変させましたね。
【剛腕のアリーシャ】……私は、全くの初耳ですけど。
私の世間様とのズレが、何とも遺憾し難い。これは、もっと世情の情報を集めないと、これから先、独り立ちするのも儘ならない事になりそう。
「フッ、どうせ、碌でもない噂ばかりさ。ところで、貴方方の名前を教えて欲しいんだが……」
「おっと、悪りぃな。俺はダリオ。赤獅子傭兵団の頭やってる。よろしくな」
「驚いた! 貴方が、あの赤毛か! 私も貴方の噂は予々聞いてる。お会い出来て光栄だ!」
ダリオと違い、アリーシャの場合、心から賛辞を送っているように見受けられた。
「お、こいつは嬉しいねぇ。俺の名が【剛腕のアリーシャ】まで届いてるなんてよ。アンタとは、何だか、いい酒が呑めそうだぜ!」
「そうかい、それは良かった。して、こちらの可愛らしいお嬢さんのお名前は?」
歯をキラリと光らせて、何ともハンサムな笑顔を見せてくるアリーシャ。
う、何だろか、暑苦しそうな人かも……。
そんな予感を胸に抱き、私は自己紹介をする。
「あ、私はダリエラと申します。宜しくお願い致します。アリーシャさん」
「気を使わなくていい。アリーシャで構わないぞ。此方こそ宜しくな! ダリエラ!」
「は、はい、改めまして、宜しくお願い致します。アリーシャ」
アリーシャは、キラキラ、フェイスで右手を差し出し握手を求めてくる。
その眩しさに、私は顔を顰めそうになるのを我慢しつつ、握手を交わした。
やっぱ、圧が凄い……。
互いに自己紹介を終えれば、私とエイブラム、ダリオの三人は、アリーシャに連れられて、
室内へ足を踏み入れると、先ず眼に入るのは、使い込まれ煤けた暖炉と、壁一面に掛けられる数々の狩猟道具。後は、申し訳程度に置かれた椅子とテーブルがあるだけ。
玄関を開ければ、生活スペースが丸見えのワンルーム。
「狭苦しい所だが……それに大したもてなしも出来なくてすまないな。何せ、狩の為だけに拵えた小屋なものでね」
私達を招き入れたアリーシャが、なんともバツの悪そうな顔して言ってきた。
どうやら、察するに、ここはアリーシャにとっての
「いえいえ、私達が、アポも取らずに、急に押し掛けたのですから、お気になさらず」
「そうです。気にしないで下さい」
「まぁ、ずっと、いるわけじゃねぇし、今だけ我慢すりゃいいだけだろ?」
あら、珍しいこともあるもんですね。あの傍若無人なダリオが、相手を気遣い声を掛けるなんて、さっきの事よっぽど嬉しかったと見えます。
「そう言って貰えて助かるよ。それに、今からする話は、あまり公にしたくは無い話でね。念の為の処置だと思ってくれ」
「ん? 公にしたく無い話ってのはなんだ? 俺は、何しにここへ来たのか、全く聞かされてねぇぜ。先ずは、そいつを聞かせちゃくれねぇか?」
ダリオは頭を捻り、考え迷い、私達へと視線を送る。
「あ、そう言えば、そうでした。団長さんには、何もお伝えていませんでしたね。状況的に、私から事情を説明させて頂いた方が、何かと都合がいいと思うのですが、ダリエラ、如何ですか?」
「ええ、そうですね。確かに、一番、現状を把握しているのは、エイブラムですからね……。わかりました。お任せします」
私が、YESと答えたなら、エイブラムは、大まかな概要を話し始める————
「話を聞いて益々、思うけどよ。お前って、大概、無茶だよな」
その目は不思議なもので見るようなダリオ、それでいて、感心するかのように言葉を吐いてくるも、内容は察するべくもなく、酷い。
怒られてる訳じゃないのに、それ、余計に胸にくるものがある。落ち込みそう……。
「……改めて言われなくても、重々、わかってるし……」
私は、皆の視線より逃れるよう明後日の方へ顔を背けつつ、拗ねるように口尖らせながら、消え入りそうな声で言った。
「ん? なんか、言ったか?」
「べ、別になにも……」
私は俯き黙る。
「フッ、だが、若い時の苦労は買ってでもせよと言われているんだ。多少の向こう見ずな行動も、黙って見守ってやる。それが大人な嗜みじゃないか」
アリーシャから出る悪気ない言葉、私にとっては、そっちの方が、もっと凹む。見た目はこんなだけど、精神年齢は多分、貴方方の誰よりも高いんですが……。
「ククッ、物は言いようだな」
「皆さん、もう、その辺にして差し上げては、どうかと……」
小さくなってる私を見兼ねたのか、エイブラムが助け舟を出してくれた。
「おっ、そうだな……」
「こ、これは、済まない」
エイブラムの投げ掛けで、ハッとなり私を見たダリオとアリーシャの二人は、どうにも気まずそうに各々が口を開く。
「それでは、話を進めますか。アリーシャ、お願いします」
「ああ、わかった」
エイブラムに促されたアリーシャは、襟を正し、私達の方へと向き直る。
「先ず、申し訳ないと言わせくれ、特にダリエラに……」
「え、何? どう言うことです?」
「それは、つい先日まで、私の手元に【
アリーシャに、何の落度もないのだけど、苦渋に満ちた顔で、自身の所為だと言わんばかりに謝りを入れられる。
そんな事よりも【
「いやいや、アリーシャ、そんな謝らないで下さい。こればかりは、どうしようもない事ですし、誰にも、それを咎めることも出来ないのだから……」
「そ、そうだな。悪い、何だか、取り乱してしまって……エイブラムより話を聞いて、どうにも居た堪れなくてな」
「そのお気持ちだけで、十分ですよ」
私はアリーシャを見つめながら、何度も頷いた。
「でもよ、ここに俺らを招き入れたってことはよ。それだけじゃ、話は終わらんのだろ?」
私達の様子を黙って見ていたダリオが、そう言ってアリーシャに問いかけた。
ダリオにしては、気の利いたこと言いますね。
「……ああ、ここからが本題さ。で、取り敢えず、この話をするに当たり、君達に先ず知ってほしいことがある。【
「ええ、取り敢えずは……」
「そうか。ダリオ、君は?」
「まぁ、触りくらいなら知ってるぜ」
私達、それぞれに質問すると、真面目な顔つきになり、アリーシャが言う。
「その噂……全てとは言わないけれど、間違っている」
「えっ?! 間違いですか?」
「おい、そりゃ、マジか?」
アリーシャからの突拍子もない言葉に、私とダリオは仰天させられる!
エイブラムと言えば、ああそうだと言わんばかりに、アリーシャに同調し頷いていた。
「そう、世間では、神が遣わした聖獣や神獣、はたまた魔獣などと、謳われているが、その認識自体が間違っているのさ。【
「神そのものですか……」
それを聞いて、私は息を呑む事しかできない。しかし、神と聞いたなら、私の場合、あの声の主が思い起こされる。
けど、思うに、その神は私が出会ったであろう神とは、少し種類が違うように感じる。
どちらにせよ、今、考えたところで答えなんて出ない。
「ククッ、そりゃ、眉唾じゃねぇのか」
「ダリオが、そう思うのも無理はない。しかしだ、私は、それを何度も体感している」
アリーシャのダリオを見据える瞳が、?偽りないと物語っていた。
体感すると言うことは、実際に何度も目撃したと解釈してもいいのか。
まぁ、アリーシャの目を見れば、嘘を言っていないのは、一目瞭然なのだけど、どうにも頭の片隅で引っ掛かっていることがある。
そうなのだ、アリーシャが【
角を所持していたとなると、それを持っていたであろう【
そんな疑問が生じてしまえば、頭によぎるは、死の一文字……。
「ダリエラ! どうしたのです。この世の終わりみたいな顔をして……」
「へっ、あっ、えっと……あの……」
エイブラムの突然の呼び掛けに、意識を引き戻される。
はっ、もうっ! 何やってんだよ、私は! アリーシャの話が終わらぬ内から、自分勝手に思い悩んで、挙句、落ち込むって、バカなの、アホなの、とんだ間抜けっぷりを発揮してますよ!
嗚呼……死にたい……。
私は赤面してるだろう顔面を両手で覆い隠す。
「そのような顔をされたら、私も、話の続きをしようにも出来ないな。ダリエラ、心配事があるならば、話してみないか?」
「アリーシャの言う通りだぜ。早くゲロして楽になれや」
「それは、その……」
頭に浮かべた疑問を振り払いたい欲求に駆られるも、それをアリーシャに問いかけても良いものなのかと、躊躇してしまう私もいる。
何せよ、私が話の腰を折った所為で、これ以上、話が進まなくなって、どうにも拉致があかない。
私は顔隠した指の間より、三人の姿を垣間見た。
うっ……私が自身の胸中を吐露しない限りは、三人共、話を進める気が無さそうですよね。
はぁ、ここで、私はグズグズしてる訳にはいかない。もう時間もないのだから。
兎に角、今は恥も外聞も捨てて、話をするだけです!
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