第26話【斎戒沐浴】
「そう言うことだったのか。本当に済まない、ダリエラ。私が誤解を招くようなことを言ったばかりに、要らぬ心配を掛けさせてしまったようだな。まぁ、なんだ、結論から言うと【
「それは、本当で御座いますか?!」
「まぁ、そうだな……適切な表現ではないが、生きていると理解してくれて大丈夫だ」
少しだけ何かを思案すれば、アリーシャが言った。
「はぁぁ、良かった。まだ、チャンスはあるんですね」
アリーシャからの言葉に、私は安堵の吐息を漏らし、大きく胸を撫で下ろした。
思うに、アリーシャが【
「で、実際、どう言う風に【
私が安心しているのも束の間に、勝手に話を進めるダリオ。
まだ、心の準備も出来てないのに、と言いたいけど、ダリオの無遠慮さに、案外助けられてる。ここは、黙って成り行きに任せてもいいかな……。
「捕まえるね……そう、さっきも言ったが【
アリーシャは、そう言い終えると、私達をサラッと一瞥し、再び話を始める。
私は固唾を飲み、それを見守った。
「……しかし、だ。とある方法を使えば【
「そしたら、今回も、その方法を用いて【
「ああ、だが、今回、それを担うのは、ダリエラ、キミだ」
「えっ? 私がですか……でも、なぜ?」
突然、言い放たれた、その言葉に、私は只々唖然となり、呟くだけだった。
「それはですね。この場に居る人間で、その方法を用いる事が出来るのは、ダリエラだけなんですよ」
そんな私の投げ掛けに、エイブラムが助け船を出し、真摯な応対をしてくれる。
「私だけ……? ん?! え、でも、ちょっと待って下さい。おかしくありませんか? 先ほど、アリーシャ自身も、同じ方法で角を手に入れられたと仰っておりましたよね……」
私は疑いの目をアリーシャへと向けた。
「フッ、そんな目で見てくれるな。ダリエラを騙そうなどとは、露ほどにも思っていないさ」
柔和な笑みで、そして眼差しで、私を見つめ返すアリーシャ。
「はぁ、わかりました。その点だけは信じます」
疑うのが馬鹿らしくなるくらいなキラキラフェイスを見せつけられたなら、私は一息吐きつつ強張る表情筋を崩せば、アリーシャに笑顔見せてそう言った。
けど、内心では、どうにも煮え切らないものが残ってる。ここで、私がウダウダと言っても、話が進まないだけだし、それに、今の私には、アリーシャに縋るしか道はない。
だったら、どんと構えてればいいのだけども、私はそこまで器が大きくないからさ……。
「クッククッ、どうにも納得出来てないって面してるよな。ダリエラ」
私の心内を読み取るかように、したり顔のダリオが横槍を入れてくる。
「はっ? な、何を言ってるんですか、ダリオ!」
私はダリオをギロリと睨み付けた!
こ、この男は、余計なことを……。
「うむ、確かに、理由も言わずに信じろと言う方が、どうかしてたな。不安な気持ちにさせて済まないダリエラ」
今までにないくらい、深々、頭を下げるアリーシャ。
「いえ、とんでもないです。アリーシャ、頭を、どうか頭を上げて下さい!」
大の大人が、小娘風情に、こうも簡単に深々と頭を下げる。凄いんだけど、どうにも居た堪れない気持ちになるから、勘弁して欲しい。
「まっ、早い話が、私では、もう【
アリーシャが話してくれた理由で、益々、私の頭がこんがらがってる。
で、それよりも、アリーシャが結婚していて、しかも、子供までいることの方に、驚いてしまって、思考回路が働かない。
……資格、資格ね。どうやら、条件づけがあるってことはわかったけど、私にあって、アリーシャにないもの、結婚に子供……うーむ、わからん?
「おいおい、マジか、ダリエラ。まだ、わかんねぇのかよ? ここまで言われりゃ、誰だって気付くだろ」
悩む私に、目を丸くしたダリオが呆れるように言い放つ。
「うっ、だったら、ダリオは、わかったって言うんですか?!」
「へっ、当たり前だろ、誰にモノ言ってやがる!」
ニヤニヤしつつ私を見下ろすダリオ。なに、勝手に勝ち誇ってるのやら……くっ、何だか、それ、無性に腹立たしい!
「なら、今すぐ、答えて下さい!」
私は怒りを露わにすれば、キッと、ダリオを睨み返し、言ってやった!
「ほぅ、俺が答えて、いいのかよ?」
「別に、構いません!」
「じゃ、遠慮なく……」
今度は、ダリオが不敵な笑みを浮かべて、ジーッと私を見つめ返してきたなら、
「それはだな……お前が、未婚の処女だからだ!」
「ん? は、はい?」
ダリオより高らかに宣言される答えが、私が何となく思い描いてたことと、余りにかけ離れていた為、呆気に取られてしまえば、何とも間抜けな声を上げていた。
「おい、違うか?」
ダリオが、エイブラムとアリーシャの二人へと目配せすると、その答えを確認する。
「ええ、正解ですよ。団長さん」
ダリオと私のやり取りを、腕を組みつつ静観していたエイブラムだったけど、ダリオの問い掛けで徐ろに頷き口を開く。
えっ、ええ、嘘でしょ! ダリオにわかって、私には、わからなかった。
その事実が、物凄く悔しくて堪らなくなった私は、答えの理由、云々よりも、違う言葉が聞きたくなって、気がつけば、エイブラムの隣に立つアリーシャを縋るように見つめていた。
「そうなのですか?」
「……ああ、ダリオの言う通りさ。未婚で、純潔の
私の様子を察してくれたのか、なるべく私が傷つくことのないように、配慮し言葉を選んで応対してくれるアリーシャ。
ダリオと意味は同じことを言ってるのだけど、言葉が違えば、こうも違うと言ういい例えです。
これでなんとか、私も素直に頷く事が出来ますよ。
それより、アリーシャにも、私が処女だと周知の事実とし、伝わってるのは、これいかに……。
「私しかいないのですね……わかりました。それで、私は具体的に何をしたら、よろしいのでしょうか?」
「そうだな……先ず、ダリエラには【
「沐浴で御座いますか」
「ああ、そうだ。【
「はい、もちろんです」
と返事したものの、沐浴ってことは、やっぱ、裸になるんだよね……。
昨夜の出来事を思い出せば、億劫になってしまう。
「後、エイブラムとダリオ率いる傭兵団の面々に、儀式の準備を手伝ってほしい」
「ええ、わかりました」
「ん、まぁ、いいが、準備ってのは、どんなことすんだ?」
「取り敢えず、説明は後だ。時間も然程ないからな」
アリーシャが、ダリオにそう言うと、
「おい、テメら、話があるから、こっちに来い!」
外で待機していた傭兵団を呼び寄せるダリオ。
「じゃ、後の説明は、任せたぜ!」
ダリオの下へと全員が集まったのなら、ダリオは、アリーシャにバトンを渡す。
そして、皆がアリーシャを注視すれば、説明が始まった。
「早速だが、ダリオ達は、森に入って野生の牡馬を一頭、捕獲し、この泉まで連れてきてもらいたい」
「それだけでいいのか?」
片眉を上げて、ダリオが問い返す。
「それと、夕暮れまでには馬が欲しい。出来るか?」
神妙な顔つきで、アリーシャが言う。
「はっ、誰に言ってやがる! テメェらも聞いてたな!」
ニヤリと笑みを浮かべると、当然だと言わんばかりに胸を張り、声高らかに団員へと、それを問うた。
『へい!』
『勿論っす!』
ダリオと同じく、団員達も胸を張り、余裕の笑みを見せた。
「フッ、愚問だったか。なら、頼んだぞ!」
「ああ、任せな! 準備はいいか、テメェら」
『いつでもどうぞ』
『早く行きましょうぜ。団長』
「ククッ、いい暇つぶしになりそうだぜ。行くぞ! テメェら!」
『おお!』
ダリオは傭兵団員を率いて、意気揚々と森の中へと入って行く。
「活気があってなによりですね……それで、アリーシャ、私はどうしたらいいですか?」
傭兵団員の背を見送りながら、エイブラムがポツリ呟くと、私達の方に振り向き、アリーシャに質問した。
「うむ、エイブラムは私と一緒に、森人の村まで、ついて来てくれ。儀式に必要な道具やらが家に置いてあるから、それを持ってこなきゃならん」
「そうですか。わかりました」
「で、ダリエラは、さっきも言った通り、沐浴をし、身体を清めておいてくれ。それが終われば、少しの間、小屋で休んでおくといい。私が戻り次第、儀式を行う為の化粧をダリエラに施さねばならないから、忙しくなるだろうしな」
「はぁ? 化粧で御座いますか……わかりました」
「あと、これを……」
アリーシャより、手のひらサイズの青い鉱石を渡された。
「えっと、これはなんですか?」
良く見ると鉱石の表面には、なにやら魔術式が刻み込まれている。
「魔除けのタリスマンさ。ここは聖域とされる場所だから、人に害を及ぼす魔物が出ることはないと思うが、万が一の備えに持っているといい」
「はい、お気遣い、ありがとう御座います」
「それでは、エイブラム。行くとしようか」
「ええ、わかりました」
エイブラムとアリーシャも【
青い芝生が広がる湖岸にて、
「……それより、何でオイラが、見張りなんてしなきゃならんのさ!」
私を尻目にオルグが面倒臭そうに言ってきた。
「何でって、使い魔なのだから、当然だと思いますけど……」
ガサゴソと衣服を脱ぎながら、真っ当な答えを返してやる。
「くっ、それを言われたら、何も言えん」
ぐうの音も出ないと言った感じで、苦い顔するオルグ。
「はいはい、ブー垂れてないで、黙って見張りお願いしますね」
流石に誰も居なくなったとはいえ、野外で素っ裸になるのは抵抗があるのと、沐浴中にもしもがあるかもしれないから、一匹だけでは心許ないけど、オルグを見張りに立たせることにした。
一糸纏わぬ裸になると、やってくるは物凄い解放感と羞恥心。
誰も居ないって、わかってるけども……色々とくるものがありますね。
「ふぅ……」
私は吐息を漏らし、気持ちの整理をしたなら、泉に向かい歩みを進めた。
そよ風に揺れる水面が、如何にもな冷たさを感じさせる。
全身が肌寒くなる中、私は、恐る恐る水面へと爪先を浸せば、突き刺さるような冷たさに襲われた!
「つ、冷たっ!」
一瞬にして熱が奪われたなら、身体がビックッと竦んで、咄嗟に足を上げてしまう。
これは、心臓に来ちゃいますよ。まさに氷水。それくらい冷たいです。
ある意味拷問ですよ……あ、いかん、いかん。
私は、不純な気持ちを取り去るべく、頭をフルフルと左右に振った。
「なに、やってるのさ? 早く入りなよ」
愚図る私を見かねたのか、オルグが急かしてくる。
「う、うるさいですよ! そんなのわかってるから。オルグは、黙ってて!」
私はそれを邪険に扱い、オルグを一喝した。
「へいへい、お好きにどうぞ……」
私の怒りが理解出来ないらしく、オルグは肩を竦める様な態度を見せると、投げやりに言葉を返す。
ほんと、余計なことを、私にもタイミングってモノがあるんです。
はぁ……そうです、身を清める、禊と言うのは、元来、辛いのは当たり前。
私は覚悟を決めたなら、
「なれば、即ち、これ修行なり!」
しょうもない事を口ずさみつつ、私は意を決して、バシャリと全身を水中に浸して行く。
心頭滅却すれば火もまた涼し……なんてことぁない! やっぱ、冷たいものは冷たいですよ!
どこぞの誰かの辞世の句を全否定しつつ、私は涙目になりながら沐浴を始めた。
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