第11話 勇者に秘められた力
魔法剣。元々は魔道士職に憧れていた剣術士が、自分が持っている魔力をどうにかして有効活用できないかと試行錯誤した末に編み出した技の一種であると言われている。
現在では魔法剣は剣術の奥義のひとつとされ、魔法剣を操る才能を持った剣術士は『魔法剣士』という剣術士から派生した職種の冒険者として扱われている。魔法剣士となるには優れた剣術の才能の他に、魔道士職に匹敵する魔力と魔法を制御できる才能が必要なのだ。
ムツキが召喚魔法を使った時から、彼には人よりも優れた魔法の才能があるのだろうと僕は思っていた。
思ってはいたが、まさか魔法剣まで扱う才能があるなんて……!
「ええと……騎士団長さん、でしたよね。手加減はしませんよ、覚悟はいいですか?」
炎を纏った木刀の先をアグリス騎士団長に向けながら、ムツキが不敵な笑みを漏らす。
アグリス騎士団長は、そんなムツキを驚いた様子で見つめていた。
「まさか……魔法剣とはな。流石は勇者殿、魔王と対等に戦える唯一の存在であると言い伝えられているだけはある」
試合場の周囲で二人の様子を見物していた兵士たちも、隣同士でぼそぼそと囁き合いながら興味深げな視線を向けている。
「凄いな……これが勇者様の力なのか」
「魔法剣って、特別な才能がないと使えないんだろ? そんな技を軽々とやってのけるなんて、流石は勇者様だな」
「なあ……思ったんだけどさ」
兵士の一人が小首を傾げる。
「木刀に火の魔法なんて掛けたら、木刀、燃えるんじゃないか?」
『…………』
兵士たちの間に気まずそうな沈黙が流れる。
……確かに……言われてみればそうだよな。木刀、可燃物だし。
アグリス騎士団長も、兵士の呟きが気になったのかムツキの持つ木刀に目を向けている。
ムツキは笑いながら自信満々に言った。
「自分が繰り出した技に自分や味方に対する当たり判定があるわけないでしょう。自分たちにまで当たり判定があったら、
「!?」
彼の言葉に、兵士たちがざわついた。
「味方ごと吹き飛ばす!? え、何なのその血も涙もない戦い方!」
「魔物を殲滅するためには手段を選ばないってことか……? 勇者様、鬼だ……!」
「……あああ、オレ、上司がアグリス騎士団長で良かった……」
皆のムツキを見る目が、微妙に恐怖の色に染まった……ように見えたのは、多分僕の気のせいではないと思う。
アグリス騎士団長が、微妙に言うべき言葉に困ったような、そんな顔をしている。
「……魔王と戦うためには多少の犠牲はやむを得ないのかもしれんが……共に戦う仲間は大切にしなければならんぞ。武器は壊れても替えは利くが、命は代わりが利かんのだからな」
「嫌ですね、それくらい分かってますよ。非効率な戦い方ばかりしてたらHPが幾らあっても足りなくなりますし、そういう行動しかできない人は
ムツキは木刀をぶんっと振るった。
「それじゃあ、行きますよ! 騎士団長さん! はぁああああああッ!」
威勢の良い雄叫びを上げながら、木刀を振りかぶり、アグリス騎士団長に真っ向から突っ込んでいく!
ムツキが縦にまっすぐ振り下ろした木刀は──その場で身構えたまま微動だにもしないアグリス騎士団長の右脇を勢い良く空振りした。
アグリス騎士団長が、動く。半歩前に踏み出して、無造作に手にした木刀を振るう。
ごいん。
真横に薙ぐように綺麗な軌跡を描いたアグリス騎士団長の木刀は、ムツキの後頭部に直撃した。
「あいたっ!」
殴られた後頭部を手で押さえてムツキが動きを止めた。
「なかなかやりますね……この俺に一撃を食らわせたのは黄泉の帝王ハルシュフル以外では貴方が初めてですよ、騎士団長さん」
いや、だから誰よそれ。
「いや……これを言うのは流石にどうかとは思ったが……勇者殿、弱い……」
アグリス騎士団長は困惑している。
ムツキはふ、ふ、と肩を揺らしながら、物陰から木に止まっている蝉を狙う猫のような目をしてアグリス騎士団長の方に振り返る。
「力はなるべく温存しながら戦いたかったところですが、仕方ありません。そこまで言うのでしたら俺の本当の力をお見せ致しましょう」
さっき遠慮なく行くって言ってなかったっけ?
ムツキは傍の床に向かって左手を翳し、叫んだ。
「出でよ、炎獄の魔神、イフリート!」
ちょっ……こんな密閉空間で火の神獣を召喚するなんて、何考えてるんだこいつ!
ムツキの呼びかけに応じて、床に出現した炎の輪を通り抜けながらイフリートが姿を現す!
音もなく着地した半獣の魔神に、周囲の兵士たちが驚愕の声を上げて後ずさった。
「なっ……何だこれは! 燃えてるぞ!」
「魔物か!? 魔物なのか!?」
ムツキはアグリス騎士団長から距離を置いた場所に立ち、彼を指差しながらイフリートに命令した。
「イフリート、攻撃しろ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい勇者さん! 幾ら何でも流石にそれはやりすぎですっ!」
慌てて二人の間に割って入り、ムツキを制止する僕。
しかし、イフリートは止まらない。口を大きく開き、巨大な炎の玉をアグリス騎士団長めがけて吐き出した!
「!」
流石にこれは生身で食らうわけにはいかないと悟ったか、アグリス騎士団長が飛んでくる炎を大きく横に跳んで避ける。
炎はそのまま弾丸のように高速で試合場の上を横切っていき、壁に向かって飛んでいった。
「レン様、お待たせしてしまい申し訳ありませんな、頼まれていた品物、お持ちしましたよ──」
その先にあった扉が唐突に開いて、その向こうから小さな布包みを抱いたゴルド大臣が姿を現した。
僕ははっとして叫んだ。
「ゴルド大臣、逃げて下さい!」
僕の叫びも空しく、飛んでいった炎がゴルド大臣に直撃し、派手な火の粉を撒き散らした。
辺りは騒然となった。それも当然だろう、ゴルド大臣がイフリートの攻撃をまともに食らったのだ。
あの炎がどれほどの火力を持っているのかは分からないが、まがりなりにも神獣が繰り出した一撃である。並の魔法なんかとは比べ物にならない威力を持っているはず。
下手をしたら、大臣は──
「勇者さん、何ということを!」
僕はムツキに詰め寄り、両手で肩を鷲掴みにした。
ムツキは微妙に困惑した様子で僕のことを見つめている。
それとほぼ同時だった。
「おや……どうなされましたかなレン様。急に大声を出したりして」
炎が消えた後には、何ら変わらぬ様子のゴルド大臣が立っていた。
肌に火傷を負っているどころか、着ている服が焦げている様子すらない。まるで何も起こらなかったかのように、平然としている。
ゴルド大臣は、魔法を一切使うことができない。火を防ぐ手段など全く持っていないはずだ。
それが、どうして……?
「……え……?」
信じ難い光景に、僕はムツキを怒るのも忘れてその場にぽかんと棒立ちになったのだった。
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