第14話
そう考えると、沖田総司と斎藤一といった剣豪が二人この部屋に居座っているのも、まるで鬼の副長にでもなったかのように合点がいった。我ら三人と斬り合いになっても良いように、新選組の中でも選りすぐりの人物を傍に置いたのだ。永倉さんがいないのは、元々部下だった私を逃がすことを危惧したからか、はたまた土方さんにあまり靡いていないからか。どちらにせよ、下手に激昂して斬りかかれば、兄弟三人とも生きて帰れはしないだろう。
「私どもの踏み込んだ時、大利を除く三名は外出中でありました。しかし主犯格の大利を捕らえるのが第一と考え捕縛をしようとしたところ部下の一人が腕に重傷を負うほどに暴れたため、やむを得ず斬りました。他の三人につきましては、大和の方へ逃げたという知らせも来ておりますので、目下創作中であります」
「何、よく調べもしないのに踏み込んだのかね。沖田君、こういった軽率な行動は武士としてどう思うかな」
「うなぎ食べたいですね、土方さん」
「総司」
「あ、はい。まことにもって、ぶしとしてあるまじきこーいであるとこころえます」
明らかに覚えさせてるじゃないか。
だが、何も出来ない訳ではない。つい先日、この状況を打破できるような人材が私の身内から誕生したのだ。開国思想家の谷昌武、またの名を近藤周平である。この男が副長の意見をなんでもいいから否定すれば、私と兄はそれに乗って逃げることが出来る。うんうん、箔も捨てたものじゃないね。
「では、谷昌武殿のお話も伺ってみましょう」
頼んだぞ昌武、君なら出来るはずだ。兄上の命を救うなど耐えがたいやもしれないが、どうか堪えてほしい。
「なぜ周平君の名前が出る」
「当然でしょう、副長。局長の養子であり、討ち入りに参加した彼の意見を採用するのは筋目というもの」
大利鼎吉にそうしたように、土方歳三をも説き伏せてくれ。
皆の視線が昌武に向けられ、彼がゆっくりと口を開く。
「私は」
頼む、弟よ。
「私はその、あらかた土方さんの言うとおりかな、と思います」
よくぞ言ってくれた、昌武。
「だそうだが、万太郎君」
「ええ、弟の言葉は」
あれ。至極尤もじゃない。
昌武は顔を真っ青にして震えていた。こいつ、いざ副長を前にして臆したんだ。片や私と兄上、片や土方歳三、沖田総司、斎藤一、この二つを天秤にかけた弟は、どちらが怖いか即座に決めたらしい。
「ふざけんな昌武、誰のためにわたしゃこうしてると思ってんだよ、つうか今までの兄への恩義とかねえのかよお前はよお」
「申し訳ありません、兄上」
「もうしわけありませんん、あにうえぇ、じゃねえよおめえ。なあ? なあ? これどうしてくれんの?」
「申し訳ありません」
「謝って欲しいわけじゃないんだけどなあ、私。私謝って欲しいわけじゃないんだけどなあ」
という会話を視線だけで行ったのだが、しばらくすると悟りにも似た感覚で怒りが引いていくのに気づいた。弟が死ぬ思いをして得た処世術に、とやかく私が意見することなどできない、という一種の諦めか。はたまた私の茶器で弟がこう生きる事を決意したのだとすれば、私の自業自得だから、という自責か。
前を見れば土方さんの視線に殺気が籠っていた。私に「どうだ、お前は死ぬしかないぞ」と言っているらしい。こうなればどうにかして私一人の切腹で、兄弟や弟子たちを守らなければならない。嫌だけど、もしかすると数百年後に美談として語られるかもしれないし、とでも思えば黄泉路へ向かう私の気持も少しは晴れるか。いや、晴れなかったらしい。
「ええ、はいはい。至極、尤もでございます」
私の白装束が決定した。
思えば私の人生は、気を使う毎日だった。兄が怒らぬよう気を使い、弟が泣かぬよう気を使い、周囲から孤立しないために、兄弟らを孤立させないために、あらゆる人間にへらへら笑ってきた。そして兄によって引き起こされた騒動を、弟によって追い込まれ、私はそれでもその二人を庇おうとしている。
やはり私は小心者だ。
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