第13話

 翌日、屯所を阿部君と正木君に任せた私は兄上と昌武を連れ、京の壬生に居を構える本隊にぜんざい屋での騒動を事後的に報告した。すぐに帰るつもりだったが「話があるから待つように」と土方さんが仰っていた事を、旗持ちの尾関雅次郎が伝えてきた。私たち三兄弟は八木家の客間で並び、土方さんが来るのを待った。部屋には沖田総司と斎藤一という新選組きっての剣豪が並んでいた。

「土方さんはお怒りですか」

「カンカンのぷんぷんですよ。皆さんが勝手に動いたからって焼餅焼いてるんですよ。可笑しい人ですね」

 やはり大坂の新選組が力を持つのを危惧なさっているのか。もしかするとこれから、妙な言いがかりをつけられて切腹させられるかもしれない。そう思うと寒気がした。

「そこまで怒るようなことを、我らはいたしましたか」

「いえ、うきうきしてますよ。皆さんが大坂で手柄を立てたから、また新選組の名が上がるって大はしゃぎですよ。可愛い人ですね」

 わからん、私にはこの沖田総司という人がわからん。

「ねえ、斎藤さん。土方さんって面白い人ですね」

「む。……隊服が黒一色になったのはつまらん」

 そんな話はしていなかった。この斎藤一という人もわからん。

「そうですよね、これ地味ですよね、嫌になっちゃいます。そうだ、さっき竹とんぼ作ってたんですけど、あれ大きくすれば僕らも飛べませんかね。ねえ、聞いてます、万太郎さん」

 兄上は黙って目をつぶっているし、昌武は剣豪二人に怯えて何も話そうとしないし、この二人の相手は必然的に私になる。いやそれも大変だが、それ以上にこれからやって来る土方さんが大変だ。我らを労いに来たのならそれで良いが、問題は難癖をつけられた時である。その時彼らを守れるのは私だけだ。

 土方さんが入って来たのはそれからすぐだった。「おう」という挨拶もなく我ら三兄弟の前に腰を下ろした彼は、咳払いしてこちらを見た。それにしても、目つきが以前にもまして厳しく冷たくなったような気がする。沖田さんなんかはその様子を見て楽しんでいるようだが、そんな気でいられるはずがない。

「待たせてすまない。藤堂君に用があってね」

 藤堂さん、土方さんたち試衛館組の一員じゃないか。いつも京の屯所にいる彼の用事を、大坂からわざわざ出向いた私たちより優先するとはどういう了見だ。とは、口にできないのが小心者の私。

「ところで、万太郎君。大坂での一件、何があったのか話してくれたまえ」

 なんだこの土方さんは。まるで大名になったかのような物言いじゃないか。私が大坂に行く前からこんな感じだっただろうか。いや、沖田さんが笑いを必死にこらえているあたり、そうではない。

「それにしても土方さん、最近お疲れのようですね。よい薬がありましてね、西洋から取り寄せたものなのですが」

「万太郎君。御託は良いから早く話したまえ」

 おや、土方さんはかつて薬売りをやっていたから、こういった話にはすぐに飛びついてくれると思ったけれど、目論見が外れたらしい。いや、しかし以前は部下の山崎烝なんかの薬の話を真剣に聞いていたじゃないか。何を考えているんだ、この男は。

 とはいえ、話せと言われて素直に話すのが私だ。

「平隊士の谷川辰吉が、土佐の不逞浪士数名の出入りしている店を突き止めました。我らはそこへ攻め込み、主犯の大利鼎吉めを、討ち取りましてござります」

 池田屋の一件以来、新選組の名が世に広まったからと天狗になっているのか。いや、この男が有頂天かどうかはこの際問題ではない。

「大利という男を討ち取ったのはよくやった。しかしだね、万太郎君」

 当初土方さんは、大坂屯所を山南さんに任せるつもりでいた。そこに兄上が割って入り、私を推薦したのだ。一応、山南総長本人も「近藤さんを傍でお支えしたい」と一任されてのことだったのだが、土方副長にとっては、息のかかっていない私に大坂の新選組を任せることで、兄・三十郎の力が膨張してしまうと恐れたのだ。

 ということは、この場で

「他の三名、及び石蔵屋政右衛門に逃げられたというのは、武士としてあるまじきことではないかな」

 こういう話が出てきてしまうのも、不思議ではないのである。ええい、今更怯えるな、万太郎。こうなるかもしれないとは、大坂屯所長を任命された時から薄々感づいていたことじゃないか。

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