第7話

 ここより先、辰吉の訛りがひどかったので私が代弁する。


 辰吉が知り合ったのは、大坂南瓦町にある石蔵屋という店の主・政右衛門である。彼は土佐の出らしく、そのため同郷の者がその店に頻繁に訪れており、その中には過激な尊王攘夷派の輩もいた。かつて土佐の傑物・武市瑞山が作り上げた土佐勤王党の残党である。

 主要な人物は、大利鼎吉、田中光顕、大橋慎三、池田応輔、の四名らしいが、はっきり言って全員知らない。兄上も昌武も、この名前が出た時は顔に「知らん」と書いてあった。だがその企みは恐ろしいものだった。まずは風の強い日を待ち、時が来れば皆で大坂の町に火をつけて回り、混乱に乗じて大坂城を乗っ取る。それを尊王攘夷の魁にするのだとか。

 すぐさま立ち上がったのは昌武。

「すぐに京へ戻りましょう。局長に、義父上にお知らせせねば」

 弟の言葉に私の血が引いていった。京の新選組を引き連れてその企みを阻止すれば、私はますます大坂城代と町奉行所に睨まれることになる。ならば波風立たぬ道を行くまで、と私は立ち上がった。

「いや、事は一刻を争う。一々京に戻っていては、その隙を狙われるかもしれない。辰吉、その者らの居場所はわかるかい」

「毎日酒を飲んどるけぇ、今日も石蔵屋ンとこじゃろうな」

「よし、すぐに奉行所へ知らせに行こう。奉行所の方が兵力は整っているに違いない。数の少ない私たちはその援軍として共に石蔵屋へ向かうことにする」

 すると隣から「否」と虚空を斬る声がする。その主が兄だと知った時、私はこの男が持つ最大の短所を思い出したのである。

「それでは新選組の名が廃る。ここにいる我らで踏み込む」

 兄の箔に拘泥する性格である。己が道をただ歩いているように見えて世間体を恐ろしいほどに気にしているのが三十郎という男で、鉄面皮の裏には巨大な自尊心が積み上がっているのだ。そしてその迷惑をこうむるのがこの私、万太郎である。そもそも、我らだけで大利鼎吉らを襲撃し、もし成功してしまえば、我ら大坂組が多少なりとも力を持つことになる。そうなればいつ土方さんから危険視されて斬られるかわかったものではない。城代からも、奉行所からも、新選組からもにらまれる作戦。絶対反対だ。

「兄上、それはいささか無謀です。なあ、昌武」

 昌武はまた私の顔を見て眉をハの字に傾けたが、すぐに私の隣に目をやってより一層顔色を悪くした。兄が凝視していたのだ。まさに蛇に睨まれた蛙、弟は早くも陥落した。

「わ、私は、三十郎兄上がそうお考えなら、従います」

 ああ、また私は尻拭いか。

 兄は屯所内にいた阿部君と正木君を呼び出すと土佐藩士達の企みを淡々と伝え、ここにいる六人で斬り込みに行くことも伝えた。両者ともに狼狽していたが、大坂に来て初めての大仕事でもあるためすぐに気持ちを入れ替えて、阿部君なんかはこの時点で懐から鉢金を取り出して、頭にくくりつけていた。

「斬りこむのは私と万太郎、そして阿部と正木だ。昌武は旗を持て」

 昌武と他が「まあ、そうだろうな」という顔でうなずく。兄なりに、弟が武術に不向きな事を気遣ったのだろう。大坂新選組の旗は紫の布に白くダンダラが刻まれ、そこに金色の字で誠と書かれている。池田屋の報酬金で作らせたものなので、京にある朱色のものよりも出来は良が、大きさは一回り小さなものだった

「先生、いよいよ我らも新選組らしい仕事ができますね」

 嬉しそうに頬肉を上げて阿部君が私に寄って来た。しなくても良かったんだけどなあ、これからますます窮屈になる。

 そこでふと、私の隣で袴を持ちあげる正木君が目に入った。戦闘になった時に転ばぬように気を付けているのだろう。

「正木君、阿部君が無茶をやらない様に気にかけてやってくれ」

「かしこまりました、先生」

 この男は良いね、変に逆らわないから。

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