第6話

 兄上と昌武の相手をスエに任せて玄関へ向かうと、友人の谷川辰吉がいた。 辰吉は備前倉敷の生まれで、今は大坂で暮らしている。元々は私の道場の門人で、我ら三兄弟が入隊したのをきっかけに、同じく新選組に入隊した。彼は六番組長を務める井上源三郎さんと同い年で、新選組最年長の一人である。

「ま、万太郎先生」

 いつも呑気に笑っている彼だが、なぜだか今日は気分がすぐれないらしい。口元にもいつもの笑みが浮かんでいなかった。

「辰吉、いきなりどうしたんだい。頼んでた壺が割れのかい」

「実は大変申し上げにくいんじゃけどな。わいの友人が、ぞぞけが立つようなを言よーるんじゃ」

 彼が話そうとしていることが一大事であることは様子を見ればわかる。しかし彼の訛りと話し方がいつもの陽気な辰吉だから、どうせしょうもないことで慌てているんだろうと思い、私はついあくびをした。

「君の訛りは本当に直らないね。故郷を思い出すよ」

「懐かしんどる場合じゃねェんじゃ、でえれぇことが始まりょうとしょーる」

「じゃけえ、それが何なンか言うて聞きょーるんじゃろーが」

 おっと、つられてしまった。身内に聞かれていたら生きていけない。ともかくのんびりと話を聞こうとあくびを堪える私に、辰吉は口を震わせながら事の全貌を話し始めた。話が終わるころ、私は真っ青になって顎をがたがた振るわせて、逃げるように兄のもとへ走った。

「兄上、とんでもない話が二つございました」

 兄は先ほどの西洋茶碗で茶を飲んでいる最中だった。隣で談笑していたスエと昌武は私の慌てように閉口した。

「まずは兄上、先ほどの土佐藩と通じているという話。あれ、まことでございました」

「ぶ」

 兄の飲んでいた茶が絨毯にまき散らされるのを見て、スエが飛んで手拭いを取りに行った。

「先ほどのやり取りはなんだったのだ」

「ほんとすみません、無かったことにしてください」

「できぬ」

 兄がまた刀の柄に手をやる前に、私は兄にすりよってその腕を抑えた。捨てられまい、と男にすがる女みたいだが、見た目を気にしている場合ではない。

「兎に角、ここにその隊士を呼んでおります。ひとまずその者の話を聞かねばなりますまい」

 すると取り残された昌武が小さく私を呼んだ。

「あの、もう一つのとんでもない話というのは」

「兎に角、辰吉の話を聞いてくれ」

 私達三兄弟は辰吉を待たせている部屋へ急いだ。ちなみにそっちの部屋は普通の和室である。辰吉は兄の姿を見ると、百姓のように頭を下げて縮こまった。上座に兄が座ったので、私と昌武は阿吽の呼吸で兄の左右へ陣取る。

「辰吉、お前が酒場で知り合った男は、土佐の男に間違いないね」

 辰吉が顔をあげて、無精ひげにまみれた口元を阿部君に劣らず日焼けした手首でこすった。

「へい、間違いねぇです。あの訛りは土佐のもンじゃわ」

 兄上が目を細めている。ここで「謀反人め」と辰吉に斬りかかられてはたまったものではないので、慌てて擁護に回る。つくづく私は、いろんな方面へ気を使うものだ。

「此度はよく告発してくれたね。いやあ、天晴」

 さてこういうことを言っておけば、少しは兄上の顔色も。

 あ、だめだ、全然変わってない。こうなれば味方を増やさねば。

「君もそう思うだろ、昌武」

「えっ」

 思った通り、全身から汗を拭きだしてしどろもどろし始めた。

「昌武」

 そう微笑みかけてみると、なにをどう深読みしたのかはさだかでないが、昌武はすぐさま首を縦に振った。とはいえ、今回は兄上が辰吉を許すかどうかはさほど問題ではない。いや私が趣味の品を揃えるのが難しくなるから問題ではあるのだが。それはさておき。

「辰吉、その土佐の者が話していたことを教えてくれるかな」

 辰吉の口が震えているのは寒さのためだけではないだろう。これは我ら谷三兄弟だけが取り扱うには大きすぎる話なのだから。

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