第4話

「ご冗談でしょう、兄上」

「土佐勤王党の残党が大坂で新選組らしき人物と接触しているという話を耳にしている」

「昌武、なあ、私ってそんなことしないよな」

「万太郎兄上は昔から、強い人に媚びる所があるから……」

「いやいやいやいやいやいやいやいや、どれもこれも長州や土佐のやつらが流した虚報とかに決まってるじゃないですか。池田屋の騒動以来、やつら私らを目の敵にしてるんですよ? そんな噂ぐらい流しますよ」

「そう、総長もそう仰っていた。助けられたな」

「昌武、兄上は何を言ってんの? 意味が分からないんだけど」

「この情報が入るなり副長は万太郎兄上を斬れと息巻いたのですが、総長がどうにか宥めてくださり、一応様子見として私ら二人を送ったのです」

 他の隊士たちに任せると私の命が危ないとお考えくださったのね。やっぱり山南さんは仏だよ。しかし総長の思いとは裏腹に、兄は明らかに私を疑っている。そこまで私を斬りたいのですか、私がいなくなって一番困るのは兄上じゃないんですかね、あと昌武。

 いやしかし、無実の罪を着せられているのなら、何も怯えることは無い。焦らず兄上たち、ひいては京の新選組の気が済むまで調べてもらえばいい。だって何も出てこないんだから。

「兄上、そこまで私を疑うのならば、どうでしょう。今日私と話して、私に少しでもそのような素振りがあったでしょうか」

「あった」

「うそ、どこ?」

 兄上は空虚な視線が部屋のあちこちへむいた。見世物小屋で見た異国の蜥蜴のようで、その視線はツィーと私の顔に戻ってきた。

「この部屋はなんだ」

「私も気になっておりました、万太郎兄上」

 兄が機械仕掛けの人形のようにぐィっと首を私の鼻先目がけて突き出し、小さな声で「いつからだ」と呟いた。

「いつから開国を志す売国奴になった」

 昌武が真っ青になって、兄の右腕を掴んだ。その手の先は、刀の柄へ伸びている。同じく私も真っ青になっていた。

「いやあの、いやあの、あの、売国奴って何のことですかね」

「万太郎兄上、私から申しあげます」

 怒りで押し黙ってしまった兄に代わって、昌武がか弱く言った。私への緊張でせき込むその顔は、先程より青くなっていた。

「兄上の舶来好みですよ」

 しばしの沈黙。兄は怒りで押し黙り、弟は私に盾突いてしまったと怯え、私は呆れて言葉が出なかった。

 畳の上には少々色褪せた、赤い波斯模様の絨毯。そして三人が座り、囲んでいる英吉利の卓と椅子。床の間に飾られた仏蘭西の壺。

 私は大坂に来てから、西洋のものを極端に好む様になっていた。

「ここまで舶来の物に囲まれていてはその、攘夷を目指す人っぽくはないかな、と」

 こんな酷い世の中って、あるか。己が部屋すら自分の思うように出来ない世だなんて。部屋に自分好みの品を並べただけで、一族から殺されるかもしれないなんてあるか。

「万太郎。すぐに京へ行き局長らに詫びろ。そしてすぐに腹を詰めろ。谷家の名に泥を塗るな」

 はあ? フン、断絶されて藩から追い出された家に、家名もなにもあるものか。あの時、その性格を同僚に嫌われ言いがかりをつけられた兄上を助けるため、死ぬ気で皆に媚び諂って、なんとか切腹はしなくてもいいようにしてやったのは誰だと思ってんだ。

「己の部屋一つで切腹なんて、バカな話があるか。この馬鹿兄弟」と怒鳴りたかったが、この小心者には、唇を震わせる事しかできなかった。こういう時は自分が心底嫌いになる。不意に襖が開き、そこにはスエがいた。スエはまるで武家の娘のようにぱりッと目元を引き締めて、我らへ一礼した。

「兄様。これ以上、夫が濡れ衣を被るのは見ていられません」

 聞き耳立ててんなよ恥ずかしいなあもお。ああもおおお。

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