第2話

「先生、いつになったら浪士をとっ捕まえに行くんですか」

 耳にタコだ。何回説明すれば気が済むんだよ、このでこっぱち。

 この男は本名を阿部十郎といい、新選組の隊士であり私の教え子。融通の利かないアホ真面目で、いつも「さあ、見廻りに行きましょう」とダンダラ羽織りを着てやって来て、私にその気が無いことが分かると駄々をこねてしばらく居座る。

 十郎にとって新選組は「見回りをして街を守る組織」というシンプルな存在で、そのため彼の理論では新選組=見回りなのだ。

「言っただろう、今日は休みさ」

「そんな毎日、休みがあるもんですか。大坂の新選組は、先生に託されているんですよ」

 託された覚えなどないし、託されても困る。ならば託されないようにすればよいのだが、それは無理なのね。

 ことの発端は一月ほど前に遡る。土方歳三さんが「大坂にも新選組の旗を立てるぞ」と仰ったのが始まりで、その屯所として白羽の矢を刺されたのが、私の兄が経営していた大坂の道場・萬福寺だった。この話を持ち出された兄・三十郎が私をその屯所の筆頭に指名してしまい、私はこうしてここにいる。

 正直、新選組の失敗といえば、これだよ。私の上下には、阿部君以上の真面目男で感情に起伏の無い三十郎と、それが人間であればどんな理屈であれ怖がることができるという珍妙な特技を持つ昌武がいる。兄弟というのはその辺りが非常に巧くできていて、人と接することなく育ち周囲から蛇蝎の如く嫌われている者どもに挟まれて育った私は、いつしか彼らを支えるために様々な人間に気を使うようになっていた。そんな過去を持つ私が大坂の新選組を任された結果、どうなったか。どうもなってないよ。というより、何もしていない。

 なにせ、私らの他に大坂城代や町奉行所が存在するんだ。下手に目立つと「わしらの町はわしらが守る」と睨まれるのが必定。同士で斬り合うのもばかばかしいので、よっぽどのことが無い限り、見廻りを含め新選組の活動として出歩くのを控えさせている。十郎の思うような単純な職場じゃないんだ、うちゃあ。

 そういうわけで私が長になっている限り、新選組が大坂で名をあげることなど決して起こり得ないことなんだ。

「幕府の御役人にわざわざ盾突くこともないだろう」

 来るたびに教示してやっているはずだが、何故この男はそれに気付かない。

「先生、それを言えば我ら新選組もまた、会津藩御預の幕府の役人です。同じ幕府の役人たる者同士、皆で大坂の町を守ろうではありませんか」

「知るか」

 ただでさえ彼らは先日の池田屋騒動から、出る杭を打たんと鼻息を荒くしているんだ。そこに阿部君と同じく私の弟子兼平隊士の正木直太郎が廊下を歩く音が聞こえてきた。元々侍ではないので袴を穿き慣れておらず、廊下を歩くたびに布が床板を擦る音が聞こえるのだ。襖が開かれると、思った通り、やってきたのは色白で地味な顔をした正木が座っていた。真面目なところは阿部君と変らないが、こっちは私が逐一指示をしなければ大人しく座っている。いざという時には何の役にも立たないだろうが、上に立てつくことのない楽な人間だ。

「先生。お客様が来ております」

「はて、誰だろう」と首を傾げた私の隣で、阿部君がピンときたらしく笑顔になって、誠の字が彫られた鉢金を額に巻き付けた。

「奉行所の方ではないですか? 幕府の者として、供に見廻りへ行こう、ということですよ」

 お花畑め。友を遊びに誘うわけではないんだぞ。本来なら、ほら、私みたいにこうやって、青ざめるべきだ。考えてみろよ、奉行所が来たんだぜ? あっはっは。

 いよいよ出た杭を打ちのめしにやってきたんだ。妙な難癖をつけられてそのまま、と想像するや、私は阿部君を押しのけてスエのもとへ急いだ。

「スエ、暫く隠れていなさい。嫌な客人が来たらしい」

 スエが私の言葉に首を傾げた時、正木君が足早に私を追って縁側へ座った。

「先生、お客様は新選組の方ですよ」

 間抜けな声が鼻から抜けたと同時に、悪寒が背中を駆ける。案の定、正木君の後ろから背の高い尖がった目つきの男と、背の低い目の泳いでいる男の顔が見えた。それを見たスエは笑顔を振りまきながら、手拭いを片手に二人へ駆け寄った。

「まあ兄様、昌武。お久しゅうございます」と駆け寄ったスエだが、すぐに神妙な顔になって「誰か亡くなられたんですか」と、葬式帰りを見る目で二人を見つめた。

 スエを相手に、両者が慣れない笑みを浮かべて会釈した。

「いえ。弟の様子を見に」

 蛇のような眼を頑張って二ィと緩めた兄は、すぐさま染める前の手拭いの様な、あっさりとした表情になってこちらを見た。

「久しいな、万太郎」

 これだから晴れの日は嫌いだ。望まぬ客人が来てしまうから。

 私の名前は谷万太郎。新選組七番組長・谷三十郎の弟であり、局長近藤勇の養子・谷昌武の兄である。

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