8月 ①

「元、もうお昼でしょ。そろそろ起きなさい」

「ん、、。うん」

「友達の家にまだ行かなくてもいいの?」

「…うん」

「ちょっと買い物行ってくるから、留守番よろしくね」

そう言い残すと母は僕の部屋の扉をゆっくりと閉め、そのまま外出していった。

携帯電話の時計を見てみると、12時21分。

まだ寝ていてもいい時間だが、すでに三度寝していて寝ることも疲れてきたので、僕は重たい体を少しずつ動かして、お風呂場へと向かった。

何か大切な日や楽しみにしていたことが起こる日に、僕は朝からシャワーを浴びると決めている、特に理由は無いのだが、願掛けのようなものだ。

そう、今日は待ちに待った「計画」の実行日なのだ。


この「計画」を立案したのは響だった、高校一年の冬休みに響の家に3人で集まっているときに、不意に提案してきたのだ。

「俺たち3人で、どこか遠く離れた場所で一晩明かさないか」

という小学生の考えつくことに毛が生えた程度のものだ。

響が何に感化されてそんなことを思いついたのかは分からないが、僕とハルは当初全く乗り気ではなかった。

しかし、響の熱が冷めることはなく、3人で集まるたびにその話をするもんだから、最初の提案から三週間後には僕とハルもその「計画」を行いたいと強く望むようになった。

そこから3人で話し合った結果、車掌さんの力ではなく自分たちの力で目的地まで到達したい。という今思い返してもよくわからない理由で、移動手段も電車ではなくバイト代を貯めてみんなで原付バイクを購入しようと決めた。

こうなった時、十代男子の盛り上がりは止まらない。

あれをしたいこれを持っていきたいなど、様々なアイデアが浮かんでくるのだ、それに実行場所も決まった、僕たちの住む街からずっと北東の方向にある山のふもとの湖に面した森林公園だ、響が見つけてくれて、僕も調べてみたのだが、良い雰囲気で自然の中という感じの公園だった。

しかし、期待は高まるが通帳の数字は高まらず、経済的な問題から実行を高校二年の春休みから夏休みへと変更した。

佐々倉に「計画」のことを話したのもちょうどその頃だ。


冷たいそうめんで昼食寄りの朝食を済ませると、僕は荷造りを始めた。

先日にみんなで買い貯めた結構な量のお菓子と懐中電灯とレジャーシート、これら以外に僕が持っていくものは特に無いのだが、家族には佐々倉の家に泊まると伝えているので、適当に衣類もリュックサックに詰め込む。

「計画」のことを家族に伝えるのはやめておいた、万が一にでも反対されたら面倒だと思ったからだ。

そして、その言い訳に佐々倉の名前を使わせてもらった。

僕の母とハルの母は友人であるし、響は中学校からの友人だ、親同士も多少コネクトがあるだろう。

そのため、佐々倉の家に泊まりに行くという前提で「計画」の実行に至ったのだ。

佐々倉も名前を使わせてもらうことに二つ返事で許可をくれた。


集合時間の17時まで時間を潰さないといけないので、僕は全くの手付かずだった本を読み進めようと思った。

だが、やはり駄目だ。

内容に面白みを感じられず、二ページほどでやめてしまった。

人はこうなった時、自然とテレビのリモコンに手が伸びてしまうと思うのは僕だけだろうか。


「それじゃあ、いってきまーす」

「いってらっしゃい。運転気をつけるのよ」

この「運転気をつけるのよ」は約ひと月前まではなかった言葉だ。

家から集合場所の公園横の広場まで10分もかからない上に、時間に余裕を持って家を出たにもかかわらず、僕より先に響とハルは広場に着いていた。

「ごめん遅くなって、それとも2人が早すぎたのか」

「そうなんだよ、だから気にすんな。俺はちょっと前に着いたところなんだけど、ハルなんて1時間前からここで待ってたんだぜ」

「それ本当に言ってるの」

「なんかもうソワソワしちゃって」

「まあ、3人揃ったしぼちぼち行こうか」


道中に大型のスーパーマーケットへ立ち寄り、最後の買い出しを済ませて森林公園に着いた頃には、18時30分を少し過ぎていた。

約1時間半も運転して、響とハルにもちろん僕も疲労を隠せない様子だったが、駐輪した場所から少し歩いて湖のほとりにたどり着くと、そんなもの吹き飛んだ。

響が意味もなく叫びをあげ、ハルは思いっきり腰を伸ばした。

そのときに対岸からこちらにめがけて強い風が吹いていった。

人はこれを向かい風と呼ぶが、僕にはこの湖が歓迎してくれているように感じた。


もうすぐに24時を回るというのに、僕らの興奮や熱はおさまらない。

菓子類をつまみながら中学校の頃、高校、バイト先の笑い話や思い出話で盛り上がり、座っていることに疲れたら懐中電灯を手に公園を歩き回り、響が持ってきたウォークマンで音楽を流して適当に踊ってみせたり。

ここに着いてからは、ずっとこれらのことを繰り返し続けて飽きることがなかった。

しかし、日にちの変わる頃に、さすがに3人とも疲れ始めたので、少し黙ってなんとなく湖を眺めていた。

少しして僕は口を開いた。

「なんで大人はこんなに楽しいことをしないのだろう」

呟くような声だったが、2人には聞こえていたようだった。

「そりゃあ、したくてもできないんだろう。理由はよく分かんねえけど」

「大人になれば、もっと楽しいことがあるのかもね」

「本当かな……」
















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