第2話 桃太郎の鬼

↓あらすじ 知ってる人はスルーしてくださいね


むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。

おじいさんは山へ芝刈りに

おばあさんは川へ洗濯に行きました。

するとどうしたことでしょう。川の川上からおおきな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきます。

おばあさんはその桃を家に持ち帰って、いえ、それは窃盗ではありませんよ。

さあ食べようと割ってびっくり中から男の子が飛び出したではありませんか

おじいさんとおばあさんはその男の子を「桃太郎」となずけ、大切に育てました。

桃太郎はすくすくと成長し、ある日鬼退治に行くことを宣言しました。話が急に突飛したことには、触れないでおいてあげてください。

おばあさんは桃太郎にきびだんごを持たせ見送りました。

道中、桃太郎は犬、猿、鳥に出会います。

「ももたろうさんももたろうさん、おこしにつけたきびだんご、ひとつわたしにくださいな。」

「はいどうぞ。かわりにわたしのおともとしておにたいじにいきましょう。」

きびだんごひとつで命を懸ける戦いに行かされるとはなんて対価の不平等な就労契約でしょうか。いえ、彼らはそれについて訴訟を起こす気はないようなので続きへいきましょう。

桃太郎一行は近くの村でこんな話を聞きました

「ここのむらにはときどきおにがきて、わかいおなごやたべものをぬすんでゆくんだ。どうかももたろうさん、おにがしまへいっておにをたいじしてくれないだろうか。」

桃太郎は村人たちの願いをかなえるため、意気揚々と鬼ヶ島へ向かいました。


↓ここから 本編

岩がごつごつした薄暗い洞窟の中で少女の鼻歌が響いていた。

鬼が島の中心地、鬼のすみかの拠点とは思いがたい、まぎれもない人間の歌声だ。

俺は差し入れにもってきた干し芋を握りしめたまま、しばらくの間聞き惚れていた。

急に歌声は止まり、おずおずとこちらをうかがっている。

「びっくりさせちまったっけな。すまね。毎日毎日、魚や肉ばっかじゃ飽きるだろうから、今日はほら人間の村で干した芋とってきたんだ。どうだ、食わねえか?」

真っ青で毛むくじゃらな大きな手を少女の前に差し出して、ぱっと開く。

いつもとは違う人間の食べ物に少女は「ゆき」は喜んでくれるだろうか。

怯えたように身をすくめる少女の手前へそっと芋を置いてずいっと突き出した。

「遠慮するな、みんなお前んだ。」

恐る恐るながらも芋に手を伸ばして口に運ぶ少女を見て、思わず笑みがこぼれる。

なんて小さくて白くて愛らしい。

「青也、お前も好きだなぁ。言葉も通じねぇし、いまだに近づいてさえくれないあの子のどこがいいんだ。人間なんてやめて早くまっとうな彼女と付き合えよ。」

「いやぁ、いいんすよ、赤兄。俺は一生あの子の面倒見るって決めてんすから。」

あれは半年ほど前のことだろうか。

大きな獲物を深追いしてうっかり人間の住む村へ近づいてしまった時のこと、人間たちは俺を一目見るなり一目散に逃げていった。

それなのに、腰でも抜かしたか、一寸も動かずに俺をただ見上げている少女がいた。

「お前のことなんてみんなほっぽって逃げちまってらし。ひでえもんだな。」

抱きかかえても、少女は泣かなかった。

そして、誰も勇気を出して助けにこようともしなかった。

誰も少女の名を呼ばない。

「よし、おいらとくるか。つってもおいらも迷子なんだけんどもな。」

少女へ不器用に笑いかけた。

どこからかおいらを呼ぶ声が聴こえる。

「おーい、青也。こっちだ、こっちだ。んとにもう、なんだってそんなとこまでいってんだ、バカ。」


「おい、手の中のものはなんだ。お前まだそんな人間と話合えばなんだとか、言ってんのか。」

少女を連れていることに腹をたてた赤兄がこぶしを振りかぶった。

「違う。これは、これは・・・・。」

「勝手にしろ。もう返してくるわけにもいかねぇだろ。」

赤兄はそれ以上何も言わずにおいらの一歩先を歩いた。


半日かけて帰ってきた我が島へ少女を下ろす。

「今日からここがお前の家さ。ちょっくら大きな奴ばっかいっけどな、みんないい奴やけ、気にすんじゃねえぞ。」

地面へゆっくり慎重に下ろしたつもりだったのに、よろけて転んでしまった。けれど立とうとする様子もない。

「おん?どした?ありゃぁ、お前足が悪いんか。そんで厄介者にされたんだな。そうかそうか、怖えな人間てのは。」

俺が頭を撫でるのを少女は身を固くしたまま黙っていた。

彼女を「ゆき」と名付けて食事を与え、時には散歩にもつれていき、柄にもなく花をあげたりもしてみた。

最初仲間には笑われたが、俺が献身的に世話を焼く様子を見てようやく本気だとわかってくれたらしい。

しかし、どんなに世話を焼こうともゆきは一向に笑わなかった。

「やっぱり回りが鬼ばっかじゃつまんねぇか。」

そう思って、前の村から同じ年くらいの少女を何人か連れてきた。

彼女たちは輪をつくってひそひそ話込むが、ゆきはその輪に加わろうともしない。

では、と思って人間の食べ物をとってきた。

いつのまにか全部食べてくれて嬉しかった。

だから、また何度か盗ってきた。

話し相手になりそうな子も一緒に連れてくることもあった。

でも、やっぱりゆきは人間と仲良くしようとはしなかった。

決して、人間より俺がいいなんてなれなれしい素振りは少しも見せなかったけれどそれでもおいらが頭をなでようと手を伸ばしても怖がらなくなったから、それだけでよかった。

そんなある日のことだ。

「おい、なんか来るぞ。」

船に乗った異様な一行がこちらをにらみつけているのが見えた。


そいつらは島へ乗り込むやいなや刀を振り上げて鬼に切りかかった。

犬は脛をかじり、猿は身軽に飛び跳ねて腕をつかんで回す、雉はすかさず目玉を狙てつついた。

鬼の多くが血を流して倒れ、奴らは洞窟の奥から貯蔵してあった金品をごっそり盗み、泣きついた女どもをまとめて船に乗せると満足げ帰って行った。

これっぽっちの傷、舐めておけば治る。

たったひとりと三匹で出し抜いたつもりか。

無敵にでもなったつもりか。

かすり傷ひとつつけずにどうして帰れたと思う。

おいらたちは鬼だぞ。誰もがおそれをなして逃げる鬼だぞ。

まとまって牙をむいたら、ひとたまりもないんだぞ。

だからこうしてひっそりと、小さな島に集まってなりをひそめているというのに。

痛い。痛いぞ。刀傷が。

あちこちに転がった砂利が腕や背中に突き刺さって傷をえぐりまた顔がゆがむ。

やはりわかりあえはしない。

人間はみんな帰ってしまったか、あいつと。

ゆきもいってしまったか。笑って。

そうだ、ゆきはうまく歩けないんだった。

でも大丈夫だよな。あっちには英雄がいるんだったな。おぶるくらいはしてやってくれているよな。

おいらはゆきが大切にされていればそれでいいんだ。


「    」

小さい手がおいらを揺すっている。

この感触は、この香りは、間違いない。

「ゆき、どうして行ってねぇ。気付いてもらえなかったか?一生懸命歌えばよかったろう。連れてってけろって叫べばよかったろう?」

洞窟の奥のほうから必死に這って出てきたのだろう、着物のあちらこちらが黒ずみ、ほころんでいる。

そんなに辛いか。ゆき。

おいらは涙を止めてやれね。

「肩さ、乗んね?せっかく迎えがきたんだ。そこまでくらい運んでやるべ。」

ゆきが懸命に首を横に振っている。

「わりいなぁ。わかってやんねぇべ。なにがそんなに嫌さね。」

おいらの問いに答えようとはせず、着物の袖を力いっぱい引きちぎって、血が流れ続けるおいらの胸に当てた。

か細い腕を振り払えるわけもなく、滝のように溢れ出る涙が傷の上に何度も落ちる。妙に温かくて、心地いい。

どうしてゆきがこんなことをするのかわからない。

鼓動と共に噴く血を一滴でも止めようとしてくれているのだろうか。

まさか、おいらを心配して泣いてくれているのだろうか。

そうだったら


嬉しいなぁ


でも、泣いているゆきを見るのは悲しいなぁ

「着物が汚れてしまうだよ。おいらは大丈夫さ。だから、ゆき、笑ってくれ?」



****

「村人のみなさん。安心してください。僕たちが鬼を退治してきました。」

村へ帰った桃太郎たちがそう言うと、村人たちはたいそう喜びました。

「ありがとう。これでやっと平和にくらせるわ。」


本当にそうでしょうか。

本当に鬼は退治されたのでしょうか。

本当の鬼は誰なのでしょうか。


お話のさいごは めでたしめでたし でありますように







「だぁから、言っただよ。鬼の治癒能力なめちゃなんねって。ゆきは、為して怒ってるさ。頼むから、笑ってくれー!」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る