第17話.答え
天は高校を卒業し、ギリギリになって決めた県内の福祉大学に進学した。
何を思ったのか、作業療法士になりたいと突然言い出した時は驚いたが、新奈が言うには悠生の助言もありその職業に興味を持ったらしい。
――あれから、4年。
俺は大学を卒業し地元の中学校で体育教諭をしながら、ボランティアで亮おじさんの体育教室にもたまに顔を出していた。
触れる空気がようやく暖かさを増し、水分を含んだ風が通り抜けて草木を揺らす。
まさに麗らかというにふさわしい昼下がりの公園。
抱っこしていた子どもが突如泣き出し、慌ててあやしてみるが、一向に終息する気配がない。
「佑李パパは下手でちゅねー」
「おい!」
おいで、と彼は軽々子ども抱き上げ、ものの数秒で泣き止ませた。
「誰がパパだよ、悠生」
「佑李もそろそろ練習した方がいいと思ってさ~」
「は?」
悠生は慣れた手付きと赤ちゃん言葉で我が子をあやしながらベンチに座る。そろそろ1歳になる子はもちろん悠生と新奈の娘。
「佑李は絢斗の面倒見てた割には子どもあやすの下手だよな」
「余計なお世話だ」
「まぁまぁ。で、どうなの?」
「何が」
「わかってるくせに。天ちゃんこっちで就職決まったんでしょ?」
「まぁ。頑張ってるみたい」
天は国家試験に合格し、俺の母親が勤めている大学病院に就職が決まったばかりだった。
しかしここしばらく会えていない。
社会人になったばかりということもあり、天も疲れているだろうし、俺自身も多忙ですれ違いの日々が続いていた。
「天ちゃんの仕事って大変そうだしなー」
「お前か奨めたんだろ?」
「違うよ。俺は、自分がお世話になった理学療法士や作業療法士っていう仕事もあるって教えただけ。俺が奨めたのは義肢装具士。俺の担当になってくれないかなーって!」
「は?てめぇ、」
イラ、として隣の悠生を見たが、彼の腕の中で安心しきって寝息をたてる幼子を見て声を落とす。
「冗談だよ、怖い顔するなよなー。佑李のせいでもあるんだから」
「俺?」
「そう。作業療法士は、体だけじゃなく精神的な面でのケアも必要とされる仕事で、俺は当時、生きがいを見つける手伝いをしてもらった。天ちゃんはきっと佑李が未だに走れないこと気にしてるんじゃないかな?」
「未だに、って強調するな。…体が鈍ってるだけだ」
「ほう。よく言うなー俺にも勝てないくせに」
「うるせぇ。そんなことない」
「じゃぁ勝負してみる?」
「あ、いや…」
そんなこと本当に忘れていた。
悠生の足のことで罪の意識から走ると体が硬直し震えが止まらなくなっていた。
けれど、流しながらのランニングや生徒に手本としてスタートダッシュくらいは見せることもあるが、真剣に勝負をする場面などなかったし、する必要もなかったから実際走れるかどうかもよくわからない。
天はそんなことを気にしていたのか。
「あいつらしいな」
「その愛しい彼女にこれから会うんだろ?」
「霊園で待ち合わせしてる」
「そっか。てか、どうした?そんなマジな顔して…佑李、まさかお前」
「あぁ。まぁな」
「別れ話か?」
「違うだろ、この流れで!…逆だよ」
言った途端思わず頬の辺りが火照るのを感じた。
「悠生たちのように子どもとかはまだ考えられないけど…」
「良かった良かった!」
悠生は大げさに目を潤わせて喜んでいる。
「まだ決まったわけじゃない」
「天ちゃんの答えなんて決まってるだろ?」
「さぁな」
天の気持ちはまだわからない。
あいつも夢を見つけ頑張っているところだから、邪魔はしたくない。今はまだ、と言われるかもしれない。
けれど、一緒ならもっと力になれることもあると思うから。
天に気持ちを伝えるまでずいぶん遠回りをして待たせてしまった。
今度は、俺が待つ番。
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