第14話.再会?

 卒業して、1年と少し。 

 また夏がやってきた。

 去年の夏休みも地元に帰ってきていたが、今年もバイトに絢斗の遊び相手に忙しい。

 天には県外の大学に行くからもう会えないと言っておきながら、実際は連休があればすぐ実家に帰ってきていた。

「ねぇ佑李、天ちゃんには会っているの?」

「いや」 

「そう」

「えー薄情な奴。俺もだいぶ前にバッタリ会ったくらいで全然会ってないな~会いたいなぁ天ちゃん」

「天、天ってうるせーな」

 新奈と悠生が立て続けに迫ってくる。真剣に答えたところで彼らにはきっと伝わらないから適当にあしらう。

 そこに、お菓子と飲み物を持って部屋に入ってきた絢斗。

「はる兄ーお菓子持ってきたよ」

「おーさすが絢斗。本当に気が利くよな」

 悠生がチラッと俺を見る。

「悪かったな!気が利かなくて」

 小さな笑いが起きる。

 そんな他愛のない日常がとても嬉しい。

 絢斗とテレビゲームをする悠生がいて、悠生と口喧嘩する俺、それを見ている新奈がいて。またこんな風に昔のように穏やかな時間を過ごせるとは思っていなかった。

「つーか、俺これからバイトなんだけど…」

「いってらっしゃーい」

 悠生、新奈、絢斗が声を揃える。

「いやいや、ここ俺ん家。いつまでいるわけ?」

「大丈夫だよ、絢斗は任せとけ~」

 またこんな風に悠生と話せる日がくるとは思っていなかった。

 これも全部天のおかげだ。

 彼女のお節介が俺たちをまた引き合わせてくれた。だから彼女には、本当に幸せになってもらいたい。



 外に出ると今朝から降り続く雨ですっかり地面も草木も潤い、和らいだ暑さに救われる。

 バイトに行くまでに汗だくになっていたいつもと違い、傘をさして悠然と歩ける。

 公園を過ぎて角を曲がろうとした時、呼ばれた気がして何気なく目をやると…遠くに見えた小柄な女の姿。

「天…?」

 会わないように心掛けてきたのに、彼女が目にとまった瞬間、溢れ出る不思議な感情。

 見て見ぬふりをして、俺は逃げるように先を急ぐ。

 すぐにわかった。何も変わらない彼女。まだ離れて1年と少しだから当たり前か。

 俺を見て、何を思っただろう。

 俺のせいで兄を失うことになったのだから、思い出させることでまた傷付けてしまうかもしれない。

 卒業してすぐの頃は連絡がきたりしていたが、一切応じなかった。

 会わなければ、傷口がまた開くことはないだろうと。

 急いで路地を曲がり、遠回りをして小学校の近くまで早足で来た。

 さすがに追っては来ないだろう。

 そもそも気付いていないかもしれないし。

「先輩?」

 しばらく歩いたところで、今度は男の声に呼ばれ立ち止まる。彼は玄関先から傘をさして出てきて、

「やっぱり、奏多先輩だ」

「あ、おぉ、久しぶりだな」

 これまた微妙な奴に会ってしまったとテンションが下がる。

「こんなとこで何してんだ?海吏」

「いや、俺ん家なんで、ここ。先輩こそどうしたんですか」

「俺は、これからバイト」

「へぇ。帰ってきてたんですね」

「まぁ、な」

 さっき天を見かけたばかりで心が少々みだれている今、なんだか海吏に責められている気がして一刻も早く立ち去りたかった。

「じゃぁ、俺急いでるから」

 見抜かれないうちに逃げようとすると、

「先輩」

「なんだよ」

「先輩の助言通り、俺、天と付き合ってますから」

「そっか。…よかった」

「なんか、上からですね」

「あ、悪い。そーいうわけじゃないけど」

 本当に素直な気持ちが出てしまっただけだった。海吏とならきっと、彼女は幸せになれると思ったから。

「先輩はどうなんですか?」 

「俺はべつに。……すべて清算したよ」

 女性関係はいろいろ修羅場もあったが、面倒事はなく、今はキレイさっぱり。そういう気にもならない。

「でも、天はきっとまだ先輩のこと忘れてないと思いますけど」

「は?何言ってんだよ」

 たとえそうだとしても、海吏といれば大丈夫だから。

「あいつは、言いたいことはハッキリ言うし、お節介だしめんどくさいし、単純だけど……でも、素直で泣き虫でさみしがり屋だから、」

「だから大事にしろとでも?」

 海吏は白いビニール傘で表情を隠すようにして続ける。

「ただの遊び相手だった割に、ずいぶん詳しいんですね」

「あ、いや、あいつは…恩人だから」

 悠生と新奈とまた3人で笑い会えるのも、新たな将来の道を見つけられたのも、天がいたから。

 だから、これからはいつも笑顔でいてほしい。

「本当に、それだけですか?」

 今度はしっかりと俺の目を見て、まばたきもせずに言った。

 後ろめたさなど少しもないはずなのに、なぜか素直に受け止めることができず、視線を反らさずにはいられなかった。

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