第13話.真実
テスト期間が終わり、もうすっかり冬の気配。
久しぶりの部活は朝からのひどい雨により、図書室前の廊下で基礎練中心に行われた。
顧問の先生が産休に入り、全く陸上経験のない新米先生が代わりに顧問になってはいるが、名ばかりで決まった練習メニューをこなすだけの毎日。
それだけでは、部員たちのせっかくの才能が台無しだ。
変わりに引退した3年が交代で指導することになったがほとんどが受験勉強で忙しく、俺か元部長に一任されていた。
冬の部活は基礎練ばかりでなめている奴も多いけどこの時期の鍛練も重要になる。
そして部活終わり、図書室で静かに来週からの練習メニューを考えていた時、
「お疲れ様です奏多先輩!まだ帰らないんですか?」
「おう!お疲れ」
陸上部マネージャーの朝希ちゃんが駆け寄ってきた。ちらっと入り口の方を見ると、こちら伺っている人影も。
天はあれで気づかれてないと思っているだろうか。
「俺は来週の練習メニュー考えてたとこ」
「大変ですねー。私たちも男子に片付けを押し付けられちゃってー」
「そりゃ最低だな。後は俺がやっとくから、帰れ帰れ」
「えーホントですかぁ?先輩ありがとうございます!でも悪いんで~後は天とふたりでお願いしまーす!!」
言うだけ言って彼女は走り去る。走ってきたのに天を押し付けすぐに消えるなんて、迷惑な話だ。
「は?朝希ー?」
とまたもや彼女に置き去りにされた天は、気まずそうに、恐る恐る俺を見た。
そんなに警戒しなくても。
やれやれとため息を漏らしつつ立ち上がる。すれ違い様に天の頭に一発、
「痛っ」
「ボケ、としてんな」
「は、はい」
彼女と一緒に部活で使った備品を片付け、部室まで運ぶ。
数週間前、練習中に足をケガした天だが、もうすっかり本調子のようで安心した。
「もうケガも大丈夫みたいだな」
「うん」
「テスト期間中もちゃんと筋トレしていたみたいだし」
「もちろん!ちゃんと言われた通りにやってましたよ、奏多先生」
なるべく天とは距離を置いていたが、部活中は別だ。指導者として彼女が成長していく喜びも感じるし、もっともっと上を目指してほしいと思う。
だから、元短距離選手で体育教室をやっている亮さんからももっとたくさん学びたい。
「来年は大会に出られるといいな」
「うん」
1階に降り、グラウンド脇の部室までの間、つい昔のように他愛のない会話で盛り上がってしまった。
外はまだ、雨が降り続いている。部室まで走ればすぐだが、
「あ、部室のカギ忘れた。取ってくるからちょっと待ってろ」
彼女を置いて職員室に急いだ。
しかし、顧問に部室のカギは1年男子が持って行ったと言われ、急いで部室に戻る。
雨だから校舎の中で待ってろ、と言ったのに彼女の姿がない。
慌てて部室まで行くと、部屋の前で雨に打たれながら佇む天の姿。彼女はドアを開けようと手を伸ばすが、何かに気づいたのかその手が止まる。その顔は今にも泣き出しそう。
部室の明かりがついている。おそらく中にいるのは、サボっている1年男子たちだろう。ちゃんとした指導者もいなく、ろくな練習もできなければ腐る奴もでてくるはずだ。
天の悲しげな表情から察するに、部室内で何が起こっているかだいたい想像はつく。
しかし天は、さっきまで浮かない顔をしていたのに今度はなぜか頬を叩いて気合いを入れ始める。そのまま部室に乗り込むつもりだろうか。再びドアに手を掛けた彼女に、
「やめとけ」
「え?…奏多」
手を掴んで引き止める。
「いいから、下がれ」
「ちょっと!」
「大丈夫だよ」
心配そうな天を見てから、俺は勢いよくドアを開けた。
「よー!サボり組~元気か?」
「…か、奏多、先輩!」
中にいた数人の1年は、声を揃えて恐れおののいた。やはり俺の悪口で盛り上がっていたようだ。
「やる気のない奴はやめてもらって結構。でもな、少しでも上達したければ明日からしっかりやれ。俺が保証する」
「…あ、いや、今のは」
「なんなら、女の口説き方も教えてやろうか?」
「いや、あの…すみませんでした!」
おどおどしていた彼らは、急にシャキッとして転がるように部室を出ていった。
「逃げ足はや」
「何で怒らないの?」
「怒っても仕方ないだろ」
「でも」
「風邪引くぞ。着替えて帰れよ」
先ほどよりも強まる雨足。天がカーテンの向こうで着替えている間は雨宿りがてらここで待つことにした。
「奏多ならキレると思った」
「俺は単細胞か?」
ロッカーとカーテンだけを隔てた向こう側に言葉を投げる。
「あいつらは、何も間違ってないし、事実だから仕方ないだろ」
「事実じゃないよ!」
突然シャーッとカーテンが開き、天が走って来た。
「奏多はすごく教えるのうまいし、おかげで私は成果が出てるよ。奏多がやらなきゃいけない訳じゃないのに、メニューも一人一人考えてくれてるし本当の先生みたいで…」
「すごいな、天は」
必死で訴える彼女は、着替えの途中だということを忘れているのだろう。ワイシャツのボタンがまだ半分以上開いていた。
やはり誘ってるとしか思えないが、彼女は違う。ただ目の前のことに必死なだけ。いつも真剣。
「やっぱおもしれーわ。……ありがとな。でももういいんだよ」
「どうして?」
「うるせーな」
「もしかして、あの『罰』ってやつ?」
「え…どうして、それを」
まさか、天の口からそれがでるとは。
「教えてよ!」
「罰って何なの?どうして走れなくなったの?」
「関係ないだろ」
「あるよ」
「うるせぇ」
「お願い!」
ぐい、と掴みかかる勢いですがり付くように懇願される。
「天?…いつからお前はそんな大胆な女になったんだ」
「へ?」
「ちゃんと頭拭け」
濡れた頭にタオルをかけてやる。自分で使おうと思っていたけれど、今はそれくらいしかしてやれないから。
「あ、ありがとう」
「色仕掛けならやめとけ。効果なし」
大胆に胸元が開いていることを教えてやり、俺は長椅子に腰を下ろす。
「は、早く言ってよ!」
赤くなって慌ててボタンをとめる天。
俺の悪口を言われてなぜ天が怒るのか。あんなに冷たくあしらったのに、なぜまだ関わろうとするのか。
わからない……
「悠生のこと…新奈から聞いてるだろ?」
「え?あ、うん。少し」
「事故のことも?」
「うん」
俺は悠生のことを天に話した。
他の誰かに話したことはなかったけれど、彼女には言うべきだと思った。
ゆっくりと。
最低で救いようのない俺の過去を知ってもなお、天は俺を優しく呼びそっと頭を抱き締めてくれた。
「離せ」
つい、この優しさに甘えてしまいそうになる。つい、この温もりに埋もれてしまいたくなる。
でもそれだけは許されないから。
「イヤ。それでも私、奏多が」
「違うんだよ!それだけじゃないんだ」
すべての誘惑を振り払うように立ち上がり、更なる罪を吐露する。
天が兄を失うことになった理由。天が今も哀しみに苦しめられている理由を……すべて俺のせいだから。
「天?」
すぐに受け入れられなくて困惑する天。
彼女にはきっと辛すぎる事実。少しでも衝撃を和らげるために彼女から離れ、辛く当たることで最低な人間だとわかってもらいたかった。
少なくとも好意だけは持って欲しくなかった。憎んで恨んで罵ってくれたなら、どんなに楽か。
けれど、今の今まで告白できないでいたのは、自分の甘さ。このまま隠し通すことができたなら…罪をなかったことにし、天に愛されたままでいられたなら…なんて弱さ故に思ってしまったことも事実だった。
「おい、天……大丈夫か?」
当然ながら、差しのべた手を拒否される。
「さっき言いかけたこと、これでもまだ言えるか?」
「え?」
兄を失う事になった原因が俺にあると知ってもまだ、俺が好きだと言えるだろうか。
「これでわかっただろ?――俺に関わらない方がいい理由」
怯えたような目で俺を見る天。そうだ。今までだってこうやって誰かを傷つける事で自らの痛みをごまかしてきたんだ。
最低なグズだってことをいつから忘れていたのか。
その時、
コンコンと部室の戸を叩く音がして、
「天、いる?」
声の主は、海吏。
その声に彼女は答えず、俺を見た。感じる視線は無視せざるをえない。
「天?」
「は、はい。今着替えてるとこ」
再び呼ばれてようやくドアの向こうに応える天。
「良かった、まだいてくれて。一緒に帰ろうと思って」
「あ、えーっと」
なんて答えようか俊巡している天に、
「早く行け」
外の海吏に悟られぬよう、小声で言う。
一刻も早く消えてほしかった。このままでは、自分を保てない。色んな物で補強し、塗り固めてきた壁が壊れかねない。
「でも…」
「いいから」
傍にいてほしい、と本音が出てしまう前に、俺は天を追い出した。
――そして3月、俺は高校を卒業し、地元を離れた。
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