第12話.彼女の声

 なんとなくで夏休みが終わり、陸上大会も顔を出さないままに夏が過ぎ、俺たち3年は引退した。

 どちらにしても文化祭準備で忙しく、それほど変わらない慌ただしい日々が続いていた。

 俺は今年もなんとか面倒に巻き込まれないようにと小さくなっていたのに、実行委員の新奈に捕まり色々と手伝わされていた。

 今日は、新奈に言われ各クラスの企画書を回収してまわる。本日の締切りを必ず守ってもらうようにとやんわりと遠回しに言われたが、ようは遅れているクラスには脅しをかけてこいということ。

 几帳面な性格の彼女の必ずは、だ。サボるわけにはいかない。

 が、だんだん面倒になってきたところにちょうどかわいい子発見。

「奏多先輩!何してるんですかぁ?」

「おぉー久しぶり」

 この間遊んだふたり組の片割れ。あれから彼女とは何度か深い付き合いをしていた。名前は…慌てて名札を確認する。

「ゆみちゃん」

「ゆうみです」

「そうそう、ゆーみちゃん。今文化祭の企画書集めてるんだけど、もう大変でー」

「お手伝いしますよ」

「お、助かるわー。後は1年だけなんだけど…提出まだなのは1組と3組だな」

 新奈から預かったメモを見ながら3階に向かう。

 部活を引退してから筋トレすらしなくなったため階段もちょっとキツイ。

 さすが若い女子はすたすたと余裕で上り、遅れている俺を手招きしながら小声で呼んだ。

「ん?」

「先輩静かに!」

「どうした?」

 声のボリュームを落として聞くと、

「3組の子、ちょっと取り込み中みたいですよ?」

 1-3の教室の前で、彼女がドアを指差す。耳を澄ますと、女子のすすり泣く声がする。

 そしてもうひとり、

「何で、泣くの?」

 男の声。

「泣いてなんか…」

 と、涙声。

 放課後の教室に男女がふたりきり。しかも女子が泣いている。とても良いシチュエーションだけれど、

『天』

『見ないで』

 知っているふたりの声がする。

 ドアから覗くと、窓際の席で手を握り合う天と海吏の姿。

 海吏は言葉を探して探してようやく、という感じで話し出す。

『もう、やめなよ』

『え?』

『そんなに辛いなら、先輩のこと忘れなよ』

 天の表情は見えないけれど、俯いた顔が僅かに上がったように感じる。

 見つめ合うふたり。

『いや、違うな。そんな事言いたいんじゃなくて…せめて俺といる時だけは、考えなくていいようにするから』

『海吏…』

 泣きながら俺を求める同じトーンで、彼を呼ぶ天。

 彼は天の頭を優しく撫でる。

『ごめん、慣れてなくて…正直どうしたらいいか、わかんない』

『ありがとう』

 そうして海吏は天にキスでもしただろうか。

 胸の奥の方がざわつく。もう見ていたくなくて、

「行こうか」

 俺は隣で一緒に聞き耳をたてていたゆーみちゃんの手を握り、その場を離れた。

「先輩?あのふたりキスしたと思います?」

 小声で楽しそうに聞く彼女に、

「するだろ、フツー」

 適当に答える。

「えーいいなぁ」

「そう?じゃぁ俺たちも、しようか?」

「え?…はい。私、先輩のこと…」

 上目遣いに見つめてくる彼女の手を引き、適当に空いている教室に入った。誰も残っていないのを確認してから、ドアを閉める。

「俺にはそーいうのいらないって前に言ったよね?」

 面倒はいらない。それでもいいなら遊んであげると。

「ごめんなさい」

「で?どうするの?」

 後腐れがないように同意を求めると、すぐに抱き着いてきた彼女。

 何か言いたそうだったけれど面倒だしキスで遮る。それだけではとてもこの感情の高ぶりを抑えられない。

 声を出すなよ、と指示をしてから彼女を机の上に押さえ付けて自由を奪う。首元に顔を埋めて、ずらした下着から出た胸までをひとつひとつ唇で確かめるように舌でなぞる。その度に熱を帯びた身体がビクビクと小さく震える。

 しかし愛を囁かれても、わざとらしく声を出されても、腰を浮かせるほどに求められても、萎える一方で苛立ちが増す。

「くそッ」

「先輩?どうしたんですか?」

「うるせーよ。黙れって言ったろ?」

「ご、ごめんなさい」

 彼女は一度起き上がり、俺の足元に膝をついてズボンに手をかけた。

「私が、」

 これは俺が望んだことだ。

 天を遠ざけ海吏を煽り、ふたりがああなることを望んだ。

 あの涙も、俺のせい。

 いつもいつも泣かせてばかりいたな…

 初めて抱いた、あの時も。

 天の泣き濡れた顔、必死でしがみついてくる細い指。俺を呼ぶ、声。

「せんはい?」

 彼女は口内いっぱいに含んでいたモノを離し、

「なんか、急に…」

「誰がやめていいって言った?」

「え?」

「あーもういい」

 ようやく、体も言うことをきいてきた。

「立て」

 何度キスを交わしても引かない熱を持て余し、億劫な前戯も省いて早々に足を割る。

 潤んだように蕩けた瞳から逃れるように今度は彼女を反転させ、机に手をつかせると後ろから有無を言わせず突き上げる。

「ひッ」

 逃げようとする身体を抑えつけ、耳元で囁く。

「まだ終わってねーよ。俺が好きなんだろ?」

 あいつの事を考えるだけで必要以上に猛り立つモノを気持ちと共に沈め込む。

 重ねた唇から熱い吐息が漏れ、動きに合わせてよがる声の間隔も短くなる。

 彼女が上り詰める寸前で止めて、焦らす。

「誰がイって良いって言った?」

 何度彼女に俺を呼ばせても、海吏を呼んだあの天の声が頭から離れない。泣き顔が消えない。

 女の涙などなんとも思ってなかったはずなのに。

 俺なんかが誰かに好意をもたれて良いわけがない。そんな想いを蹴散らし踏みにじって傷つけることしか、俺にはできないから。


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