第9話.弱さ
「なー
「なんすか」
「何でキレてんだよ」
「先輩のせいで天と気まずいんですよ」
図書当番の仕事をしながら、さっきからずっとむくれている海吏。
「それは知らん。お前が勝手に歯の浮くような台詞で天に告白したのが悪い」
「先輩が煽るから」
天と同じクラスの彼は天に片思いをしているらしく、勝手に俺をライバル視している。
「昨日のあれはウソか?『じゃぁ俺がもらってもいんですね?』だっけ?」
「あーもぉやめてくださいよ!まぁ、気持ちは本当ですけど」
「だったらしっかり捕まえとけ」
「でも天は、先輩が」
「うるせぇな。天の意思なんて関係ねーんだよ。これだから童貞は困るわ」
「な!ち、違いますよ」
全力否定して、耳まで赤くする海吏。
「悪いけど、天はもう処女じゃねーから」
「は?そんなこと!…つ、付き合ってれば、まぁ当然ですから…」
「いや、そんなんじゃねーよ。嫌がってたけど、俺が無理やり」
「は?」
「でももういらないから。…何回かやったくらいで彼女面されても面倒だろ?だから、お前にやるよ」
バサバサ、と彼が持っていたはずの本が床に落ちたと思ったら、
「ふざけんな」
俺の胸ぐらを掴み、利き手をグーで振りかざす海吏。
「やれよ」
意気込みは誉めてやるが、睨み付けると握り拳が震えだし明らかに動揺が見てとれる。
さっさと殴れば良いのに…弱いからなのだろうか。海吏は本当にお人好しだ。
「できねーくせに正義感だしてんじゃねーよ!……好きなら、離すな」
完全に力が抜けた彼の手から逃れた時、コンコンと図書室のドアがノックされ、海吏は掴んでいた胸ぐらを離す。
「佑李」
おそらく一部始終見ていた新奈が入ってくる。
「お取り込み中ごめんね。先生が呼んでるわよ」
「おーちょうど良いところに来た」
俺は新奈の肩を抱き寄せ海吏に見せつける。瞬間、彼女は明らかに嫌そうな顔をしたけれど、何かを察してすぐに俺に合わせてくれる。
「俺は誰かひとりを特別にできないわけよ」
「っ!」
海吏は悔しそうに拳を握りしめ俺を睨む。
彼は決して弱い男なんかじゃない。
こんなことでいちいち熱くなれる彼はまだ純粋で優しい奴なんだろうと思う。
だから、彼にならきっと。
「ちょっと佑李、いつまでこうしてるつもり?」
図書室から渡り廊下を通って教室の前まで来た時、新奈の肩に回していた腕を振り払われる。
「いい加減私を縁切りの口実に使うの、やめてくれる?」
「なんだよ、別にいいだろ」
「まぁ、いいけど。……天ちゃん、元気なかったわよ。何かあったの?」
「べつに。遊ばれてたことに気付いただけじゃねーの?だから女ってめんどくせーんだよ」
「その女で生かされてんのはどこのどいつよ」
「は?」
「汚して泣かせて傷つけて…俺も傷ついてんだよ、辛いんだよってわかってもらいたいんでしょ?…弱さの裏返しね」
「今日はやけにしゃべるね、新奈。なんかあった?」
「何もないわ。ただ、佑李が自ら嫌われようとしているのなんて見ていたくないだけ。…天ちゃんじゃダメなの?」
「……放っとけよ」
「そ?…今日、部活は?」
「バイトだから」
「先生が探してたわよ。選考会の件で」
じゃぁね、と踵を返した新奈。
彼女の言うことは正しい。俺はまるで子どものようにすべてを丸投げし、ただそこで泣いているだけ。
「もうやめてくれよ、新奈まで」
背中にぶつけた本音はほとんど声になっていなかったかもしれない。
「ダメなんだよ、俺はもう、走れない」
「佑李?」
振り返った新奈は、俺を優しく抱きしめてくれた。
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