第6話.赤い花

 雨は嫌いじゃない。

 一番好きな空を隠してしまうけれど、もともと俺には曇った陰気な空がお似合いだ。

 だから、憧れる。青い空に。

 けれど、あまりに濃すぎても眩しすぎて消えてしまいそうだし、薄すぎても癒されない。

 その間くらいならきっと……。

「佑李お疲れさん、今日はありがとな。助かったよー」

「俺でよければいつでも使ってよ」

 週に一度小学校の体育館を借り、子どもたちに体育教室を開いているりょう叔父さん。

 たぶん、40半ばだと思うけど無邪気な笑顔は少年のよう。

 スタイルもよく気さくな爽やか中年ってことで生徒の母親たちからも受けが良い。

 親父の弟だけど、ろくでもないあいつと違って昔からよく面倒を見てくれた。両親が離婚してからも亮さんだけは今でも俺たち兄弟を気にかけてくれている。

「人手不足で困ってたとこだけど、佑李に頼ってばかりもいられないからな」

「気にしないでよ」

「いやいや、無理すんな。他にもバイトしているんだろ?」

「まーね。でも亮さんの頼みならいつでも来るよ」

 絢斗にとっては父親みたいなものだし、俺も昔から何をやってもかっこいい亮さんに憧れていた。

 亮さんの影響で陸上を始め、16歳になってすぐバイクの免許も最短で取った。

 俺が陸上の大会で2位だった時も泣いて喜んでくれた。2年連続の2位。最後の大会こそは、と思っていたし、期待もされていたのに…俺はもう、それに答えられない。



 小学校からの帰り道。通りかかった霊園にふと立ち寄る。

 粒の小さな雨が音もたてずに傘を濡らす。

 一度しか会ったことのない人のお墓。どんな人物かもよくわからないけれど…俺のせいで死なせてしまった忘れてはならない人。

 そして唯一、俺が俺でいられる場所。

 雨の日は人気もなくて静か。お盆やお彼岸などは人や花で溢れているけれど、それを過ぎればまばらに花が供えられているだけで侘しささえ感じる。

 しかし彼の墓だけは、たまにふらりと寄ってみてもいつもキレイで花も新鮮なものだった。最近は、赤い花が多い。名前は知らないけれどユリのような大きめの花で鮮やかな赤。

 俺の傘から滴った雨粒が落ちる度、ぴん、と花びらで弾いてその身を揺らす。

「また来てしまって…すみません」

 ここへ来て何をするわけでもなく、しばらく立っているだけ。けれど自然と心が軽くなり涙が溢れてくる。なぜか背中を押されているような温かい気持ちになるから。

 その時、霊園の入り口に水色の傘が見えた。

 近付いてくる人影から逃れるように、俺は反対から遠回りをして霊園を出る。ここでは人に会いたくない。

 雨でも霊園に来るは人はいるんだなと、少し気になって傘の方を向くと、その人は赤い花を抱えていた。うつむき加減で顔はよくわからないけど、若く長い髪の女性だった。

 あの花だ。いつもえにしさんの墓に手向けられている花。

 ということは、あの人は縁さんの家族?恋人?

 そうだ…彼にも家族がいた。恋人がいた。俺はその人たちから彼を奪ったんだ。

 だから、彼が俺の背中を押してくるはずがない。きっと罪から逃れたくて、許されているかのように思いたいだけだったんだ。

 俺なんかにここへ来る資格などないのに。ここへ来て謝罪する度、罪が軽くなるような気がしていた自分に気づいて、吐き気がした。

「本当に…最低だ」

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