第4話.渇き
図書室の隅に追い込むと、逃げ場がなく観念したのか、急に大人しくなる。
「今さら何?ま、そーいうのも嫌いじゃないけど」
顎を軽く掴んで引き寄せると、ガチガチに引き結んだ硬い唇が触れた。焦らされるのも面白いけれど、段々面倒くさくなり苛立ちに変わる。
「おい、ふざけてんのか?天」
「だ、だって」
「だってじゃねーし」
女なら見境のない俺なんかを本気で好きになる奴はまずいないだろう。面倒事は極力避けたいし、女なんて遊び相手くらいがちょうど良い。
「お前も俺と付き合うくらいだから、慣れたもんなんだろ?そうやって今まで何人落としてきたんだよ…なぁ」
ワイシャツの上から胸を触っただけで堪らなく良い声を出すくせに、怯えたように震え潤った瞳。
「何?その目…」
「やめ、て」
「は?それ本気で嫌がってるつもり?」
放課後の図書室。図書委員の特権で勝手にcloseに札を変えておいたから誰も来ないはず。
「誘ってるとしか思えねぇけど?」
ネクタイを緩めながらキスをしようと顔を近づけると、子どもみたいにぎゅっと目を閉じる天。
すんでで止めて彼女を見つめる。演技なのか本気なのかは、まだよくわからない。
しばらく放っておくと、
「あれ?」
と彼女が目を開けるのを待ってから、俺は天の鼻をつまんだ。
訳がわからず苦しそうにぷは、と口を開けた隙をつき、唇を奪う。中に押し入って息を絡めるとようやく、ガチガチだった全身の力が抜け、身を委ねてくる。
肩に腕を回させ、しがみつく彼女の引き締まった腿から上の方へと指を滑らせる。
「あ、やめ…イヤっ」
「うるせぇな、イヤじゃねーだろ」
唇を塞いで黙らせ、指先で解きほぐしたそこを更に攻め立てる度に彼女の体がビクビクと反応する。
何かを埋めようと躍起になっても、この心は満たされないとわかっている。
――きっとあの時、新奈を抱いていたとしても。
べつに恋愛ごっこをしたいわけじゃない。ただ、この渇きを満たしてくれる存在が欲しいだけ。
そう、思っていたのに。
本棚を背に、俺の肩にもたれ掛かって寝息をたてはじめた彼女。いくら誰も来ないからといって無防備にも程がある。
こんな姿を、飢えた年頃のヤローに見られたらいい標的だ。
「まー俺に言われたくないか」
ひとり言に自嘲し、彼女の乱れた制服を軽く直してやると、
「ゆーりー」
「だから名前で呼ぶなって言、……ん?」
突っ込んだはいいが、天はまだ寝ている。寝言にまで突っ込みを入れた自分がちょっと恥ずかしかった。
「わかんねー奴」
警戒している割りには無防備に寝るし、 頭が悪そうだがたまに俺の心を見透かすようなことを言う。
天のことは割と気に入っているので、しばらくは飽きそうにない。
その時、
ムームームー
制服のポケットのスマホが振動する。
『あやと むかえ いけ』
ほとんど脅迫状のようなメール。
今どきはLINEなんだろうけれど、母は機械音痴でメール機能を理解するのでやっと。これでも今日はわかる方だ。これに誤字脱字が加わると更に解読が難しくなる。
ここ最近残業続きの母の代わりに弟を学童保育所に迎えに行かなくてはならない。一気に現実に引き戻される。
最近はずいぶんと陽が長くなったけれど、電気をつけなければ図書室の隅はさすがに薄暗い。このまま天を置き去りにすれば朝まで眠り続けるかもしれないし…それはマズイよな、と揺すり起こそうとするが、彼女はなかなか起きない。
まばらに顔に流れた髪を払って耳にかけてやっても、しばらくしてまたはらはらと落ちてくるような、柔らかくさらさらな髪質。
化粧っけのない顔。日焼け対策をしているだろうになぜか焼けている鼻の頭。
すぐに朱に染まる頬と俺好みの柔らかい唇や、吸い付きが良く敏感な胸。
狼の前でよくもまぁ、安らかな顔して寝てやがる。
その顔が愛しくなるのが普通なんだろうけれど、なんだかイラッとして軽くデコピンしてやる。
「痛っ」
「あ、起きた。悪ぃ」
「は?なに?……あ、そーいえば私、」
「指だけでイクか、普通」
「……ごめんなさい」
湯でも沸かせそうなくらい顔を真っ赤にして謝る天。
ホントよくわからない。
「俺急ぐから帰るわ。じゃ、」
眠ったままの彼女を放置するのは忍びなかったので、しっかりと目覚めたのを確認してから、俺はその場を後にした。
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