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中学校では、赤点をとると再試験が待っている。高校では、赤点をとると、進級や卒業に大きく影響するらしいが、中学校では赤点をとっても、それほど深刻なものではない。とはいえ、赤点をとるのは良くないことだとわからせるように、赤点をとった生徒には、再試験が行われることになっていた。
再試験を受けた別府えにしだったが、宣言通り、見事全教科満点という結果を持ち帰ってきた。これにはさすがにオレも驚きを隠せなかった。赤点ギリギリの点数しか取れなかったのに、いきなり再試験で満点などとれるものだろうか。
「どう、私、どうしても満点を取りたかったから勉強を頑張ったの。これで、中里君は心置きなく、私に返事ができるわね。」
再試験は放課後に行われたため、部活に行くことがなかった別府えにしは、オレが部活を終えるのを待っていたようだ。玄関前で別府えにしと鉢合わせることとなった。今日はたまたま、部活帰りに職員室に提出し忘れた課題を出しに行っていたため、他の部活の仲間やくそ女は、すでに帰宅してしまっていた。玄関にはオレと別府えにしの二人だけだった。
別府えにしは、再試験の答案用紙をオレに見せてきた。確認してみると、本人の言う通り、すべての教科で満点だった。
「確かに全教科満点だね。それはすごいと思う。別府さんは満点とったら、返事が欲しいと言っていたけど、オレは……。」
「いいよ、別に。私はどちらの返事でもいいの。ただ、いい返事がもらえた方がこちらとしては都合がよかっただけだし。」
「それはいったいどういうこと。」
満点をとったら返事が欲しいと言っていた彼女だが、オレは返事を迷っていた。どうにも、彼女がオレのことを好きだという確証が持てなかった。オレの返事が良いものではないと察したものの、彼女に落胆する様子は見られなかった。オレが断ることも予想していたようだ。
それはいいとして、都合が良いとはどういうことだろうか。オレの疑問に彼女は答える気はなく、オレに再度、宣言する。
「秘密。とりあえず、中里君が私のことが嫌いじゃなければ、いいっていうこと。改めて言うけど。」
『私と付き合ってください。』
彼女は満面の笑みを浮かべて、オレに告白してきた。オレは迷ったものの、それを断る理由などないことに気付く。彼女がオレを好きではなくても、オレが彼女を利用して、くそ女との縁を切れれば良いのだ。
オレは別府えにしと正式に付き合うこととなった。しかし、今回もまた、オレは見逃していた。彼女は「付き合ってください」とは言っているが、オレを好きだとは一言も言わなかった。これでは告白されたとは言わないかもしれない。そのことにオレが気付くことはなかった。
別府えにしと正式に付き合うと決めてから、オレは覚悟を決めた。クラスメイトに何を言われようが、気にしない覚悟。くそ女が何をしようと対抗するという覚悟だ。
「改めて言うけど、オレと別府さんは付き合うことにした。オレが返事をして、彼女もそれを了解した。だから、オレの彼女に危害を加える奴は、オレが許さない。」
次の日の休み時間、オレはさっそくクラスに彼女との仲を公表した。反応は様々だったが、クラスはオレたちのことを認めてくれた。
「そうかそうか。おめでとう。お前は、ちかげと付き合ってるものとばかり思っていたけど、別府さんと仲良くしろよ。」
「ちかげはかわいいけど、性格があれだしな。まあ、オレはお前を応援してるぞ。」
「ちかげの反応が怖いけど、私はいいと思うよ。」
「ちかげの今後の行動が怖いけど、そこを乗り切れば大丈夫でしょ。」
口々にクラスメイトがオレに話しかけてくるが、そのほとんどにくそ女の名前が含まれていた。そのことに苦笑していると、噂の本人がオレの近くにやってきた。
「別府さんとつき合うことにしたんだってね。せいぜい、あの女の本性を知って、付き合ったことを後悔するといいわ。」
一言、吐き捨てるように口にしてすぐに席に戻っていく。後悔などするわけがない。これでやっとオレは、お前から解放されるのだ。たとえ彼女が悪魔だろうが何だろうが問題はない。
その日は一日、クラスはオレたちの話題で盛り上がった。別府さんもクラスメイトから質問攻めにされていたが、彼女は特に嫌がる様子もなく、恥ずかしそうにオレとの仲を説明していた。
クラス中にオレと別府えにしが付き合っていることを宣言してから、一週間が経過した。クラス内では、オレと別府えにしとくそ女の三角関係で盛り上がっていたのがようやく収まってきた。
覚悟を決めたオレは、くそ女にオレの偉大さを思い知れととばかりに、これ見よがしに別府えにしと仲良く話していることを見せつけてやることにした。くそ女は悔しそうにオレたち二人をにらみつけてきたが、何か策を練っているのか、睨みつけるだけで何もしてこなかった。
くそ女には、見下されたり、怒鳴られたりするばかりで、オレが優位に立つことはめったになかった。そのため、優越感に浸っていたら、ある日、別府えにしが悲しそうにつぶやいた。
「なんだか、こうたろうくんって、福島さんのことばかり気にしているよね。やっぱり、幼馴染って、そんなに大事な存在なのかな。」
名前の呼び方がつき合い始めて変わった。お互いに苗字呼びは堅苦しいということで、名前呼びに変わり、いまだに呼ばれると照れくさくなってしまう。しかし、彼女の聞き捨てならないセリフに慌てて弁解する。
「そんなことない。確かにいつも一緒にいたから、一緒にいなくて違和感はあるけど、あいつのことなんかこれっぽっちも気にしてないよ。大切な存在なんてありえない。ただ、あいつはオレのことを独占したがるのに、あいつの方は、男をとっかえひっかえだから、これを機会にオレの偉大さを知った方がいいと思ってるだけ。えにしの気にしすぎだよ。」
「そう。」
それっきり、彼女はくそ女とオレの関係を追及することはなくなった。しかし、オレと一緒にいても、前のように楽しそうな顔をあまりしなくなった。それどころか、何か考え事をしていることが多くなってしまった。
オレは何か間違ったことを言っただろうか。ただ、あのくそ女とセットにされなくてほっとしているだけだ。それが、ほんの少し寂しいなんて思ったことは微塵もないのだ。そう、そんなふざけた思いはないはずだった。
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