16
別府えにしの転校が決まり、皆が私たちの恋の行方に注目していた。そのまま、ずるずると夏休みまであと一週間というところまで過ぎていった。
別府えにしからの突然の告白だった。
「実はね、私、としや君みたいなチャラい男はタイプじゃないの。今まで黙っててごめんなさい。」
その現場を私は目撃してしまった。放課後、私は部活にむかった。また別府えにしが部活をさぼっているのを、先輩が心配して、どうしているのか聞いてこいと言われたので、しぶしぶ教室に向かっていたところだった。転校の手続きといって休んだことがあるが、今日は顧問にも先輩にも連絡が来ていないようだった。
しかし、放課後、彼女が職員室に行くのを目撃しているので、転校についての話を浅利先生とでもしているから、部活に来るのが遅れているのだろう。
教室にたどりついた私は、教室の明かりが漏れていて、扉が閉じられているのを不審に思った。何か男女の話し声が聞こえるので、そっと扉に耳を寄せて、会話を聞き取ろうとした。
「話ってなんだよ。転校すること、どうして先生より先に話してくれなかったんだ。俺たち、付き合っているだろう。そういう大事なことは彼氏に真っ先に言うものだろう。」
「ごめんなさい。私が転校するなんてこと、想像したことがなくて、気が動転していたの。とにかくまずは先生に知らせなくちゃいけないと思って。そうよね、私たち付き合っているのだから、としや君に先に話すべきだったわね。」
「そうだぞ。それに俺たちのこれからも考えなくちゃいけないだろう。転校したら俺とのことをどうするつもりだったんだよ。」
男女の声の主は、別府えにしとイケメンバカだった。とんでもない場面に遭遇してしまったようだ。このまま引き返すという選択肢は私の中にはない。そのまま、静かにその後の会話に耳を傾ける。
話の流れが不穏な方向に進んでいるとわかったのは、その後の別府えにしの言葉からだった。
「うざい。」
『エッ。』
私は思わず小さく声を出してしまった。その声は気づかれることはなかった。イケメンバカとハモったためだ。
「バカかてめえ。私がお前みたいな顔が少しいいくらいのバカを好きになるはずないだろ。少し優しく振舞えばコロッと騙されるなんて、ほんと男ってバカな生き物だよな。」
ハッとバカにするような笑い方をしているのが教室越しに聞こえる。
「だから、これを機に私たち、別れましょう。としや君にはきっと私以外の運命の相手がいるはずよ。例えば……。」
運命の相手は聞き取れなかった。話し方をいつものように変えて、別府えにしは話を続ける。
「実はね、私、としや君みたいなチャラい男はタイプじゃないの。今まで黙っててごめんなさい。」
話し方を戻したところで、別府えにしの衝撃な発言が消えることはない。そこで、話は終わったようだ。二人が教室の扉に向かってくる足音が聞こえたため、急いで教室から離れ、足音を立てないように部活に向かった。
これは、明日やばい展開になりそうだ。今から覚悟していなければならない。
次の日は終業式だった。朝起きたときから私は憂鬱な気分だった。どう考えても、隣の家のイケメンバカは、落ち込んでいるか、怒っているか、もしくは荒れているかのどれかである。すべての感情が混ざっているかもしれない。そのとばっちりは私に来るだろうことは間違いない。
「面倒くさいなあ。」
「どうしたの。あんたがそんなこと言うのは珍しいわね。それに今日は終業式だけでしょう。頑張って学校行ってきなさい。」
心の声が口から出ていたようだ。朝食の時に母親に聞かれて、私はあいまいに返事をしておいた。
「おはよう。」
最近、どうも教室に入るのが憂鬱だ。しかし、それも今日までだと思うと、頑張れる。自分を奮い立たせて教室の扉を開ける。
そこにはすでに慣れてしまった光景があった。教室の中心に人だかりができている。どうせまた、別府えにしだろうと思っていると、クラスメイトがこれまた親切に話してくれた。
「おはよう、あやな。よかったね。」
挨拶のすぐ後にそんなことを言われて、頭にはてなマークを飛ばしていると、補足された。
「としや君のことだよ。なんか、としや君と別府さんが別れたんだってさ。それも、別府さんが一方的に振ったらしいよ。」
「そうそう、やっぱり、転校して、遠恋とか無理って言って。『本当はとしや君のこと振りたくない』とか言って、泣きながらの告白だったらしいよ。」
わざわざ、別府えにしの物まねまでして教えてくれた。
「お前が一方的に振ったんだろ。しかも、本当は振りたくないってなんだよ。昨日の話と違うじゃないか。」
「ひどい。そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない。別府さんが可哀想。」
「そうだぞ。別府さんが怖がっているじゃないか。」
「いいの。だって、もとはといえば私が悪いんだから。転校するのがわかっているのにとしや君に告白したのだから。それに付き合うって決めたのは私だから。でも、会えないなら、きっととしや君は、私のことなんかすぐに忘れてしまうわ。だから、忘れ去られてフェードアウトされるのなら、いっそのこと、この場で振ってしまった方がいいと思ったの。ごめんな、さ、い。」
こいつは都合が悪くなったときや、話を自分の思い通りに進めたいときに泣けばいいと思っているのか。
「もういい。俺はお前なんか好きじゃなかったんだよ。お互い様だな、俺もお前みたいな性悪女なんかタイプじゃないんだよ。それに俺にはあやながいるからな。」
「いつ、誰が付き合ってるんだって。」
突然私の名前を出されて、黙っていられるわけがない。私が会話に参戦すると、クラス中が騒ぎ出す。
「元カノ登場かよ。これは面白い。」
「頑張れ、あやな。」
「これは修羅場だ。」
「俺とお前が付き合ってるに決まってるだろ。」
「なに、言ってる……。」
「パンッ。」
乾いた音が教室中に響き渡る。音の正体は、別府えにしがイケメンバカの頬をはたいた音だった。
「な、な、なっ。」
「ひどい。確かに私はとしや君と別れると決めたけど、その口から他の女子の名前を聞くためじゃない。」
本格的に泣き出した別府えにしはその場で顔を覆ってしまった。
とんだ茶番もいいところだ。
「別府さん、あなた、いい加減にし、な、『バンッ』」
「ドンッ。」
今度は先ほどより大きな音が鳴り響く。今度の音の正体は、イケメンバカが別府えにしの頬をはたいた音だった。思い切りはたいたのだろう。彼女の顔は赤くはれていた。さらには足で机をけり倒していた。
「きゃっ。」
別府えにしが可愛らしい悲鳴を上げる。ここまでくると、わざとらしくて気持ちが悪い。これも彼女の計画通りなのだろうか。
これはやばい。いろいろとやばいことだけはわかった。
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