12
「別府さん、起きてください。」
どうして私の名前が呼ばれているのだろう。不思議に思いながら目を開けると、そこには心配そうな顔をした保健の先生があった。
「おはようございます。」
寝ぼけていて、そんな挨拶をするが、それどころではないようで彼女はひどく慌てた様子だった。
「目が覚めましたね。担任の先生に声をかけたのですが、どうやら相手が悪かったようです。あの佐々木麗という子を怒らせてしまったのでしょう。あの子は市議会議員の娘で先生たちがこぞって甘やかしている悪ガキなんですよ。そんな子を怒らせてさらには殴られてしまうなんてただでは済みませんよ。」
私が寝ている間に担任に話をしてくれていたようだった。しかし、どうして喧嘩の相手があの女とばれているのか。あの女が自分から話すはずがない。
「中道望君が教えてくれたんですよ。さて、別府さんの言う通り、これから間違いなく親を巻き込んだ大喧嘩が待っていますから覚悟しておいたほうがいいですよ。」
まったく、あなたはそのことを知っていたのですか。それならなおのことたちが悪いとぶつぶつ私に文句を言う先生の言葉が聞こえたが、私はそれどころではなかった。
彼女がそんなに権力を振りかざしていたのはそのためか。いわゆる親の七光りという奴で威張っていたとは知らなかった。しかし、そんなことは関係ない。これから転校するのだから、別に親が市議会議員だろうが、誰だろうが関係ない。親に話してぼこぼこにしてもらうだけだ。そして、そのせいでお別れ会がなくなったとしても、クラスメイトには私が置き土産として盛大な別れを演出しよう。
想像すると、またもや笑いがこみ上げてくる。彼女たちが親に叱られて打ちひしがれる様子。クラスメイト全員が自分の秘密をばらされて絶望する姿。
面白いことになってきた。外はどんよりとした曇り空で今にも一雨きそうな天気だった。
私が楽しみにしていた大喧嘩はすぐには始まらなかった。まずは被害者と加害者の話を聞こうということで、放課後に私と彼女と担任の三人で話し合うことになった。
結局、早退はさせてもらえなかった。5時間目は休んだのだが、その日はちょうど5時間目しかなかったため、帰りのHRには出るように保健室の先生に言われてしまった。ただし、この腫れた顔で教室に戻るとややこしくなりそうだったので、先生にマスクを借りることにした。これなら、具合が急に悪くなったので保健室で休んでいたと言い訳することができる。
教室に戻っても、私について言及する声はなかった。ただ、クラスメイトは心配そうにこちらを見るだけだった。女にやられたと知っていたら、もっと騒ぎそうなので、もしかしたら男の方が担任に話しただけなのかもしれない。担任も児童に本当のことを話していないのだろう。
詮索されなかったので、こちらとしてはありがたかったので、私からも何も話さずにそのままにしておくことにした。
放課後の話し合いはただの時間の無駄だった。私の意見は無視され、私に怪我を負わせた本人は謝りこそしたが、先に私を怒らせるようなことを言ったのはあんただと主張していた。それに先生も同意して、殴った彼女も悪いけど、彼女を怒らせるようなことを言ったあなたも悪いのよと諭された。
話にならないと思い、はいはいと返事をして無駄な時間は終了した。
家に帰ると、私の顔を見た母親が驚きの表情を浮かべ、すぐに誰にやられたのか、そいつの家に殴り込みに行ってやると怒りを爆発させていた。私はすぐに相手の名前を伝え、まずは担任に話をした方がいい、そのあとに加害者の親に電話した方がいいかもしれないと助言する。
冷静さを失った母親は思い立ったらすぐ行動する。すぐに小学校に電話をかけて、あのくそ担任を呼びだし、ねちねちと説教を始めた。私はその間に自分の部屋に行き、ランドセルを置く。その間にも母の怒鳴り声が聞こえてくる。
「ただいまあ。」
ちょうど良いタイミングで父親も帰ってきた。今日は仕事が早く終わったようだ。母親が電話で怒鳴っているのを聞いて不思議に思ったのだろう。私の部屋に来て理由を尋ねる。それにこたえる前に私の顔の異変に気付いた父親は、母親と同様に怒りを爆発させた。すぐに電話の相手が誰かわかったのだろう。母親から受話器を奪い、今度は父親が電話に向かって怒鳴りだす。
電話はその後、一時間以上続いた。担任との電話が終わると、今度は加害者である彼女の家にも電話をかけようとしていた。怒り爆発で正気を失った両親が今、彼女の家に電話をかけるのは得策ではない。ここは先生に彼女の両親を呼びだしてもらおう。
「いきなり、担任も通さずに電話するのは良くないよ。」
一時間以上も怒っていたので、さすがに正気に戻ったのか。両親は私の助言に耳を傾けた。そして、やっと私の顔を心配しだした。病院に行かなくてもいいのかと聞かれたので、行くと言っておいた。
その後、すぐに病院に向かった。幸い、骨に異常はなく、後も残らずに治るとのことだった。私の左の頬は大きなガーゼで覆われた。両親は私のその姿にまたもや怒りを爆発させていたが、私はさすがに病院だよと怒りを抑えるよう伝えた。
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