13
次の日、私と両親は小学校に来ていた。昨日は金曜日だったので、今日は本来、学校は休みのはずだった。だが、そんなことで控えるような両親ではない。もちろん、突然土曜日に学校に赴いても、担任が休みであると言われたら意味がない。
その点は心配がいらなかった。両親は昨日の電話で、明日の土曜日に学校に行くと伝えていたからだ。学校に行くと、担任は学校に来ていた。さすがに土曜日で休みというわけにはいかなかったのだろう。
加害者の女と家族も呼びだしていたそうだが、彼女たちが来ることはなかった。それは想定内でもあったので、私は両親に家に乗り込もうと伝えた。両親もそれに賛成した。
しかし、それを遮ったのは担任だった。彼女の親が市議会議員ということで、事件を極力抑えたいようだ。しかし私たちにそんなことは関係ない。だって、4月には別の場所にいるのだから。ここで何をしようが、次の生活に支障が出ることはない。
彼女の家はすでに把握している。個人情報保護が騒がれているが、小学生の私がクラスメイトの住所を知りたいといえば、すぐに教えてくれた。
先生の制止は無視して、すぐに私たち家族は彼女の家に向かう。家の前のインターフォンを押すと、ちょうど女が出た。
「別府えにしです。昨日のことで両親も交えていろいろ話し合いましょう。」
まさか昨日の今日で自分の家まで押しかけてくるとは思っていなかったのだろう。女はあわてて、インターフォンから離れたようだ。すると、ドアがガチャリと開いて、中から彼女の両親とみられる男女が出てきた。
母親らしき女が私たちに声をかける。
「休日のこんな朝早くに何の用事ですか。」
「用事なんて一つしかないでしょう。自分の娘から聞いていないのですか。クラスメイトの顔を殴ってしまったことを。」
両親はすぐに本題に入った。まず、先に話しかけたのは父親だった。それに答えたのは女の父親だと思われる男性だ。
「知りませんね。娘はそんな野蛮なことはしませんよ。証拠はあるのですか。」
「私の娘の顔を見てください。この通り、ひどいでしょう。誰がやったのだと思いますか。なんとあなたの娘さんですよ。さて、この落とし前、どうつけてくれますか。」
父親は初対面でも遠慮というものを知らないようだ。その言葉に今度は母親が加勢した。
「そんな物騒なことを言ってはいけませんよ。それにしても可哀想に。女の顔は命というほど大事なのに。それを知らない人はいるはずないのに。いや、いましたね。目の前。なんて非常識な娘さんでしょう。」
「なんですか。さっきから私の娘に対しての暴言の数々。許してはおけませんぞ。」
両親の言葉にカチンときたらしい。私の娘といっているので、父親で間違いないようだ。女の父親が怒り出す。私は大人のやり取りを静かに見守ることにした。女ははらはらと私と自分の両親の様子を見ていた。
「許すも何も。悪いのはそのクソガキでしょうが。どうしたら、言葉より先に手が出る野蛮な娘に育つのでしょうかね。親の顔が見てみたいですね。いや、目の前にそのくそ親がいましたね。」
「こんのくそ野郎があ。」
どうやら娘も娘ならその親も同様に言葉より先に手が出るようだ。さすがに女性に手を出すのははばかられたようで、父親に手を上げようとする。
手を挙げた瞬間、「ぴろんっ。」という音がどこからか聞こえた。
「全く、子供が子供なら親も親。まさに蛙の子は蛙で嫌になってしまうわね。」
そういってスマホを掲げていたのは私の母親だった。さっきの音はスマホのカメラの音だったようだ。
「さて、この写真からだとあなたが無理やり私の旦那に手を出そうとしているように見えますが、どうしましょうか。この写真と、これまでの会話を録音したものをネットにアップでもしましょうか。もちろん、私たちの声は加工しますよ。」
その言葉が決定的となった。女の両親は急に慌てふためいた。こんな傷害事件の様子を世間に知られてしまったらやばいことは、普通に考えればわかることだ。
先ほどの強気な態度とは一変、へこへこと私たちに謝りだした。自分の娘にも頭を下げるように伝えて、3人そろって謝罪しだした。女の父親は自分の娘が悪くないと主張していたが、最後まで母親の方は最初に用件を聞いただけで、その後は無言だった。もしかしたら、家でも父親が権力を振りかざしているのかもしれない。
それにしても、3人が謝ってくる様子は本当に滑稽だった。笑いがこみあげてきて仕方ない。今まで、権力で何とかしてきて、自分が不利になることはなかったのだろう。他人を馬鹿にするからこうなるのだと心がスカッとした。
私に対する傷害事件はあっけなく幕を閉じた。このことを公にしたくない彼女たちの意見もあり、私も警察沙汰にまでする必要はないと両親に伝えた。両親は納得いかない様子だったが、私が必死に頼み込むと、えにしがいいなら構わないと最後には納得してくれた。
大人たちの平和的な話し合いが行われた後、私は女と二人きりで外で遊んでくると私の両親と女の両親に伝えた。おびえたような顔をした女の手を引き、努めて明るい笑顔で外に連れ出す。
「二人きりで今回のことを話し合いたいと思って。やっぱり、自分たちで起きた出来事だもの、自分たちが納得いくまで話し合わないと。そうでしょう、お父さん、お母さん。」
「そうねえ。確かに私たち大人が無理やり割り込んだようなものだもの。二人で話し合うことは必要ね。」
「そんなことはしなくて……」
「何か言いましたか。」
女の父親にスマホを見せつける私の母親の圧力に負けたのだろう。否定の言葉は途中でしりすぼみになって、最後まで口にすることはなかった。
女を連れだした私は、通学路にある公園までたどり着いた。そこにあるベンチに腰かけて、彼女にある提案をした。
その提案内容に眉をひそめた女だったが、それでも、私の両親のことを思い出したのだろう。文句を言いたそうな顔をしながらも、私の提案に頷いた。
女との話を終えて、家に帰ると、両親は何度も警察に言わなくてもいいのか何度も言われた。
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても、私はこの手でやられた仕返しをするつもりだから。」
その言葉に頼もしくてよろしい、と褒められてしまった。
「いじめられて泣き寝入りはダメ。私たちにすぐに相談すること。どうしても許せないなら、正当防衛といって、やり返しなさい。」
昔から両親に言われていることだ。確かにいじめられて自殺しても何も意味がない。どうせ、すぐに他人の心から私の存在はすぐに消え去ってしまう。死に損という奴だ。
両親の言葉に従うことにしよう。やられたら、やり返すの精神である。
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