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 好きになりかけた男の子がいた。小学4年生くらいの時だったと思う。いつものように転校した学校で私は慣れない学校生活に苦戦していた。この時は、クラスメイトの視線が怖くて、学校に行くのが苦痛でしかなかった。


 その子には幼馴染の女の子がいた。その女の子は、クラスからの人望が厚く、クラスの中心にいる人物だった。そしてその男の子もかっこよかったので、お似合いの二人だと言われていた。


 それでも好きという気持ちは止めることはできなかった。その男の子は転校してきたばかりで何も知らない私にいろいろ教えてくれた。面倒見のよい性格だったのだろう。クラスメイトのこと、先生のこと、学校のこと、幼馴染の女の子のこと、とにかくたくさんのことを教えてくれた。


 ただ、その男の子にとっては転校生という私が珍しかっただけなのだろう。それで私の面倒を見てくれた。それだけだったはずだ。


「のぞむ、なんであんな女にばかり構っているの。あんなよそ者、どうでもいいでしょ。あんたには私がいるんだから、他の女に構っている暇なんてないでしょ。」


 あるとき、ふと女の子が男の子に話しかけているところを目撃してしまった。たまたま、階段の踊り場にいたところを見つけ、とっさに二人から見えないところに身を隠した。


「そんなこと言うなよ。転校したてで右も左もわからないだろ。面倒見てあげたくなるだろう、普通。」


「普通じゃない。だってあの女、のぞむが優しくしてあげても全然うれしそうじゃない、いつも無表情で面倒見てあげるだけ無駄じゃん。絶対感謝なんてしてないよ。」


「そうかなあ。れいがそういうならそうかもしれないけど……。れいがそこまでいうなら、これからは彼女との接触は控えるよ。」


 話を聞いていると、その女の一言で男は私の態度を変えるようだ。なんて薄情な、まあ別にいいんだけど。優しくしてくれて好きになりかけた私がばかみたいじゃないか。



 確かに私は感情が顔にあまり出るタイプではない。昔は年相応に感情が顔に現れていたと思う。しかし、転校を繰り返してきたので、そのたびに悲しみに明け暮れていては身がもたない。そのために、徐々に感情が顔に出なくなってしまった。無表情に見えがちだが、表情だけであって、心の方は完全に感情を消し去ることはできていない。


 私はその話を聞いて、多少のショックを受けた。とはいえ、まだそこまで本気ではなかったことが救いだった。本気で好きになったとしても、どうせすぐに転校するのだから告白する予定はなく、心の中に淡い恋の思い出を残すにとどまるだけだったが。




 その後、本当に男は私に対する態度を変えてきた。私が話しかけようとするとあからさまに避けようとするし、向こうから話しかけてくることも減った。あろうことか、女の方に熱心に話しかけるようになった。じゃあ、前から私じゃなくてその女に話しかけろよ、と突っ込みたかったが、やめておいた。無駄な争いは避けるのが得策だ。


 それから私はある計画をたてた。子供が好きな子に対して冷たくされたことに拗ねてする嫌がらせの行動みたいなものだ。ただ子供にしては少々えげつない気はしたが。



 実行のため、その男が無視しているにもかかわらず、私はこれまでよりさらにその男に積極的に話しかけることにした。女の幼馴染にはない魅力を存分に発揮するため、その女とは正反対のはかない感じの性格を演じることにした。


 その女はそもそも地元志向が強すぎて排除的である。自分に害をなすと思ったら排除する主義らしい。田舎にあるこの学校では転校生もほとんどなく、さらに保育園か幼稚園の頃からの付き合いで女の地位は固められている


 女はスクールカーストの中で上位にいるようだった。その女のいうことは絶対らしい。井の中の蛙というべきか。クラスの中心にいることはわかっていたが、大して勉強ができるわけでもなく、頭の回転も遅い。運動神経は良いらしいが、それならただの脳筋と変わらない。


 ただの田舎女がこのクラスの頂点なんてくそくらえ。それに対して、クラスメイトは何も思わないのだろうか。あるとき、私は取り巻きの一人に聞いてみた。


「どうしてそんなにれいのことを慕っているの。私たちに対して偉そうだし、なんか感じ悪い。」


「そんなことないよ。私たちのことしっかり考えてくれるし、最高の仲間だよ。」


「そうだよ。偉そうなのはリーダーシップを発揮しているからだし、感じ悪いことなんてないよ。」

 

 取り巻きたちは女について嬉しそうに話し始めた。取り巻き以外のクラスの女子にも聞いたが、結果は同じだった。どいつもこいつもそろってリーダーシップがある、優しい、頼りになると言っている。世間が狭いとはこのことだ。私が自分の好きな男と少し仲良くするだけで無視するような、心の狭い女だ。そんなくそみたいな女がスクールカーストの上にいるなんてことを許しておけるはずがない。


 女の方も私のことをあからさまに無視するようになった。さらに私に話しかけなければならない時は、わざわざ「別府さん」と苗字呼びするようになった。最初は親しげに「えっちゃん」と呼んでいたのに。どうやら本当に敵認識されてしまったようだ。

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