伴枝様

@kurihararin

第1話 伴枝(ともえ)様がやってきた

シャンシャンシャン・・・

鈴を鳴らして、それっぽいおまじないを唱えて。淡い栗色の髪は霊力の象徴として足まで伸ばさせられた。それを引きずりながら、部屋中を練り歩く。それらしい服を着て今か今かと結果を待つ家族の熱い視線を浴びながら、笑いがこみあげてくる。

だって、僕にはもう結論が見えているから。

あなたの娘さんは死にますよ。あなたの娘さんはもう手遅れです。どんなに神社にお参りに来たって、祈祷したって、お守りを買ったって、その子の病気は治らないんです。

そんなことを分かっていながら、祖父母に教えられた呪文を並べて、模範的な祈祷を済ませる。そして、真実とは違うことを言わなくてはいけないのが、なんとも滑稽でたまらないのだ。笑いがのどに到達するのを我慢して、僕はその場に座り込んだ。

「ここから出てすぐの滝の水を飲みなさい。さすれば、あなたの娘さんの病気は治るでしょう。しかし、信心深くならなければ、恩恵を受けることはできません。ですから、心から神様に祈りながら飲みなさい。」

そう言うと、両親は喜々として娘と手をつなぎ、ありがたやありがたやと言って頭を下げる。

こう言えばここに来る人たちは満足なんだ。だから、嘘をつくのが僕の仕事。


僕は、中学の頃から学校に行かせてもらっていない。それは、僕が生まれてしばらくしてから、「千里眼」というものに目覚めたことを祖父母が気付いたからだった。

未来が見える。失くし物が見つかる。ついでに霊も見える。僕にはよくわからないけれど、人には見えないものが僕には見えているらしい。

僕のいる熊手神社は、すっかりボロボロで誰も寄り付かない神社に成り下がってしまっていたから、復興のために祖父母がなんとしてでもおもしろおかしい人物を祭り上げておきたいようだった。

僕のように変わった能力のある人物を。

でもなぜだろう。僕は生まれてから一度だって、この能力が優れているだなんて思えていない。

人はいつか必ず死ぬ。それが見えてしまうことに、なんのありがたみがあるのだろう。おばけだってそうだ。見えたところで、なんの得もなかった。取り憑かれそうになったのを必死で振りほどいたり、呪われそうになったことだってある。

失くし物が見つかったのは悪いことではなかったかな。だけど、僕はあまりものをなくさなかったから、使うこともなかった。

要するに、この能力は祖父母にとっては有益かもしれないけれど、僕にとってはなんの価値もなかったということなんだ。

それよりなにより、僕が見た真実をそのまま口にしてはいけないというこの祖父母の教え自体が、僕の能力の存在を否定しているじゃないか。


「あなたの娘さんは死にますよ」。「あなたの息子さんは非行を犯し捕まりますよ」。そんなことを素直に言ってしまって、カンカンになった祖父にひどく叱られた。こんなのでは神社の再興は不可能だと。だから、機嫌を損ねないようにものを言いなさいと。

だから、僕にとってこの能力はむしろ邪魔でしかない。何も見えないほうが、よっぽどこの仕事に向いているのだ。


そんなことをぶつくさ考えていたとき、もう一人の来客がやってきた。


「あのー、ずいぶん待たされたんすけど、いいっすか?」


年齢は20歳くらいの、ぶっきらぼうな黒髪を束ねた青年だった。着物を着て、下駄をはいて、どうにも現代らしくない様子だったので、もしかして彼もおばけなのではないかと思ったが、僕の直感で霊ではないことは確かだった。

なにか嫌な予感のような、いい予感のような、とにかく心がざわざわとするような感覚を覚えた。

この人は、普通じゃない。

僕がそう怯えている間にも、祖父母は「どうぞどうぞ、おまたせしました」と喜んで中へと促していた。

まさか、この青年との出会いが僕の今後の人生を大きく変えるとは・・・いや、気付いていたのだと思う。


「さっそくだが、俺の将来について見てほしい。あんた、未来が見えるんだろ?」

ぶっきらぼうなその青年は、どっしりとあぐらをかき、突然そんな質問をした。

祖父は、早くいつもの祈祷をやれ、と指で合図をしていたが、そんな悠長なことをしていられる心の余裕がなかった。彼の目は、僕のすべてを見透かしているようで、なんとなく怖かったのだ。


「はい、見てみます」


祖父に指示された通り、立ち上がり、鈴を振って目を閉じる。部屋の四隅をまわり、霊気を充満させるふりをする。そんなことしなくても、僕にはすべて見えているけれど、祖父母がこれをやめてはいけないと言うので仕方ない。

すると、青年は言った。


「そんなことしなきゃ、わかんねぇのかい」


祖父は慌てて、弁明に入った。

「これは古くからの習わしで、こうすることで霊気が充満し…」

「いや、俺はあんたが千里眼の持ち主だと聞いて金払って来てんだ。見てくれよ」


そう彼が言った瞬間。

ドサドサドサドサドサドサ!!!!!!!!


どこからだ!?

僕の部屋だ!!

それだけじゃない、祖父母の寝室からも!!

本だ!

本がなだれ落ちているんだ!!

僕はお祈りも忘れて無我夢中で障子を開け、自分の部屋へと向かった。するとすでにそこは本も置物も空き巣に入られたような惨状だった。


「一体、誰が…」

「おや、あんた、そんなこともわかんねぇのかよ」


知らないうちに、その青年は背後に立っていた。


「だから、あんたはニセモンだって言いに来たんだよ」

僕は突然起こった不思議な現象と、その青年の嫌味にあっけにとられてしまい、何がなんだかわからなかった。


「じゃが、偽物というにはちと間違いじゃ」


今度はどこからともなく女性の声が聞こえた。まだ幼い、子供のような声だった。しかしどこからだ。頭の上からのようにも思えるし、心の中からのようにも思える。あたりをきょろきょろ見回していると、青年は友達に愛想を振りまくように手をひらひらとさせて言った。


「よう、伴枝(ともえ)様」

その視線の先には、現代とは思えない黒髪に着物の少女が立っていた。見たことはないが、どこか懐かしい。そんな印象を、彼女と会った初めての日にそう思った。


「おぬしがあまりに未熟だからの。わしが呼んでやったのじゃ。感謝するがよい」

伴枝という女性というか女の子は、いつの時代かと思えるような口調でそう語った。そして青年は何もかも悟っているかのように当たり前のような態度でこう言い放った。


「俺は梢(こずえ)だ。熊手神社の麓にある熊羅神社の神主の弟だ。伴枝様の希望でな。これから世話になるぜ。よろしくな」


「いきなり何です!?というか、さっきの音は…本棚が崩れたのは何だったのですか!?」

「わしがおぬしの力量を試すためにやったいたずらじゃ。千里眼を持っておるというのにこの程度のいたずらが見抜けぬようじゃと、梢に知らせておかねばならなかったからのう」

「っつーことだからじいさん。俺少しの間、ここに居座らせてもらうぜ。ちゃんと働くから安心しな。っていっても、放心状態で何も聞いちゃいねぇがな」


こうして、二人の不思議な住人が、僕の神社にやってきたのだ。

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