私は男が苦手です
みら
私は男が苦手です
私は男性が苦手です。
しかし男嫌いというと語弊があります。
例えば部活や勉強を頑張るクラスメイトの男子のことは尊敬していますし、応援しています。芸能人がかっこいいだとか、スポーツ選手がイケメンだとかという話にも共感します。
単純に苦手なのです。
彼らと話すと、私という人格が見られていないような感覚があるのです。
距離感が遠ければ問題ありません。しかし近づかれたとき、彼らは『お人形さんみたいにきれいな私』しか見ていないと感じてしまうのです。事実、彼らの視線は私の顔や胸で止まっていましたから。
私はそれが嫌でした。
だから木村君からの手紙が下駄箱に入っていた時も憂鬱な気分でした。とはいえ無視は失礼ですので、私は学校の屋上まで行ったわけです。
しかし、呼び出した男子が女子の制服を着て、ウィッグを被って待っていると、誰が想像できるでしょうか。
「その恰好は、何かの罰ゲーム?」
「小泉先輩は男が苦手だって聞いたので、この方が話しやすいかなと」
木村君は大真面目な顔で言いました。一瞬、私の理解が追いつきませんでした。
「君の中で私はいったいどういう人間なの?」
「よく分かりません。先輩のこと、よく知りませんから」
「ばかにしてるの?」
私は彼に呆れていました。
彼に向ける目もそのようなものになっていたでしょう。
「ばかになんてしていません。先輩のことが知りたくてお話しがしたいんです」
彼の目は真剣でした。純粋な目で、私の瞳の奥を見ていました。
私の何を見ようとしていたのでしょうか。このような視線を向けられたことなどありません。彼が私の何を見つめているのか、想像がつきませんでした。
それが、たまらなく不愉快でした。
ほぼ初対面の男子が、人から聞いた私の情報だけで女装という奇行に走ったうえで、私も分からない私を必死に見ようとしているのが不愉快でした。
どうせ、その真剣さもうわべだけに違いないのですから。
「そう、私を知りたいんだ」
だから、意地の悪いことを言いたくなりました。
「じゃあ、次の日曜日デートしましょう。ただし私は男性が苦手です。男の子とデートしたくはありません。だから、その恰好で駅前に来て」
こう言えば、彼は私から遠ざかるはずだと、薄っぺらい真剣さなど吹き飛んでしまうはずだ考えたのです。
あとは当日、誰も居ない待ち合わせ場所で「やっぱり」とつぶやきながら、不愉快さの留飲を下げるだけ――その予定だったのです。
しかし当日、彼は待ち合わせの時間通りに、私が指定した場所に居ました。
女子の制服を着て、ウィッグを被って、です。
「本当にその格好で来たんだ……」
「先輩が言ったんじゃないですか。この格好で来いって」
さすがに恥ずかしさがあったのでしょう。木村君は顔を赤くしながら抗議するように言いました。
「それは、そうだけど」
本当に来るとは思わなかったとは言えませんでした。木村君は子犬のようなきれいな目で私を見ていました。罪悪感が助走をつけて殴ってきます。お願いだからそんな目で見ないでください。
しかし申し訳ないことに、男子とデートをする気はこれっぽっちもありません。ですがここで帰れる性格もしておらず、焦りで思考がぐるぐるとめぐりました。
そして、一つの言葉が浮かびました。
毒を食らわば皿まで、と。
「木村君、下の名前はなんていうの?」
「夏樹です」
「じゃあ、今日の君はナツキちゃんね。私のことは
こうなったら、ナツキちゃんを女の子として扱います。女の子として扱って、いつも友達としているようなことをして今日を乗り切ってやります。
私はナツキちゃんの腕をつかみ、歩きだしました。
「あの、小泉先ぱ――」
「真琴先輩」
「――真琴先輩、どこへ行くんですか?」
「ナツキちゃんをもっと女の子らしく仕立て上げます。まずは着替えからね」
私はいつも服を見に行くお店に、ナツキちゃんを連れて行きました。
当たり前ですが、ナツキちゃんはこのようなお店に慣れていない様子で、おどおどしていました。
「今の君は女の子なんだから、堂々としていいんだよ」
私は挙動不審なナツキちゃんの様子に構うことなく、背の高い友人や雑誌のモデルを思い出しながら、あれでもないこれでもないと彼女を着せ替え人形にしました。
「真琴先輩、これはきわどいような……」
丈の短いスカートを着せた時、ナツキちゃんが困ったような顔で言いました。
「そう? ナツキちゃんならそういう恰好似合うと思うけど」
「その、下着が……」
「なら下着も着替えましょうか」
「お願いします。それだけは勘弁してください」
泣きそうな顔で言うので、さすがにスカートは長めのものにしてあげました。
ナツキちゃんは私よりも身長がありましたが、男子の中では並より少し低く、華奢でした。しかも男の子のわりには可愛い顔をしていました。
そのおかげで彼女を可愛い女の子にしていくのが楽しくなってしまいました。
少々、興が乗りすぎてしまったのです。
服を着替えさせた後は化粧もはりきってしまって、気が付けば三百六十度どこから見ても、背が高めな美人で可愛い女の子が出来上がっていました。男子が苦手な私が気にならないほどの完璧な仕上がりです。
「これ、本当に僕ですか?」
「正真正銘ナツキちゃんだよ。それじゃあ、今日は楽しみましょう」
それからはいつも友達と遊ぶときのように彼女を連れまわしました。
まずは、いつも行っているおしゃれな雑貨屋に行きました。
ナツキちゃんは物珍しそうに店内に見まわしていました。
「珍しい?」
「可愛いものがたくさんあるなって」
その一言でふと、ナツキちゃんがどのようなものを気に入るのか、見てみたくなりました。
「じゃあ、せっかくだし何か探してみたら?」
ちょうど新しいマグカップが欲しかったのもあり、私がマグカップを吟味している間、店内をうろつかせてみました。私があれこれと十分に新しいマグカップを悩んだ後、そろそろ何か選んだだろうと彼女の様子を見てみました。
ナツキちゃんはアンティーク風味の綺麗で可愛らしい懐中時計を見ながら、難しい顔をしていました。
「そういうのが好きなんだ?」
「綺麗だなって思って。でも、僕がこんなの持っても使う場所がなさそうで」
「そうかな? ナツキちゃんなら似合いそうだけど」
確かに普通の人が普段使いするのは、時計だけが浮いてしまうでしょう。ですが今のナツキちゃんは美少女です。
「普段の君とは違うんだから、今日は今日で、ね?」
「そう、ですか……」
ナツキちゃんは少し考えた末に、せっかくならとその懐中時計を買いました。
お店から出た後、私はわざとらしく「今何時?」と聞いてみました。
ナツキちゃんが少し照れながらその懐中時計を手に取って覗き込むさまは、少しミステリアスな美少女の雰囲気がありました。
「ほら、言った通りでしょ」
その姿をスマホで撮って見せると、ナツキちゃんは恥ずかしげに困惑しました。
可愛かったです。
雑貨屋の次はカラオケに行こうとしたのですが、声が男だからといってナツキちゃんが嫌がりました。
言われるまで、まったく意識していませんでした。私は自分が思う以上にナツキちゃんを女の子扱いしてしまっているようです。
ともあれ嫌がる相手を連れて行って大事故を起こしたくもありません。罪悪感がこれ以上刺激されるのは嫌です。なので、近くに見つけたカフェに行きました。
ケーキがおいしそうなお店でした。私とナツキちゃんはいろいろなケーキに目移りしながら、二人で別々のものを頼んだのですが、こういうことにはありがちなことが起こりました。
相手の方がおいしそうに見える、あの現象です。
一口ちょうだいと言っていいものか。私は紅茶を飲みながらナツキちゃんの様子を伺いました。
ナツキちゃんも私のケーキをちらちらと見ていました。
「……ナツキちゃんが今思ってること、当ててみよっか?」
「まさか、真琴先輩も?」
仲良く、一口ずつ食べさせ合いっこしました。
ナツキちゃんは照れたように少しためらっていましたが、今は女の子同士なのです。関係ありません。
どちらのケーキも、とてもおいしかったです。
気づくと、ナツキちゃんとのデートを思ったよりも楽しんでいる自分がいました。次はどこへ行こうかと歩きながらも、自然と笑顔になるのです。
毒を食らわば皿までと開き直ったからでしょうか。それとも、ナツキちゃんが思ったよりも女の子だったからでしょうか。今日を楽しく過ごせるというのは、嬉しい誤算です。
しかし同時に不安がありました。今、隣にいるのはナツキちゃんです。ですが明日になれば、ナツキちゃんは木村君に戻ります。
私の苦手な男子に戻ってしまいます。
彼を避けるのは簡単です。学年が違うのですから、接点を持とうとしなければ自然と避けられます。
――ですが、それでいいのでしょうか。
そのように物思いに考えを飛ばしていたときでした。
不意に、見るからに軽薄そうな男性二人組が私たちの前をふさぎました。
「お姉さんたち、どこいくの?」
ナンパというやつです。苦手な男性たちの中でも、さらに嫌いな人種です。久しぶりに出会いました。
「……行こう、ナツキちゃん」
私はナツキちゃんの手を引いて踵を返しました。
しかし、男の片方に反対の手をつかまれました。振りほどこうとしますが、女の私の腕力ではかないません。
「何ですか。警察呼びますよ」
「ちょっとくらい話を聞いてくれたっていいじゃないの」
「俺たちも二人、君たちも二人でちょうどいいじゃん?」
そんな物言いでなびく女に見えるのでしょうか。あからさまに嫌がっているというのに理解に苦しみます。今まで経験したナンパの中でも最悪の部類です。
どうしようかと私が考えていると、突然、ナツキちゃん無造作に髪の毛をつかんで、引っ張りはじめました。
小声で「あれ、とれない」と言う声が、私の耳には聞こえました。
「ねえ、お姉ちゃん何をして――」
彼女の頭から、ぶちっと何かがちぎれる音がしました。
ナツキちゃんの頭だけ、木村君に戻りました。
「とれたー!」
ナツキちゃんはそう叫びながら、頭から引きはがしたウィッグを男たち二人の前でぷらぷらさせました。「は、男?」と、想定外の事態に男たちの目が点になります。
彼女の意図は、すぐに分かりました。
私は呆然としている男の手を振りほどき、ナツキちゃんと手をつないだまま走って逃げました。
男たちが追いかけてくる気配はありませんでした。しかし、念には念を入れて遠くまで走りました。その後、後ろを数度振り返り、追いかけてきていないだろうという確信を得たあたりで止まり、ちょうど近くにあった公園のベンチに二人並んで腰を下ろしました。
「ありがとう。ナツキちゃんのお陰で逃げられたよ。頭から痛そうな音がしてたけど大丈夫?」
「ネットに髪が絡まってたみたいで……。ちょっとひりひりしますけど、大丈夫です。しかし、あれ、怖いですね! 自分より体格のいい男が、にやにやしながら近寄ってくるって!」
ナツキちゃんはウィッグを被りなおしながら笑いました。
しかし、ナツキちゃんは何故あのようなことをしたのでしょうか。ウィッグをとって驚かせるなど、とっさに思いつく方法ではありません。言うなれば奇行です。
私の偏見ですが、男の子はもっと格好つけたがるような気がしていました。例えば私の前に出て盾になるとか、そういった行動をとりたがると思うのです。ヘタレであれば違うでしょうが、ナツキちゃんがヘタレだとは思えません。
そういえば、
まさか、私に男だと意識させないためにあえて、あんなことをしたのでしょうか。
まさかナツキちゃんは今日一日中ずっと――。
しかし、こんなことを正直に聞いたところで、答えてはもらえないでしょう。照れくさいでしょうから。
急に、先ほどまで明日以降のことを悩んでいた自分が馬鹿らしくなりました。
だって今の私、彼の人格をまるで見ようとしていないじゃないですか。
「ねえナツキちゃん。ハプニングはあったけどさ……私とのデート、楽しい?」
「はい、とても!」
「そっか」
私はもっと
「もしよかったらだけど、また休みの日に一緒にデートしてくれないかな」
「また、この格好で、ですか?」
私は一つ、悪戯っぽく彼に微笑みました。
私は男が苦手です みら @mira_mamy
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