恋ベル21

 夜のバイトになり、バーカウンターでグラス拭いたり直したりしていた。暫くすると明らかに遊んでそうな女性二人が店に来るとカウンターに座り、バーテンダーにお酒を頼み携帯電話を触り始める。


「ねぇ〜昨日、夜どうだったの?」

「うん?絢の事?彼最高だよね。男前だしお酒一緒に飲んでそのまま潰れたから連れて帰った。」


“えっ?絢って言った?”


 言葉を聞いたと同時にグラスを落としてしまう。


 ガシャーン!!


「申し訳ございません。」


 急いで掃除道具を取りに行きガラスを集め始めるが手が微かに震えだした。


「彼って前に一回だけ関係をもったって言ってた人?」

「そうそう。桜井絢。二年前かな…仕事の関係で酔った勢いだけど忘れられなかったなぁ。昨日たまたまばったり会ってそのまま飲みに誘ったんだ。」


 タバコを片手に持ちプカプカ吸いながら話す内容を私はただ片付けをしながら聞く耳を立てるしかなかった。


「それでどうしたの?」

「彼は全く起きなかったけど私が襲っちゃった。さすがに元気なってそのまま最後まで…。」


 言葉のパズルをしながら何度も繰り返すが結果は出ていた。その場から動けないでいると、店長が私の様子がおかしい事に気付き、心配してバイトをあがるように伝えられ呆然としたまま更衣室へ向かった。帰る準備をし店を出て家に帰ろうとするが足が竦み、帰って普通に会話できるほどの余裕がなかった。そのまま帰り道にある公園のベンチに座り、ただただ遠くを眺めていた。

 

 パラパラと冷たい雨が降り始め、車道を挟んで前の建物に桜井の勤める会社がある。呆然と会社を見ていた。頬を伝うそれが涙なのか雨なのかわからないでいた。その時会社から葎成と桜井が出てくる姿が目に映り、同時にメールが届く。


『今日も取引先と飲み会が入って遅くなる。先に寝ていて。』


 携帯の画面にポタポタと涙が落ちる。


「…本当…かな…。なんだろう…この気持ち…わかんない。」


『無理しないでね。』震える手で必死にメールを打ち返す。その頃タクシーを乗った葎成と桜井は取引先に向かっていた。


「絢。昨日の事ちゃんと絢桜に話せよ。」

「ああ。俺も迂闊だった。」

「けど何もなかったんだろ?」

「覚えてない。朝起きたらあの女のベットにいたから驚いた。キツイ酒飲まされてそこから記憶がなかった。」

「何やってんだ。はぁ。本当何もなかったらいいけど。絢桜から連絡はあったのか?」

「ああ。今日バイト行くってメール届いていた。」

「そっか。今日は終わったら直ぐ帰れ。」

「ああ。」


 私はいつの間にか葎成の会社の前にいた。会社から見える公園の時計の針は夜十一時をさしていた。会社を眺めると微かにしか電気が残っておらず、私自身抜け殻のように会社前に座り込む。葎成と桜井は接待が終わり相手先に挨拶をし見送ると葎成は桜井に向き合う。


「じゃぁな。ちゃんと話せよ。」

「ああ。葎は?」

「俺は一旦会社戻る。」


 桜井は頷きタクシーを乗り帰っていく。


「さて、戻りますか。」


 葎成もタクシーを乗り会社まで戻ってくる。会社に着いた葎成はタクシーを降り、会社入り口まで来ると濡れた体を小さくし蹲っている誰かわからない私を葎成はしゃがみ込み声をかける。


「君。こんな所でどうしたの?」


 その声は誰かわかっていた。


「…煜…さん。」

「えっ!?絢桜!?どうした!?」


 葎成は私の体を少し起こし顔を手で優しく上げる。私は泣ききった目をしてまるで人形みたいだった。葎成はスーツの上着を脱ぎ私に掛けるとそのまま抱きかかえ会社に入っていく。


「おい!何があった?!絢に電話!」

「やめて!!」


 思いっきり叫んだ。その声に葎成は驚いた顔をする。


「わかった。けど理由は聞くからな。」


 葎成は私を背負うと私は背中にもたれ、葎成の甘い香水の匂いにどこか縋りたい気持ちで涙が溢れだす。


「うっうっ。しんどいよ。うっ。うう。」


 ただエレベーター上がってる間、葎成は怖い顔をし私は泣いていた。その頃桜井は家に帰ってくるが、玄関に私の靴がない事に気付き時計を見る。日は変わっていて、寝室に行くがいつも寝ている私の姿もなく、全部の部屋を確認し、いないことに焦る。携帯電話を出し着信歴で私を選択する。


「えっ?朝六時?どういう事だ?あの女!」


 桜井は焦りながら私に電話をかけ、携帯電話の着信音が私の鞄から鳴り出す。それは桜井だとわかっていた。私は社長室のソファで放心状態で座っていた。


「なってるぞ。」


 首を振ると葎成は私の鞄のサイドポケットから携帯電話を取り出し電話に出る。


「絢桜!今どこだ!?」

「絢。」

「葎?」

「ああ。絢桜は会社にいる。俺が帰ってきた時入り口で泣いていた。」

「えっ?まさか。」

「俺はまだ何も聞いてないけど確実にその事だと思う。どうする?」

「絢桜は電話に出ないって言ってるのか?」

「ああ。俺も帰るように言ったが拒絶反応だった。なぁ何もなかったんだろうな?」

「あの女から聞かないと今は何も言えない。」

「はぁ。取り敢えず俺とこに預かるぞ。いいな?」

「ああ。頼む。」


 葎成は電話を切るとテーブルに携帯を置き、ソファに座る私の前にしゃがみ込む。


「絢桜、取り敢えずお風呂先だな。また体壊したらいけないから。」


 会社のシャワーを借り、葎成のカッターシャツとぶかぶかのスエットズボンを借りる。手には葎成のスーツの上着を持ち、シャワー室から出てくると葎成はソファに座るように手招きする。ゆっくりと葎成の横に座るとテーブルにはホットミルクが置いてあった。


「どうぞ。」

「…ありがとうございます。」


 ホットミルクの入ったコップを手に取り一口飲む。暖かくて、甘くて、どこか切ないような味がしまた涙が溢れ出す。


「じゃぁ。話してもらおうかな。」


 自分の指で涙を掬い小さく呼吸する。


「…今朝、絢が帰ってなくて心配で電話したら、女の人が出て…昨日お酒飲んで今一緒にいるって言われた。」

「それで?」

「…一緒にいるって言われて、そのまま何も聞かず電話を切った。」

「それだけじゃないでしょう?」


 その先の言葉に口を閉ざすが葎成は私の頭を撫ぜて優しく微笑む。葎成の微笑みで私はボロボロと涙がこぼれる。


「…今日バイト夕方までだったんだけど。…帰るのが怖くて、夜もバイト入れた。……その時…お客として女性がきて…絢の話をしてた。」


  涙声になりながらあった事をゆっくりと話す。


「なんて言ってた?」

「…酔い潰れて…寝てたって…けど私が反対に…襲ったって………襲うと元気になって…最後までって…。」


 握るカップの手が強くなり中に入ってるホットミルクが私の心の波のように揺れる。


「そっか。絢桜はそれ聞いてどう思った?」

「へっ?すごく…嫌だった。…私はまだそういう経験ないからどうとかわからないけど私は絢が好きだから…そんな事…聞きたくなかった…出来れば知らない方が良かった。……それにどんな顔して会ったらいいかわからないし、今も絢が私からいなくなるんじゃないかって。…だけど私が絢の奥さんなんだってって言いたくなったり…。」

「あはは!」


 急に笑い出すと私の頭をグシャグシャと撫ぜ、いつもの葎成の手の温かさと優しさで少し落ち着きを取り戻し小さく深呼吸する。


「…笑うとこですか?私は真剣に怖かったんです。」

「そうだな。ごめんごめん。けど絢はきっとパニックだろうな。今頃その女ところ行ってブチキレてるぞ。」

「…煜さんは怒らすとマズイって、聞いてたけど絢ってキレるんですか?」

「なぁ。俺はなんでそんな悪者な訳?絢、基本黙ってるけど予想以上の事になるとマジギレする。まぁ大人になった分手加減はしてると思うけど。まぁ。互い知らない事あっていいと思うよ色々知れて幸せに思うしね。」


 葎成は私のコップを取り上げテーブルに置く。私は葎成の行動がわからなかった。


「絢桜。」


名前を呼ばれると同時に私はソファに押し倒され唇を奪われる。私は一瞬すぎて抵抗もできなかった。


「あれっ?抵抗しないんだ?…」

 

 葎成は私を上から眺め見た事のない真剣な顔を見せる。


「俺は絢桜を守るならなんでもする。誰が何をしてこようが、一番に絢桜の事助ける。だから、困ったら俺を頼れ。」


 葎成の目は本気だった。私はただ葎成を見つめ話を聞いてるだけだった。葎成は微笑みまたキスをするが私はそのキスに心の何処かで不安が安らいでいた。葎成は急に私を立たせ、ソファに座る葎成の前へ立たされる。その行動がよくわからないままいると葎成は私の腕にそっと触れる。


「絢桜。俺、あの時傷つけたことは忘れていない。絢桜の中では解決してるかもしれないけどきっとそんなことはないはずだ。傷を見ると怖く思うときもあると思う。謝っても許してもらえなくてもいい。だけど俺から離れないでほしい。」


 葎成はまるで子供が親にしがみつくように私を抱きしめる。私は葎成の手を離し着ていたカッターシャツのボタンを外し始める。


「おい。絢桜やめろ!」


 シャツを肩から腕まで半分脱ぎ傷の腕を見せる。


「見てください。腕の傷は良くなってる煜さんのつけた傷っていうけどそれは私の中に煜さんがいるという事で辛くも悲しくない。」


 葎成は私を愛おしそうに見ると私の腕にキスをする。その時勢いよくドアが開く。葎成が私の腕にキスをしている姿を桜井は見てしまう。桜井は葎成に向かい思いっきり胸ぐらを掴む。


「葎!!」

「やめて!」


 桜井を後ろから抱き締め止める。


「絢桜?」


 桜井から離れソファに倒れた葎成を私は慕う。


「ゲホッ!絢!手加減しろよ!」

「葎!どういうつもりだ!!」

「はぁ!?お前はこういう事あっても簡単に気持ちをぶつける事できる。だが絢桜は違う。自分の中に押し付け人形みたいに動かなくなる。わかるか?軽はずみな気持ちで女と飲んでんじゃねーぞ!!」


 葎成の言葉に桜井は黙ってしまう。桜井は私に向き合い強く抱きしめる。


「ごめん。俺…。あの女とこ行って話聞いてきた。絢桜はあの女からなんて聞いた?」

「…最後までしたって…聞いた。」

「ごめん。」


 桜井は私を強く抱きしめながら謝る。


「絢。まさか。お前。」

 

 葎成の目は異様に殺気立っていた。


「俺は葎を殴る理由はない。」

「どういう事?」

「寝たのか?」


葎成は聞いた事ない冷たい口調だった。


「最後まではなく…。唇は交わした。」


 バシッ!葎成は桜井を殴り胸ぐらを掴む。


「絢!何やってんだ!」


 桜井はそのままソファに座り込む。


「そうではないと願っていた。体は未遂で済んだがけど他の女に触れた事は俺の迂闊な行動だ。絢桜ごめん。」


 桜井はただただ下を向いたまま私の方を見ようとしなかった。私は力が抜け倒れそうになる。それを葎成が支え抱きしめる。


「絢。俺が絢桜を貰うぞ。」


 桜井は私の手を取り強く握り首を振る。


「絢桜。ごめん。許してもらおうと思ってない。けど俺は絢桜じゃないとダメなんだ!」


 桜井は今にも泣きそうな目で真剣に話す。


「…絢。…私も一緒だよ。…悲しくて煜さんにすがった。ごめんなさい。」


 桜井は横に首を振る。私と桜井の会話を聞いた葎成はそっと私を抱きしめる手を離し桜井の横に座らす。


「絢。…まじで次はないぞ。というかなしだ。はぁ…けど君達何回やらかしてくれますか?」

「悪かった。…けど絢桜の腕にキスしてたことは許さない。」

「あれは消毒だ。俺がつけた傷だからな。俺だって怖かった絢桜に一生な傷をつけたことに。まぁ他にも絢桜とキスしたし二回。」


 葎成は桜井に謝りながら話すが、桜井は私の首に腕を回すと同時にキスをする。葎成の前でキスをする桜井に驚き目を開けたままキスをしていた。


「あはは!絢桜。目、閉じましょう。けど俺の時は色気出てたけどな。」

「葎!」


 桜井はスーツの上着を脱ぐと私にそっと着せる。


「ごめんごめん!それより絢!ロスの分手伝え!」

「ああ。」

「絢桜はそこでゆっくりしてていいし、寝ててもいいよん。」

「今から仕事ですか?」

「そうだよん。」


 優しい口調で言うと葎成は机に向かい、座るとすぐパソコンに向かい仕事始める。


「俺はまだましだが葎はほとんど家がここだ。それくらい忙しい。」


 仕事に支障が出てる事に気付き、仕事より私の事考えてくれて、本当自分の勝手な行動に心を傷めた。葎成と桜井が仕事している姿を見ていた。暫くして葎成は背伸びをし、椅子を横に退けるとその場で何やらしている姿が目につき近くに行く。


「足ツボボード?」


 葎成の側に座り足つぼボードを見る。


「今バカにしただろ!?コレで眠気冷まし!結構痛くてけど健康だろ!」

「後でやってもいい?」

「いいぞ。ついでに肩揉んで!」

「かしこまりました社長!!」

「社長じゃなくて名前が良かった。」


 私が足ツボボード乗って、葎成の肩を揉んでいるところに桜井が入ってくると手に持っていた書類を落とす。


「何してるんだ?」

「肩もみ!」

「足ツボ!」


 私と葎成は同時に発しあまりの被りに二人でケラケラと笑う。桜井はそんな姿に微笑む。そろそろ私は眠気の限界になりソファで横になりそのまま寝てしまう。そっと体にブラウンケットがかけられる。


「やっと寝たな。」

「葎。絢桜に真剣だよな。」


 桜井は葎成に真剣に尋ねる。


「かもな。だけど確実に俺の方が泣かすことになる。だから絢桜は絢といるほうがいい。俺はそっとお前らを見守っている。けど今日みたいな事は絶対やめろ。」

「ああ。悪かった。」

「けど限界超えたらわかんねぇけどな。俺けど愛人?不倫?どっち?」

「何の話?」

「愛人でいいや。」

「ダメだろ。葎もう終わるのか?」

「ああ。けどここで寝泊まりだな。絢はどうする時間も時間だしこのままでもいいぞ。」

「ああ。」


 桜井と葎成は私のスヤスヤと寝ている姿を見て二人で微笑む。朝になり家に帰り桜井は改めて謝罪をし、私はもう大丈夫だからと伝えいつもの生活が始まった。


 

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