恋ベル13

 楽しい夏休みも、もう少しで終わりに近づき私と井下は夏休み最後という事で家の近くの噴水前で待ち合わせをしていた。噴水の所で私は座って待っていると井下が手を振って走ってきた。


「シザ!ごめん遅れた!」

「そんなに慌てなくてもいいのに。」


 井下は暫く休憩と言って噴水前に一緒に座る。


「シザ、桜井さんと会ってる?」

「会社で会った以来会ってない。かなり忙しいみたいだから多分会える時間も限られてると思う。それに連絡方法がなくて…。」

「そっか私経由だしね。携帯は買わないの?」

「う〜ん。考え中。」


 会いたくても声も聞きたくても連絡方法がない事に頭を抱えてた。


「携帯持ったとして副社長だしね。なかなか会うのも限られてるよね。今頃だけどあの若さで二人凄いよね。オーラも半端ないけど。…寂しい?」

「少しだけ。だけどそれはずるい考えだって思ってる。私は高校生で時間も余裕ある。だけど桜井さんは大人で仕事もしてる。仕事の大変さはお母さん見て知ってるから自分のわがままを言うわけにはいかないって。」

「そっか。恋人同士ってお互い何処まで信じあってるかが試されるよねぇ。恋したくなくなってきた。」

「なんでそこに繋がるの?」


 そう言うとお互いに笑い合う。その時スーツを着て手には雑誌を持って歩いてる男性がいた。その男がこちらを見るとすぐ駆け寄ってきた。目の前に立つ男、私達はその男を見る。


「なんか幸せそうな顔してるね。」


 憎みしみが篭った言葉と殺気な目つきで私と井下を見る。以前私に水をかけた男だった。私達は咄嗟に立ち上がり私は井下の前に立ち守る。


「何か?」

「君たちのせいで仕事クビになって、お陰様でまだ仕事も決まらない。ただ水かけただけなのに。」


 男は手に持っていた雑誌を私にめがけて投げ付ける。


 バサッ!


 男は私の首元の服をつかむ。


“えっ?うっ。”


 男はすごい力が入っていたのか私の服が首を絞めつけられる形になっていた。そっと男の手を掴むが怖くて手に力が入らないでいた。


「やめて!離して!」


 井下は声を上げ叫んでいると周りの人たちも騒ぎ始める。


“くっ…る…しい。”


「キャー!誰か助けて!」


 周りにいた人も井下の悲鳴を聞き、私達の方に寄ってくる。男は手を離すと私を押しその勢いと同時に噴水の岩石で腕を切ってしまい血が流れ出す。男は周りの大人の人によって取り押さえられ、私はあまりの痛さと恐怖で呼吸がうまく出来ずその場に倒れこむ。


「シザ!シザ!」


 今起こっている事に頭がついていかずそのまま気を失ってしまった。救急車と警察がきて私が目が覚めた時には病院だった。目を覚ますと母がベットで私の手を握って寝ていた。


「お母さん。」


 母はゆっくりと目を覚まし私の顔を見て涙を流す。


「…よかった…本当によかった。」

「ごめんね。」

「何謝ってんの。悪いのはあの人。苦しいのは?腕は痛くない?」

「…なんとか。…けど怖かった。」


 やっとの正気に戻り、その時の出来事を思い出し身体中震えが止まらなくなり涙がポタポタと溢れ出す。


「もう大丈夫だからね。怖かったね。」


 母は優しく抱きしめると私の背中を撫ぜた。


「絢桜。辛いかもしれないけどお母さんに話してくれる?」


 咄嗟に首を振った。知っている人でとても大事な人が関わってる事にとても言い出せなかった。


「桜井さん関係してるの?」


 母の言葉に私は目を開くが母は微笑む。


「…。桜井さんは…関係してないと思うんだけど…社長さんは関係してる。だけど私にとって二人は大切な人だから。」

「絢桜…。警察の方にも色々聞かれたんだけどお母さんわからない事ばかりだから目が覚めるまで待ってもらってるの…。」

「お母さんお願い警察にも関係ないって。」


 母の話の途中で強く発言する。母は暫く黙り込み困った顔していた。そっと私の手を取る。


「絢桜の気持ちもわかるよ。だけど警察にはきちんと話したほうがいいしお母さんとしては許したくない事だからきちんと警察の人と話しましょ。」


 この一件で二人に迷惑かけてしまったとそればかり考えていた。


「わかった。」


 言いたくないけど母の話を聞き警察と話することになった。


「だけどまた何かあったらその時はお母さんも黙ってないからね。けど絢桜に大切な人ができて嬉しいし、よほどその人のこと信用してるんだね。」

「うん!」

「嬉しそうだね。こんな事あったのに桜井さん達の話になると笑顔になる。」


 母は嬉しそうに笑いかけ私の頬をそっと触れる。


 その頃葎成の会社ではいつもの忙しさで仕事をしていた。トントン。社長室のドアを桜井がノックする。


「ハイ。」


 桜井は深刻な顔して社長室に入る。


「何かあったのか?」

「警察の方が来られてるみたいです。社長に話をしたいようで。」

「警察?なんでまた?」


 桜井は困った顔を葎成に見せる。


「…わかった。応接間に通せ。絢も一緒にいろ。」


 桜井は頷き警察を応接間に案内し、葎成は警察がいる部屋に入る。


「葎成社長ですか?」

「ハイ。」

本町ほんまち警察署の芳賀ほうがです。社長にお聞きしたことがありまして、以前ここで働いてた岡本はご存ですか?」

「ハイ。私が解雇にしたものです。」

「解雇の理由をお聞きしてよろしいでしょうか?実は先日事件を起こし負傷者も出てます。」

「会社とは関係なくプライベートで女性に無責任な行動をしたので解雇にしました。事件とはどういう?」

「今は相手の女性と話をしている最中でこれから事件性になるか示談になるかの状態です。」

「その女性は?」

「今は入院されてます。」

「そうですか。その女性名前教えていただけないでしょうか?」


 刑事達は困惑の表情を浮かばせた。


「残念ですが、申し上げる事は出来ません。」

「そうですか。」

「また何かあれば伺います。今日はこれで失礼します。」


 桜井は刑事を案内をし社長室に戻ってくると葎成は怖い顔をしていた。


「葎?」

「あいつ何してんだよ!事件って!俺の判断は間違ってたのか?」

「…会社を去った後だから問題ない。」

「俺は謝罪に行くべきか?」

「けど関係なかったらそれはしなくていい。だが相手の女性の詳細もわからない状態…。」


 葎成と桜井は今まで見せた事ない顔をしていた。結局警察と話し合い示談で話がついたが母と井下は納得いかない顔をしていた。私も関係ない事はなく、こういう事件が起こった事にすごく胸が痛く重く受け止める事しかできなかった。それから一週間が過ぎ、私はまだ腕の傷口と精神的な治療が完全ではなかった。だけど体を動かさないと色々気になって余計に辛いと思いDrに頼み、退院させてもらい通院に変えてもらった。母は入院するようにと言ったが学校ももう直ぐ始まる為、そういうわけにはいかなかった。母が仕事という事で病院を井下に付き合ってもらっていた。


「桜井さんに言ったの?」

「ううん。言えないよ。桜井さんも気にするけどきっと葎成さんはもっと気にすると思うから言えないよ。短時間だけど私とクロの事ですごく大事にしてくれてる。そんな人に話せないよ。」

「うん。本当にいい人たちだもんね。二人ともシザの事好きだしね。」

「えっ?葎成さんは違うでしょ?」

「どうかな?」


 彼達がどれだけ大切で大事な存在か、二人で話をしていた。その頃は母は仕事といい葎成の会社にいた。


「井梅さんですか?」

「ハイ。」

「初めまして、桜井と申します。」


 待合で待っていた母は即立ち上がり会釈をする。


「井梅絢桜の母です。忙しいところお呼びして申し訳ございません。今日は社長さんはいらっしゃいますか?」


 てっきり桜井に話があると思っていた為、桜井は母の言葉に驚いた顔をする。桜井は応接間に案内し社長室前で首を傾げ考えていた。トントン。桜井は社長室に入る。


「ハイ。ってなんだ?今忙しい。」

「葎。」


 葎成は桜井の言葉に何かを察し仕事の手を止める。


「何かあったのか?」

「…絢桜の母親が葎を呼んでる。今、応接間に待たせてる。」

「はぁ?俺?」

「ああ。」


 葎成は首を傾げ椅子から立ち上がる。


「取り敢えず行く。」


 葎成と桜井は母のいる応接間に行くと母は立ち上がり礼をする。


「突然申し訳ございません。お忙しいのは承知ですが少しお話し宜しいですか?」


 葎成は席に座るように手で合図をし、桜井は部屋を出ようとする。


「桜井さんも一緒に話を聞いていただいてよろしいですか?」


 桜井は少し驚いた顔で母を見て葎成を見ると軽く頷く。


「話とは?」

「ハイ。絢桜からは二人の話をよく聞かされてます。話を聞いてるだけで絢桜がとても大切に思っている方だとわかります。母として笑顔が増え毎日楽しそうにしている姿はとても喜ばしい事です。ですが………社長さん。以前岡本っていう方はここの社員だったとお聞きしましたそれは本当ですか?」


 その言葉に葎成と桜井はただ驚くしかなかった。


「岡本は確かにここの社員でした。」

「解雇にされた理由を教えていただけますか?」

「守秘義務がありまして話すことはできないのですが、何かありましたか?」

「…警察方が来られてると思いますが、事件の事は聞かれましたか?」

「…えっ…まさか…。」


 葎成の顔は驚くほど怖い顔になっていた。


「事件に巻き込まれたのは絢桜です。」


母の言葉に桜井も顔色が変わる。


「絢桜?」

「ハイ。絢桜は警察と話をし示談になりました。私としては事件性で話を進める予定でしたが、絢桜の強い希望でそのような形になりました。周りの情報では明らかに絢桜と古乃実ちゃんに言い寄って、絢桜の首元の服を持ち上げ取り押さえられる寸前、突き飛ばし腕に怪我しました。きっとお二人を巻き込まないようにと思ったんでしょうね。警察には岡本という方の事を話をしていると思いますが、私にはその事で何度も訪ねましたが絢桜は理由を言いませんでした。教えていただけないでしょうか?」

「謝っても済む問題ではないと思ってます。申し訳ございません。」


 葎成は突然立ち上がり椅子を直し母の目の前まで来ると頭を下げる。母は驚き咄嗟に立ち上がる。


「解雇にしたのは、岡本がプライベートで絢桜さんに向けた態度がよくなかったので解雇にしました。」

「じゃぁ、顔見知りだったんですね?」

「ハイ。その日、後からですが私もその場にいました。岡本の都合で絢桜さんに水を頭から浴びせました。」

「そうだったんですね。社長さん頭をあげてください。下げる必要ないですよね?社長さんは何も悪くないです。」


 葎成は顔を上げると母は微笑む。


「私は嬉しいんです。絢桜が今まで見せたことのない笑顔を最近たくさん見せてくれてます。本当にお二人のことが大切で心から信頼してるってわかります。ありがとうございます。ごめんなさいね。私は責めに来たわけじゃなくて事実を知りたくて、絢桜に怒られますねきっと。」

「いいえ。私も責任があります。絢桜さんはどこの病院にいますか?」

「病院にはいてないです。通院してます。まだ完全に治ってないんですが、迷惑がかかるといって今日も古乃実ちゃんにお願いして病院に行ってます。まだ腕の傷も治っておらず精神的な事もあるのですが、大丈夫と言って過ごしてます。ですけど顔見てたらわかります。怖い痛いって。だけどそれが絢桜です。それから桜井さん絢桜とお付き合いをされてると聞きました。」

「ハイ。」

「あの子はとても強がりに意地っ張りで自分が甘えたことは全く言わない子です。それに一番困るのが人に迷惑がかかると思うことは何があっても隠し通します。桜井さんきっとこれから振り回されると思いますが絢桜の事よろしくお願いします。」


 桜井は母の話をただじっと聞いていた。


「今日はごめんなさいね。時間取らせてしまって。私はこれから仕事なのでこれで失礼します。桜井さん最近絢桜が寂しくしてます。それでは。」


 受付の人に母を送るように伝え、葎成と桜井は礼をして母を見送る。


「絢。悪い。俺のせいで絢桜に傷つけた。」

「葎のせいではない。守れなかったのは俺の責任だ。」

「古乃実に連絡するから絢桜に会わないか?」

「ああ。」


 葎成は井下に連絡を入れ、私には誰と会うと言わず井下に支えられながら指定された公園へ行くと公園に葎成と桜井がいるのを私は気づく。


「えっ?」

「ごめん。社長さんから連絡あって、シザに会いたいって。シザのお母さん会社に行ったらしいよ。」

「え〜!?」

「それだけ心配だったんだよ。そりゃそうだよ娘は示談にするし何も謝罪もない。私だって乗り込みそうだったもん。」

「乗り込むって…。…クロ、ありがとうね。」


 私は井下と手を繋ぎながらゆっくりと彼達がいるところに向かう。彼達が私を見るといつもの優しい顔ではなくて悲しい顔をしていた。ゆっくりと向かうと葎成と桜井が同時に頭を下げた。


「えっ。どうしたの?」

「本当に申し訳ない。俺のせいで絢桜を傷つけてしまった。すまない。」


 葎成は深々と頭を下げ私は葎成と桜井の肩に触れた。


「二人とも顔あげて。」


 二人は顔を上げ私は笑顔を見せる。


「私こそごめんなさい。心配かけたくなくて言わないで返って辛い思いさせたねごめんね。」

「絢…桜。」

「絢桜。」

「ハイ。もうおしまい!けどいい思い出だったかもね。クロ!」

「な訳ないじゃん!私を庇うから!」

「クロを守るの私だから。絶対何があっても守るよ!」

「シザ!!」


 シザは私に抱きつくが腕が痛くて抑える。


「うっ…。」

「絢桜!?大丈夫か!?」

「痛たった。」

「入院したほうがいいじゃないのか?」


 葎成は心配して私を桜井がそっと体を支える。


「大丈夫?」

「うん。ありがとう。ここで腕回し練習とか?」

「シザ!ダメ!」

「早く治さないと学校でも動けないじゃん!」

「私が動くから今は安静にしていて。」


 葎成と桜井は私と井下の会話を聞いて困りながらも笑っていた。


「絢。俺きっと絢桜と古乃実に助けられてる。」

「ああ。俺もな。」

「情けねぇな。」

「ああ。本当に。」

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