恋ベル7

 一学期テストが終わり今日は終業式。誰もが夏休みをゲットしたい為必死に頑張っていた。結果私たちのクラスは赤点補習もいなかった。担任も安心した顔をしてると思いきや怖い顔つきになり夏休みの過ごし方を色々と念入りに話していた。放課後は誰もがテンション上がり、いつも以上に賑やかだった。私はギプスも後少しで外せる事になり、やっとこその解放を楽しみにしていた。


 夏休みの間のバイトは開店から入る事になり、店の準備をし開店の看板をドアノブにかける為外に出る。開店前にはもう人が並んでいた。順番に案内するが私はギプスしている為、席案内と会計のみの仕事をしていた。昼間なのに利用客が多く少し落ち着いた時間になりお客様も少なくなっていた。その時店の呼び鈴がなり元気よく挨拶をする。


「いらっしゃいませ…。」

「井梅ちゃん来たよ!」


 葎成が店に入ると同時に笑顔を見せるがどこかいつもの笑顔ではなく、何かを怖さを感じる強い眼差しで私を見ていた。後ろに桜井もいる事にも気づき私はコッソリとギプスの左手を後ろに隠す。店長が葎成を見るとすぐ駆け寄ってくる。


「葎成様いらっしゃいませ。個室ご用意しましょうか?」

「お願いします。」

「井梅ちゃん案内お願いできる?」


 お願いされたくなかったけど断れずメニューを持ち案内する。席に案内してすぐさま立ち去ろうとすると桜井に右手を掴まれる。私は驚きゆっくりと振り向く。


「手、どうされたのですか?」


 桜井は真剣な目で私の視線に合わし嫌な心臓の音が響いた。葎成はメニューを見て気にしてないようだった。


「シザちゃん。ホットコーヒー二つね。」


“うっ…。”


 葎成の言葉で観念し、私は彼らに向かって鋭い目で返すと葎成は店長を呼ぶ。


「店長さん。しばらく井梅さんお借りしていいかな?あとコーヒー二つ。」


 店長は下を向いてメニューを握りしめている私をちらりと横目で見る。


「…えっ。あっハイ。井梅ちゃん服着替えておいで。今日は上がりでいいから。」

「…わかりました。」

「ここで待ってるから逃げないでね。」


 葎成は微笑みながら言うが目は笑っていなかった。


 更衣室で服に着替えて眼鏡をかけ鏡を見るが足取りがすごく重く、そんな重さを体全身で抱えながら葎成と桜井の席に戻る。


「どうぞ。」


 コーヒーを飲んでいた葎成はそっとカップを置き、手で座るように合図し私はゆっくりと座る。前には葎成と桜井が座っていた。この状況がこれからが拷問のように思え顔を下に向ける。


「さて。何から話してもらおうかな?」


 葎成は下向く私の顎を手で持ち上げる。


「葎。怯えてる。」

「ごめんごめんけど下向かないで顔見れないから。」


 私はコクリと頷く事しか出来なかった。


「俺から質問していくね。シザちゃんは井梅さんと同一人物で間違いない?」

「…ハイ。」

「やっと喋った。次。なぜ言わなかった?」

「特に意味は無いです。私も好きでバイトしてますからそれに騙しても黙ってたでもないです。気づかれなかっただけです。」

「ほう。言うねぇ。井下さんは知ってるよね。そうだろうとは思っていたんだけど前のランチでの会話で確信したかな。言ってくれても良かったんだけどね。」

「言う必要ないですから。」


 あまりのくだらなさの会話に勝手にしてることだし干渉しなくていいと思っていた。そう思っていると涙が流れ自分でそれに気づかないでいた。葎成と桜井は驚いた顔をし桜井はハンカチを渡す。私は首を傾げる。


「涙。」

 

 悲しげな顔をしながら桜井は私を見て言う。


「えっ?私泣いてますか?」


 眼鏡を外し、右手で目を触り伊達眼鏡のレンズを見ると涙粒が付いていた。葎成と桜井はその言葉と行動を見て顔を見合わせる。


「泣いてる事に気づかなかった?」

「あっ。ハイ。ごめんなさい。見苦しいところ見せてしまいました。」

「イヤイヤ。高校生なんだからそこは気にするとこじゃないと思うけど。けどどうしてシザちゃんは俺らに対しても冷めた口調になるのかな?何から原因があるの?」

「話したくないって言うとどうしますか?」

「ぷっ。本当ガードキツイ。シザちゃんの思う事もあると思うけど誰かに話しして、助けてもらうことだって必要だと思うよ。一人で抱え込まない方がいいんじゃない?」


 葎成は肘をつき私に優しい顔で話す。


「井梅さん。社長が苦手なだけですね?」


 桜井はコーヒーを片手に持ち冷静に言う。


「おい!絢なんて事を!」

「俺にはそんな風に言わないから。」


 二人の微笑ましいやり取りが自分の今までの苦しかった物が自然と一つ一つ流れ不思議と安心していた。


「絢、俺を誰だと思ってる?!」

「(株)twine sun extend 社長。」

「そんなこと聞いてねぇよ!」


 二人の会話が可笑しくて笑い出し、葎成と桜井も私を見て微笑む。


「二人、仲いいんですね。」

「仲がいいというよりか俺たちは中学から一緒で腐れ縁だな。会社も二人で立ち上げて今になるっていうくらいだ。」

「本当。二人は素晴らしい方です。」


 葎成と桜井はキョトンとした顔を見せる。


「俺たちを褒めている。初めてだ。」

「私、そんなに酷いこと言ってますか?」


 二人は何のためらいもなく頷く。


「っていうか高校生ってこう歓声あげたりするのに全くだったし。だから余計に気に入ったかな。絢が。」


 ゴン!桜井は葎成の頭を軽く叩き葎成は頭を押さえる。


「イテェ…そういや井梅ちゃん名前なんていうの?」


“…ちゃん?ちゃんって言った?”


「絢桜。」

「なんで絢が知ってんだよ!」


 桜井は手帳を出し私が書いた名前のところを開ける。葎成は手帳を受け取ると書いてある所を見ると目を大きくする。


「!お前らすげーなこれだけで運命感じるわ。桜井絢と井梅絢桜。漢字梅以外一緒じゃん。ってか絢と桜で『』っていうんだ。名前で呼んでいい?」

「許さん。」

「はぁ?なんで?」


 私と桜井は微笑み合っていると葎成は目を細める。


「何々?俺邪魔だったりして?」

「そんな事ないですよ。」


 はっきりというと桜井は少し寂しい顔をする。


「あははは。いいね、こういうの。そういや夏休み入った?」

「あっ。ハイ。」

「俺達の別荘いかねぇ?井下さん連れて二泊三日とかどう?」

「お母さんに相談だけど。私…金銭的に無理です。」

「お金の事は気にしない。」

「そういう訳にはいかないので。」

「絢桜。ここではありがたく喜べ。」


 突然、葎成に名前を呼ばれドキッとする。


「絢桜…。」

「ダメだった?」

「いいえ。大丈夫です。…桜井さんは呼んでくれないのですか?」


 コーヒーを飲んでいた桜井は私の言葉に吹き出す。


「俺?」

「ぷっあははは。本当、絢桜楽しいね。ヨシ決定。」

「けど親に言わないと。けどクロ行けるかな…。」

「井下さんは聞かなくても日付言ったら飛び跳ねて来るんじゃない?」


 葎成が飛び跳ねる真似をする姿に三人で笑いあった。別荘の日程は後日、井下に連絡するという事で店を後にした。家に帰り先ほどの事を母に相談するのにすごく緊張していた。


“本心は行きたいけどきっと今まで宿泊とか友達といった事ないし、駄目って言われそうな気がする。”


「いいじゃん!いいじゃん!行っておいで!必ずゲットして帰ってくるのよ。もし付き合うようになっても大丈夫だからね。」


 なぜか目を輝かせながら自分のように喜ぶ母。私は予想外の返答に口をぽかーんと開けながら聞いていた。


「…いいの?お母さん。少し話がおかしい事になってるけど。」

「そう?けどお母さんは嬉しいよ。今までは幸せなことしてあげれなかったから。それに高校生だから恋もしなくちゃ。どうせお父さんの事気にしてると思うけどそんな人ばかりじゃないから。」

「恋は別だと思うけど、本当にいいの?」

「うん。行っておいで。」

「うん!」


 色々頭の中で考えていた事が一気に嬉しさで胸いっぱいに締め付けられた。初めての体験に何処か不安だらけだったけど行く事を決めた。井下に連絡しようと思う前に勝手に行く事になっていて約束の日時を伝えられた。葎成と桜井、私と井下で別荘宿泊に井下は喜んで興奮の電話を行く日までかけてきて、冷静で対応するが何処か浮かれている私もいた。

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