恋ベル5
今日は夜から貸切のパーティーの日。バイトが終わり更衣室で着替えをしようとロッカーを開けハンガーにかけられた制服を取ると店長が慌てて入ってくる。
「井梅ちゃん!!お願い!夜バイト入ってくれない?!」
「えっ?」
突然の申し出に私はロッカーから取り出したハンガーを落とし呆然とする。
「夜のホールの子が一人熱で無理そうって連絡あって。制服が…。」
「すいません。…店長、夜は入った事ないですよ。知らない事もたくさんあると思う…。」
「ホールはいつもと一緒。運ぶのとかはなくて飲み終わったグラスの片付けだけだから大丈夫。」
「入る限定な言い方ですけど?」
店長は笑顔を見せると何か巧まれた顔に変わり、私はその場でため息をつく。
“まぁ、明日学校休みだからいいか。”
「わかりました。お母さんに連絡しておきます。」
「大丈夫だよ。香菜ちゃんには了承済み〜。」
「またですか…店長もはや元からこういうつもりでした?」
「なんの事かな?貸切は0時過ぎると思うから井梅ちゃんの帰りは二十一時までって一応伝えてあるから私が送っていくね。よろしくね!」
早々に言うと店長は更衣室を出て行く。
「はぁ。先輩昨日から休んでたし無理ってきっとわかってたんだろうね。じゃぁ昨日言ってくれたらよかったのにまた急だし。結局暇だからいいんだけど。十八時まであと三十分か化粧直しでもしてよっと。…うん?貸切の会社って桜井さんだったよねぇ…という事は社長さん来るよねきっと。気づかれるかな…。」
時計の針が十八時になり貸切のお客様がゾロゾロと店にやってくる。ホールスタッフは事前のミーティングの内容に沿って行動する。
“…私は何をすれば…。”
ただ店長の横に立って挨拶をしていただけだった。
「店長、接客法教えてください。他のスタッフすごく働いてるので私も…。」
「井梅ちゃん今日は急遽だし接客法はなし。大まかに説明すると各自でお酒をバンテンダーに注文してそこで受け取る。だから井梅ちゃんは飲み終わったグラスと空いたお皿の回収するだけでいいから。もし何か聞かれたりしたらすぐ言ってきて私が行くから。」
「ハイ。」
カララン。
店の扉のベルがなった。
「大明神!!待ってました!!」
「お前ら。その名やめろって!」
葎成が来ると一気に盛り上がり、葎成は店長に会釈をし私を暫く見て微笑む。
“うっ…。観察されてるよ…。”
後から桜井が店に入ってくると桜井は私を見ると目を開くが微笑む。私は店長と礼をすると桜井はバンテンダーにお酒を頼み葎成にお酒を渡す。
「今日まで皆頑張ってくれた。俺からのプレゼントだ。遠慮なく飲んでくれ!では企画成功を祝って乾杯!」
「乾杯!!」
“えっ?まさか貸切がプレゼントって社長ってやっぱ太っ腹。”
「井梅。では頼むね。回収だけでいいからね。」
「ハイ。」
店内をゆっくり周り空いてるグラスないかを確認しに行く。
“けどすごいお酒の量。まだ始まったというのに空がいっぱい。回収回収。”
空いたグラスをお盆に載せるが手首の事もあるため腰の骨の位置にお盆を載せ落とさないように気をつけていた。時間も過ぎ二時間が過ぎていた。
“さすが大人の世界すごい。酔ってる人もあまりいない。”
夜のバーも勉強しながら私はグラスを回収していた。
「ねぇ。君、俺の事覚えてる?」
回収中に一人の男が声をかけて来る。その男はよくお店に来る人で来る度に声を掛けられていた。
「申し訳ございません。空いてるグラスお下げいたしますね。」
グラスを持った手を男は掴み、私は驚き離そうとするが強くて離れなかった。不安が襲いかかりどうしたらいいのか分からなかった。
「断れちゃってんの!」
周りもお酒のせいなのかテンションの高さ勢いで騒ぎ出す。
「んなわけねぇだろ。なぁ。」
男は私の手を強く握り、痛くなってきた私は顔をしかめ睨む。その顔をみた男はお酒の入ったグラスを持ち上げる。
私は前の事があり咄嗟に目を瞑るが何も起こらなかった。恐る恐る目を開けると桜井が男の手を止めていた。
「
桜井は目を細め、きつい口調で男に言う。
「なっ!なんもしてねぇ!」
男は何かしようと思っていた事が図星だったのか目を逸らす。
「次に同じ事すれば会社としていられなくなりますがよろしいでしょうか?」
桜井のクビ宣言を宣告されると男は引き下がる。
「すみません。」
男は気まずくなりトイレに行くと言って逃げて行った。
「大丈夫ですか?」
「あっ。ハイ。ありがとうございます。」
左手がガタガタと触れていた。桜井は左手で持っているお盆を取り上げる。
「えっ?ダメです。私が持っていきますので。」
「手震えてる。」
そう言うと微笑み、店長が来ると店長は桜井からお盆を引き取る。
「君。ごめんね。」
声のする方に振り向くと葎成だった。私は顔を合わせたくなく咄嗟に頭を下げる。
「申し訳ございません。」
「なんで謝ってるの?君、何も悪くない。寧ろうちの社員の方が悪い。」
「社長。彼どうしますか?」
桜井が険しい顔で葎成に話す。
「社に戻ってから検討だな。けどうちはなんでこんな問題起こすんだ?」
「ただの悪ふざけですね。」
「けど悪ふざけでも会社に雇われている身の覚悟はないのか。」
二人の会話を呆然と聞いていると葎成が微笑み、目が合った私は焦って一礼して仕事に戻る。
「なぁ。あの子ってまだ若いよな。」
「井梅さんですか?未成年です。」
「へぇ。珍しいな絢が女の子の名前を覚えてるの。」
葎成は桜井の顔を見る。
「…。」
「なんだその顔は。感情が混ざりすぎてわかりにくい。」
「社長。みなさん呼んでますよ。」
「はいはい。行けばいいんだろ副社長。」
社長は呼ばれてる方へ向かい桜井は私の仕事してる姿を見ていた。その様子を葎成は見ては微笑む。時間も私の帰る時間になり服を着替え、店長に二階の家で待ってるように言われ待っていたが時間が過ぎても店長が来なかった。
「二十一時三十分だけど。忙しいのかな…。」
お店の二階にある店長の家のリビングで待っていたが様子が気になり帽子とマスクをしてお店へ向かう。厨房から様子を見ると忙しそうにしていた。その時店長が血相変えて厨房に走ってくる。
「氷頂戴!やけどしたみたいだから!用意できたら持ってきて!」
店長はそれだけ言うと慌ててお客様の所へ戻る。
「ハイ!」
厨房にいたスタッフが返事をする。遠くから様子を見るとどうやらタバコが手に落ちたらしく騒ぎになっていた。
「井梅さんごめん。注文入って持っていけそうにないからお願いしてもいい?」
「えっ?けど私…。」
「緊急だから早くお願い。」
悩んでる暇はないと思い、渡された氷を持って怪我したお客様の所へ行く。
「店長持ってきました。何か出来ることありますか?」
店長は私を見て微笑み、お客様は私の格好に釘付けになる。
「ありがとうね。救急箱持ってきて貰える?」
「はい。」
救急箱を取りに行く為急いで更衣室へ戻る。
「店長。持ってきました。」
「ありがとう。このガーゼに冷水お願い。」
「はい。」
店長に言われ厨房へ行き氷水に浸し持って来ると店長に渡す。ある程度の応急処置をし店長とホッとする。お客様は私をずっと見ていていた。ふと私は自分の格好を見下ろす。
「あっ。失礼しました。」
勢いよく立ち上がり振り返ると誰かにぶつかり帽子が落ちる。
「大丈夫?」
葎成だった。私はそっと顔を上げると葎成はマスクをしている私に首を傾げマスクを取り上げる。
「えっ?ちょっと。」
マスクを指にひっかけてクルクルと回す。
「誰かなと思ったら君だったんだ。」
葎成を鋭い目で睨みつけた。
「怖い怖い。ごめんごめん。はいマスク。でもなんでこんな格好してるの?」
すぐにマスクと帽子をかぶり直す。
「井梅ごめん。もう少ししたら行くから待ってて送るから。」
店長は手を挙げると私は頷く。
「送るってなんで?」
「社長。また何してるんですか?」
「やっとの登場。」
「なんですかそれは?」
「絢。彼女送ってあげたら?」
「えっ?」
葎成の言葉に驚かずにはいられなかった。
「彼女って?」
桜井は葎成の前にいる私を見るが、帽子もマスクをして下向いてる姿に誰だかわからず首を傾げていた。
「大丈夫なので失礼します。」
居ても立っていられず二階の家ではなく更衣室に逃げ込む。葎成と桜井は去っていく私の姿をじっと見ているだけだった。
更衣室で私は頭を抱えていた。
「なんなの。あの人……ってか夜のバーっていつもあんなんなのかな?私にはとてもじゃないけど無理そう…。けどお酒が入ると人は変わるっていうし。私もまだまだだね。はぁ。桜井さん絶対変に思われたかも…の前に私…顔見ただけで胸の奥から熱いものに耐えれず潰れそう…。」
色々考えて椅子に座り暫くすると母から電話が入ってると店のスタッフが来て教える。
「お母さん?」
「ハイ。お母さんです。バイト終わった?」
「うん。終わったんだけど店長がなかなか抜けられなくて送ってもらうの待ってるところ。」
「そっか。お母さんも急に夜勤なちゃって明日昼に帰れると思うんだけど家一人心配だから…。」
「けど家に帰れば大丈夫だから。」
「最近、家の近くで泥棒が入った事件あったらしく心配だからもし百合ちゃんにお願いできるなら泊めてもらえないか聞いてほしんだけど。それでダメだったら連絡してきて。」
「そうなの?…一回聞いて見る。また後で連絡するね。仕事頑張ってね。」
母は病院で看護婦をし夜勤もあり離婚してから私の為なのか忙しく働いていた。私はもっと力慣れたらと思うけど高校生の私にはバイトが精一杯で早く大人になって母孝行したいと思っていた。バタバタ。店長が走って更衣室に来る。
「井梅ちゃん。遅くなってごめん。香菜ちゃん心配してたよね?なんか言ってた?」
「急に夜勤なったみたいです。家に一人でいるの危ないから店長とこに泊めてもらえたらとかそんなこと言ってました。」
家のことは店長も知っていていつも気にしてくれていた。
「じゃぁ。うちに泊まって。その方が私も気が楽だし。」
「え〜?本気ですか?」
「香菜ちゃん心配して仕事ならないでしょう。あとで電話入れとくからそれとギリギリまで手伝ってください!」
店長は私に手でお願いといい、余程の忙しさが伝わってくる。
「ハイ!着替えてホールにでますね。」
「ありがとう!!」
制服に着替えて化粧を直しまたホールに出て行く。何もなかったように私はグラスを回収する。カウンターに座る葎成のグラスが空いてることに気づき私はコソッと取りに行く。
「突然の登場だね。」
葎成は横目で私を見るが酔いが回っているのか少し眠たそうな目をしていた。私はグラスを持ったまま固まる。
「君は本当消えたり突然現れたりマジックショー見ているようだ。」
葎成はゆっくりと手を差し伸べると私の顎を掴み、同時に不安な感覚が襲う。その時葎成の手首を掴む桜井がいた。
「社長。飲み過ぎですよ。」
「ハイ!登場!」
「ったく。少し早いですけどそろそろお開きしたほうがいいですか?」
桜井はため息をつきながら葎成に尋ねる。
「そうだな。各自解散でいい。俺はもう少し。君、バーボンロック頼んできて。」
「バーボン?ロック?ですか?」
「井梅さん申し訳ございません。私が行くので気になさらないでください。」
「あっ…ハイ。」
一礼をするとグラスを下げ仕事に戻る。各自解散と伝えられ帰っていくお客様。最終十一時になったが少し前には誰もが帰って店の片付けが始まっていた。葎成はそのまま寝てしまい桜井は店長に謝罪をしていた。
「もしよかったら明日十二時までならこちらの個室部屋使ってください。」
「けどそんなことしたら。」
「大丈夫ですよ。家兼店なので私は上の家にいてます。社長さん上まで上がられますか?」
「こちらで大丈夫です。私も一緒でもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。片付けしてきますのでゆっくりしててください。」
「ありがとうございます。」
私は店長の服を借り着替えて更衣室で待っていた。店長は更衣室に疲れた顔して入ってくる。
「店長。お疲れ様です。服貸していただきありがとうございます。」
「お疲れ様。今日はごめんね。結局最後までお願いしちゃったね。社長さん起きそうにないから個室で起きるまで寝かせてあげることになってるから。井梅ちゃん家上がってね。」
「片付けあるのなら手伝いますよ。」
「ありがとう助かる。じゃぁ。グラスを元に戻してもらえるかな。」
「わかりました。」
厨房に行きバーカウンターまでグラスを運ぶ。桜井は私に気づくとカウンターまでやってくる。
「井梅さんはまだ働いてらっしゃるんですか?」
突然の声に驚きグラスを落としそうになりそれを必死に掴む私を見て小さく笑う。
「笑いました?」
「少し。可笑しかったので。」
目を合わすと二人して笑い合う。
「井梅さん、帰るのであれば送りますよ。」
「ありがとうございます。今日はここに泊まります。本当は帰る予定だったんですが店長が忙しくて急遽お泊りになりました。」
話をしながらグラスを一つ一つ確認しながら片付けをしていく。
「丁寧ですね。」
「えっ?」
「グラス一つ一つ確認されているようなので。」
「あ〜えっと。これはヒビが入ってないか見ているだけですよ。ヒビ入って使うと割れて後々の事考えるとまだ未然で済みますから。」
桜井は一瞬驚いた顔を見せるがすぐに微笑みかけ、私の左手の包帯に気づく。
「手。怪我されてるんですか?」
私は目線を怪我の手に変える。
「あっ。鈍臭い怪我です。」
「だから今日お盆を腰に載せてらっしゃたんですね。」
「うっ。見られてました?」
見られてたと思うと急に恥ずかしくなった。
「井梅さんは彼氏いらっしゃいますか?」
突然の質問にびっくりして息が止まりそうになる。
「いや。失礼でしたね。」
「あははは。桜井さんこそ彼女いらっしゃるんじゃないですか?」
「私は十二年はいてないです。」
「十二年?」
「はい。十八歳が最後に彼女はいてないです。」
「もてそうなのに。私は初彼もいてない状態ですよ。桜井さんは十二年って事は今は三十歳ですか?」
「…ハイ。そうですけど。」
「見えないですね。もっと若く見えます。」
「井梅さんは未成年って店長さんがおしゃってたので二十歳以下なんですね。」
「ハイ。未成年です。」
私の答えに桜井はキョトンとし私は首を傾げる。
「井梅ちゃん!このグラスもお願い!」
「はーい!」
グラスを取りに厨房に行きまたバーカウンターに戻ってくると桜井はカウンターに座っていた。まるで私を待っていたように。
「よいしょっと。桜井さん何か温かい飲み物でも持ってきましょうか?コーヒーとか?」
桜井は私を暫く見ると優しく微笑み頷く。
「待っててくださいね。」
厨房に行きコーヒーを淹れ、桜井の前にコーヒーを置き角砂糖とミルクピッチャーをそっと添えた。
「ありがとう。コーヒーは井梅さんが淹れるのですか?」
「はい。私自身が注文を聞いた時には淹れるようにしてます。その時のお客様の顔見て満足してもらえる事を思いながら。お口に合わなかったですか?」
桜井はカップを持ち口をつける。
「いいえ美味しい。前飲んだ時と同じ。ありがとう。」
「今日はブラックなのですか?」
桜井が砂糖とミルクを入れずに飲んでいるのを見て尋ねる。
「えっ?」
桜井はどこか不思議そうな顔して私を見る。
「あっ。えっと前ミルクと角砂糖使ってらしゃったのでそれで…ごめんなさい。余計なことを…。」
恥ずかしくて顔が火照り出す姿を見て桜井は微笑み、私は恥ずかしさを隠すためにグラスを確認しながら直していく。
「終わった?」
店長が最後のグラスを持ってカウンターへ来る。
「ここにある分で終わりです。店長の方は?」
「このグラスで終わり。井梅ちゃんありがとうね。桜井さんもお疲れ様でした。社長さん起きそうないですね。」
「お構いなく。お休みください。」
「用があればここのインターホン押してください。」
店長は店と家の繋がりドアのインターホンを説明している間最後のグラスを直していく。
「ありがとうございます。」
「終わりました。」
「ありがとう。では失礼します。」
「おやすみなさい。」
店長と一緒に桜井に会釈し挨拶する。
「おやすみ。」
桜井は少し寂しそうな顔をし、コーヒーを飲んでる姿を見ながら店長と一緒に家の二階に上がる。
「ねぇ。桜井さんって井梅ちゃんに気になってるんじゃない?」
「えっ?」
その言葉に目をパチクリする。
「なんとなくね。女の勘。」
「なんですかそれ。」
“…気になってるのは私なんですけど…。”
店長は笑いながら部屋のドアを開け家の中に入ると一気に疲れが襲い、私と店長はお風呂に入り少し寛いで布団に入ると、おやすみの挨拶で記憶がなくなり朝までグッスリと眠った。
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