恋ベル3

 次の日、学校が休みの為家でゆっくりと過ごしていた。突然家に電話がなり表示を見るとバイト先からだった。私は首を傾げながら電話に出る。


「ハイ。」

「井梅ちゃん。休みなのにごめん。急なんだけどバイト入れる?今日一人休みになって入れる人がいなくて。」


 いつも落ち着いてる店長が慌てた様子だった事に余程の事態だと気付いた。


「わかりました。でもお母さんに連絡しないと。」

「香菜ちゃんには連絡ついてまーす。ので十二時から入れる?」

「店長連絡ついてるのならそれを先に言ってください。えっと時間十二時でしたっけ?うん?いつも十三時からではなかったんですか?」

「今日は貸切して欲しいっていう方が十二時に約束あってお茶出せる人いてなくて。」

「わかりました。準備もあるので十一時半に行ってもいいですか?」

「うん。いつでもいてるからいいよ。」

「わかりました。もう直ぐ向かいます。」

「待ってるね。」


 電話を切り掛け時計を見ると十一時だった。


「えっ?もう行かないといけないじゃん。」


 急いで用意をして念の為、母にバイトへ行く事をメモし机に置いて家を出た。十一時半にバイト先につき裏口から入りスタッフルームで化粧をしているとノックと同時に店長が入ってくる。


「ごめんね。急に来れなくなっちゃったみたいで…井梅ちゃん本当に綺麗だよね。学校もその姿で行くとすごくモテモテなるんだろうね。」


 店長は椅子に座りテーブルに両肘をつき両手を頬に置き私のバイト姿を見て羨ましそうな顔つきで言う。


「けど学校は勉強するとこですからおしゃれはいらないですよ。」


 店長は更衣室にある椅子にそっと背中を預ける。


「相変わらずね。まぁ、そういうはっきりしているところ香菜ちゃんソックリ。だからバイトも任させるんだよねぇ。そうそう今日のお客様は常連さんも多いんだけど少し離れた所にtwine sun extend(トヮァィン サァン イクステェンドゥ)っていう会社あるでしょ?」


“えっと。知らない…。”


「そこの会社が企画成功のお祝いみたいなんだけどその方と打ち合わせでね。いつも通りの接客で大丈夫だからメニューから飲み物選んでもらって出すだけ。」

「わかりました。」

「そろそろこられるから準備できたら出てきてね。」

「ハイ。」


 店長は返事と共に微笑みながらスタッフルームから出て行き、準備ができるとお店で店長と待っていた。


 暫く待っていると店のドアベルがなり、男性が一人入ってくると会釈をする。その男性の姿はシングルスーツを着こなし髪はショートウルフで背が高く紳士な男性だった。私は男性の姿から目が離せずその人を見つめてしまう。


「お待ちしておりました。」


 店長の声で正気に戻り、店長はお客様を案内し席をついた所で私はテーブルに行き、男の人にいつも通りの接客をする。


ドキドキ。ドキドキ。


“どうしよう。なぜか胸あたりがドキドキする。”


 その時かすかに匂いがし、その匂いはまるで私の体に充満し体の中が一気に心臓の音が響いた。


「いらっしゃいませ。」


 男性は顔を上げ目が合うとメニューを握り締めたままじっと見てしまう。


「メニューありますか?」


 男性は微笑み、一瞬自分が何を考えていたのかとその事に驚き、少し手を震わしながらメニューを開き渡す。


「アメリカンコーヒーをお願いします。」

「ハイ。かしこまりました。失礼します。」


 軽く礼をすると厨房に行きサイフォンが清潔であるかを確かめ準備をする。


“ドキってしたよね。どうしよう…ダメダメコーヒー淹れなきゃ。”


 お湯を沸かし、アルコールランプに火を付けている間も心臓がバクバクし必死に落ち着かせようと何回も深呼吸をする。コーヒーを淹れ終わりお盆に乗せるがまだ身体中で心臓の音が響いていた。もう一度一呼吸をつき気持ちを入れ替えテーブルまで運びそっとコーヒーを置く。一礼をして去ろうとすると。


「君も座ってください。」

「へっ?!」


 予想外な事に振り向き固まってしまう。店長も驚いていたが店長は微笑み座るように指示すると私はお盆を持ったまま店長の横に座る。


「私(株)twine sun extend 桜井さくらいけんと申します。よろしくお願いします。」


 挨拶と一緒に名刺を私に渡す。初めての対応でどうしたいいのかわからなかった。そんな様子を見ていた店長は私の肩をたたく。


「うちの井梅はバイトでこの様な事に慣れていない為気を悪くされましたら申し訳ございません。」

 

 店長が頭を下げ、私も一緒に頭を下げる。


「こちらこそ何も考えず申し訳ございません。よかったら井梅さん受け取ってください。」


 桜井は笑顔で話すと私の心臓はまたドキドキし、止むことなくずっと身体中で響いていた。少し震えながらそっと名刺を受け取りじっと名刺を眺めていた。


“…ふっ副社長?!副社長ってイメージ的にもっと年配というか…明らかに若いよね多分。けど名前…私と同じ絢だ。って読むんだ。けど私とほとんど漢字一緒じゃない?”


「お店の貸切のメニュー持ってきます。」


 店長が席を立ち席を外し、私はじっと名刺を見ていた。


「私の名刺に何か?」


 その言葉に驚き勢いよく顔を上げると優しく桜井は微笑む。


「えっ?あっ。いえごめんなさい。」

「何か気づいたような顔でしたからできれば聞きたいと思いまして。」


 名刺をじっと見ていた事を見られてたんだと思うと急に恥ずかしくなった。


「…じゃぁ……一つだけいいですか?」


 少し上目遣いで桜井に緊張しながら尋ねる。


「ハイ。何なりと。」

「桜井さんの名前のという漢字が…私の名前と同じだったのでそれで気になったというか。」

「名前ですか?もし宜しければ名前教えていただけますか?」


 桜井は手帳を出し何も書いてない所を広げペンを渡す。手早い行動に驚き私はそっと桜井を見ると桜井は笑顔で頷く。緊張気味にペンを取り桜井の手帳に微かに震えながら名前を書くと桜井にゆっくりと渡す。手帳を見た桜井は目を大きくする。


「あはは。失礼しました。あまりにも名前だけで同じ漢字がこんなに一緒だと思わなくて。井梅絢桜さん。よろしくお願いします。」


 桜井は笑顔で言うと手帳に目を戻す。そんなやり取りが自己紹介交換のようで店長がいない間、心臓が口から出てきそうだった。今日初めて会った人なのに心臓が音を立て心では何かが染み込む暖かい気持ちを感じた。


「お待たせいたしました。こちらがメニューです。」


 店長が戻ってくると桜井にメニューを広げながら渡す。受け取る姿も様になっていてさらにドキドキしていた。


「ありがとうございます。夜はバーテンダー入りますか?」

「ハイ。夜は八時からBarになりプロのバーテンダーでやってます。」

「それは頼もしい。夜六時から貸切でお願いしてたと思いますが、その時間からBarをお願いしても大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。」

「それとスタッフはどれくらい入れますか?」

「そうですね。バーテンダーを二名とホールスタッフが三名です。」

「それでは少なく思いますが?今の所、参加社員約三十名ですがまだ増える可能性があります。」

「今の予定では社員とバイトも入れてですが…一度検討し直してみます。」


“なんか社会人ってすごい。淡々と話も進んでお互いの言い分や意見。これが大人の世界…。”


 店長と桜井は貸切の打ち合わせしている間、私は二人の会話をじっと聞いていた。


「そうですね。最低五名ほど人員をお願いしていいですか?…井梅さんはその時入りますか?」


 突然私の名前が出てきてドキッとする。


「井梅は未成年ですので酒の場の仕事はさせておりません。」


 桜井は店長の言葉に少し驚きを見せる。


「未成年なのですか?」

「ハイ。ですのでBARの時間は井梅は終わりの時間になっております。」

「そうですか。わかりました。改めてこちらから連絡させてもらいます。今日はこれで失礼させていただきます。」


 桜井は手帳と書類を鞄に入れると直ぐに席を立ち。店長が入り口まで見送り礼をする。


「ねぇ。桜井さん井梅ちゃんの事、気になってるんじゃない?」


 店長は嬉しそうな顔して私の脇腹に自分の肘で突く。


「店長。このお店はお客とは恋愛禁止ですよ。」

「まぁ〜確かにね。けど、事件性がないならいいと思うよ。」

「店長事件性って何を想像してるんですか?」


 大笑いしながら店長は店の中に戻っていくが私は帰っていく桜井の後ろ姿を見ていた。


“ふぅ。なんだろ。すごく緊張というかドキドキした。”


 私の中で男というだけでいい印象を持っていなかったけど桜井と出会い、なぜか胸の音が身体に響き今も気になって見ている。これは…。


「そりゃ恋でしょ!!」


 井下が手と指でハートを作りジェスチャーをしながら言い切る。私は教室の机の上で俯いていた。


「でも相手は副社長だし歳も歳だろうし、見た感じ若いように思ったんだけど。……けど私十六だよ完璧遊びで終わるよ。」

「あのぅ。付き合ってるの?」


 井下の発言に椅子から飛び上がる。


「違う!違う!」


 赤面しながら大きい声を上げ周りの視線に気づきゆっくりと座り顔を隠す。


「シザ想像しすぎ。まだ何も始まってないじゃん。先の事より今だよ。想ってたら何処かで会えるかもよ。」


 井下を見てまた机に俯く。恋をしたことがない為、何をどうしたらいいのかもわからないうえにこれが本当に恋なのかそんな事をグルグルと考えて学校の一日が過ぎていた。


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