第88話

アムスまでもう少し。


A4の車の流れもいい。



「これから観に行く、シンデレラって名前の所縁知ってます?」


「さあ?」


奈美さんは首をかしげる。



「灰かぶり、と言う意味があるんです」


「みすぼらしい姿に、カマドの傍で働いていたから」


「意地悪で着飾る義理のお姉さんたちと対比した娘の名」



「なるほど、納得できますね」



「今日のバレエの音楽は、プロコフィエフ作曲のものです。色鮮やかで抒情的なメロディー、そしてリズム」


「とても楽しみです」


「閉演が遅いので、先に軽く夕御飯食べましょうか?」



僕は車を急にA4を降りる岐路へ。


花市場のあるアールスメア。


「奈美さん。この街の中華でも食べましょう」


「また、アムス市内とは違った趣があります」


「はい」



ーーーーー



「さて、何にしましょう?」


「加藤さんに全てお任せします」


「了解です」


「鴨肉のソーヤソース煮、ケリービーフン、ボイルドホワイトライス、そしてKipsateにでもしましょう。あと、ジャスミンティー」


「多分、残してしまうとは思いますが、昼はムール貝だけだったので、少し賑やかに」


「Kipsateteって何ですか?」


「焼き鳥に、甘いピーナッツソースをかけた、オランダちっくなインドネシア料理の決定版です」


「慣れればハマりますが、最初はどうですかね?」


二人でゆっくりジャスミンティーを飲む。



「そう、森下さんを巡る事実、おおよそ判明しましたね」


「そうですね」



「渡辺さんの浮気って、絶望的なハプニングだった・・・」


「森下さんに、ちょっぴり迷惑をかけて、無くした書類を浮気相手も巻き込んで一緒に探す」


「そして渡辺さん、森下さんと恋人のように振る舞い、周りの人の目を眩ませる」



「この、ちょっぴりの迷惑がグローバルな会社、国際的操作組織を動かすまでの大問題になったようです」


「僕まで、調査対象にされて・・・」



「そして、その書類と似たような特許が一寸早く他社から出たのは偶然」



奈美さんは深くため息をつく。


「はぁ・・・」



「悔しいことですが、僕が思うに、失われた森下さんの健康は戻らない・・・」


「何が起きたのか、誰が責任取るんでしょうか?」


「多分、会社へは戻れない」



「そう、本望じゃないけど、彼は仕事探してるんです」


「真由美さんも話した通り、科学関係の会社とか・・・」



「きっと奈美さんが森下さんを救うから、愛しているから、これから先は大丈夫と思います」



ーーーーー



「とても素敵でしたね、バレエ。私、本格的なバレエは見たことがなかったので感動しました」


「加藤さん、本当にありがとうございます」



「喜んでくれてよかった」


「Ruthの店もいいですが、どこかその辺のBarにでも入りましょうか? サラダでも摘んで」


「加藤さん、真由美さんから、野菜、野菜と言われているから」


奈美さんは微笑む。



「Are you ready to order?」

(ご注文は?)


「Yes, we’d like a salad. What do you recommend?」

(サラダで。おすすめあります?)


「We recommend this. It tastes really good.」

(おすすめはこれです。かなり美味しいですよ)


「OK, we’ll have that.」

(それにします)


「Would you like to share the salad?」

(サラダの取り皿お持ちしますか?)


「Yes, please.」


「OK … Would you like something to drink?」

(お飲物は?)


「 We’d like a bottle of wine.」


「This Carlo Rossi goes well.」

(カルロ・ロッシがおすすめです)


「 Let’s have that.」

(それにします)


「Great. Anything else?」

(他にご注文は?)


「We’re OK for now.」

(もう、大丈夫です)



「そろそろ私、帰りどきみたい」


「はい。僕も奈美さんを見て、なんかそんな気がします」


「明後日にでも帰国します」


「いいですよ。一日で準備は大丈夫ですか? 荷造りとか、お土産とか」


「彼へのオランダ土産? 思いつきません。彼、オランダにいたんですから」


二人で笑う。



「森下さん、ガラスの靴を片方抱いて待っていますよ」


「その靴に合うのは奈美さんです」



「木靴でも、買って帰ります」


二人して大笑い。

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