第86話
「おはようございます」
「おはようございます。先にシャワー頂きました」
「いやいや、土曜の朝に負けて寝坊しました。昨日の仕事の打ち上げで少し飲みすぎました」
奈美さんは笑う。
「加藤さん、3日間の缶詰お仕事お疲れ様でした」
「いえいえ」
「僕も熱いシャワー浴びてきます」
ーーーーー
今日の朝食はフル・ブレックファースト風。
カリカリのベーコン、ソーセージ、ベイクド・ビーンズ、フライド・マッシュルーム、そしてフライド・トマト。フライドポテトと目玉焼きも用意されている。
3日間、僕は家に眠りに帰るだけ、奈美さんはパリ。
大家さんが気を利かして準備してくれたんだろう。
「奈美さん、パリはどうでした?」
「素敵な街でした。ただ、言葉がうまく伝わらなくて……」
「そう、相手には伝わっていても、わざと分からないふりをする人もいますから。知っててフランス語で答えてきたり」
「なんだかそういう感じの人もいました」
「考えてみると、オランダってすごいですね。会話に困ることがあまりなくて」
「オランダ人の9割が英語を使えますからね」
「すごいですよね」
「単語や文法の類似性から、オランダ人にとって英語やドイツ語の習得は、あまり難しいことではないみたいです」
「テレビの影響がかなりあるみたいです。英語が多くて、ドイツ語も多い」
「また、大学の講義も7−8割英語のようですし」
「母国語の衰退を危惧している人もいるとか」
「そうなんですか……」
「そう、ヴェルサイユ宮殿に行って正解でした。本当に贅の限りを尽くしたところですね」
「数奇な運命が繰り広げられた場所ですからね」
「鏡の間。感動しました」
「17カ所の大きな窓、その反対側にある壁には578枚の鏡。クリスタルのシャンデリア、それは荘厳できらびやかな空間でした」
「ドイツ皇帝の即位が催されたり、第一次世界大戦後の連合国とドイツとの間で締結されたヴェルサイユ条約も、鏡の間で調印されたらしいですね」
「他の部屋部屋も素晴らしかった」
「フランス式庭園も広大で素敵でした」
「そう、奈美さんには話しませんでしたけれど、僕はパリのバガテル公園も好きなんです」
「おとぎ話に出てくるような植物園で、バラのコレクションには目を見張ります」
「加藤さん、バラ好きですもんね」
「はい。僕にはたまらない場所です。半日はいますね」
奈美さんは微笑む。
「今晩、ミュージックシアターでシンデレラですね」
「はい」
「体調とか大丈夫ですか?」
「加藤さんこそ、激務が続いて疲れているんじゃないですか?」
「全然平気です」
「タフですね」
二人で微笑む。
「もしもし、まさくん……」
「奈美さん、ちょっとすみません。まきちゃんから電話です」
「はい」
「まさ君。久しぶりに森下さんと会ってきた」
「森下さん、すごく奈美さんに会いたがってる。沈んでなんかじゃなくて、明るい気持ちでよ」
「すごい変わり様。奈美さんをどれだけ必要としているか、言葉少ないけどオーラが物語っているの」
「いいことだね。奈美さんも心晴れやかだよ。こっちに来た時と全然違う。奈美さんの愛をめぐる旅、多分もうすぐ終わりだよ」
「愛ってすごいね。離れてても互いに注ぎ合えるもののなんだね」
「森下さんに関わる、推理の冒険はもうやめようね。もう絵葉書も来ていないでしょ?」
「うん」
「これから二人で一日一日を大切に生きていくよ、きっと」
「二人は離れられないのよ。運命がそう決めてるから」
「二人は、会えない時に愛が研ぎ澄まされたの、そしてこれから一緒にいるときに強くなる」
「私も……、そうよ」
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