第85話

新規プロジェクト調査班打ち合わせ会議。四半期報告。


僕と、トリノからは三上さん。そして日本からプロジェクトメンバー二人。

それぞれの調査結果を織り込んだ、契約書のドラフトが出来上がった。


「大体よかろう」


所長の評価。


「しかし、まだ検討すべき点が二つある」


「一つは成果物の特許配分」


「日本での特許配分は50:50。これはいい」


「ただし、日本を除く国での65:35。製造元に優先権があるのは仕方ないが、63:37くらいまで交渉すべきだ。この2%で利益に数億円もの差が出る」


「かとちゃんもそうだが、三上くんももうひと押し頼む」

「ビジネスは甘くない。人柄など通じない。押しどころ、引きどころ、厳しく交渉にあたること」


「二つ目はTermination、Terminal Agreementの項」


「現時点では、契約終了後の特許配分はその際協議する、とあるが、あらかじめお互いにいくばくかの特許の配分が残るというような文面を織り込んだ方がいい」


「最悪、100%の権利を奪われるということがない訳ではないんだ」


「契約の終了時には、喧嘩別れするリスクも織り込んでおくこと」

「それを良好な関係の今、契約開始時に冷静に盛り込んでおく。それが大切だ」


「日本組は、この件について帰国後国際法務と打ち合わせしてくれ」




ーーーーー




「もしもし、まさ君」


「こんばんは、まきちゃん」


「今大丈夫?」


「丁度午前の打ち合わせが終わったところ。今昼休み」


「そう。奈美さんはパリにいるね。さっき電話がきた」


「イギリスにも行って来たんだって?」


「そう。美術館や博物館、そして夜のテムズ川沿いを散策」


「いいなあ。私も行きたくなるよ」


「おいでよ、まきちゃん」


「うん。そう遠い未来じゃない気がする」



「ミステリアスなところは残るけど、まきちゃんの言う通り、これからのことは森下さんと奈美さんの心が解決する」


「そうね。もうこれ以上、何かから二人を守ることはできない」


「二人を守ることができるのは、森下さん、奈美さん自身よ」



「まさ君。お手柄じゃない。ものでもない、言葉でもない何か。それで奈美さんに愛を気づかせたんだから」


「ヨーロッパの空気のおかげだよ」


「日本にいて、互いにうつむきあっていたんじゃどうしようもなかった」



「パリ。楽しんでいるかな? 奈美さん」


「とても楽しいみたいよ。まさ君の紹介してくれたラーメン屋さんもすごく美味しかったらしいし」


「しかし、パリのラーメン屋さんを紹介するなんて、まさ君らしいね」


「ルーブルではモナリザが思っていたより小さいって言ってた」



「そう。多分まきちゃんが知っているレンブラントの夜警は思っているよりはるかに大きいし、オスロ美術館のムンクの叫びも、人によるけど思っているよりは大きいよ」


「私たち、美術の教科書でしか見ないもんね」


「やはり、本物を見ないと。絵でも、音楽でも、スポーツでも」



「まずは本当に良かった。奈美さんの森下さんへの愛、しっかり大丈夫みたいね」


「早く奈美さんの本物を見たいわ」


「森下さんのこと、自分だけが愛することができて、それより前にそこまで愛した人はなくて、それより後に愛する人がいないと信じてる」


「私もまさ君のこと、そうよ」


「愛は生きること。契約の終了なんてないの」



「僕もまきちゃんのこと……」



「言葉選び、無理しなくていいよ。女の人のそれと男の人のそれは時間と到達感に違いがあるから」


「女の人は、いつもそれが続く愛のシーズンに到達しているし、男の人のそれは小さなことから大きなものへと到達して完成していくものだと思う」



「ぬり絵のように」

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